キャリアアドバイザーの業務日誌(第8回)

キャリアアップよりも、ワークライフバランスを重視

(2018.08.16 08:00)
増間大樹=リクルートキャリア LS & HC(Life Science & HealthCare)キャリアアドバイザー マネジャー

 「本当にそれでいいんですね? 目の前の問題解消だけでなく、10年後、20年後という長期的視点でも考えられた上でのお考えですね?」

 私はFさん(30代・女性)に、そう念を押した。

 「いいんです、これで。私はX社にお世話になります。」

 Fさんの意思は固かった。

 Fさんは大手CRO(開発業務受託機関)でCRA(臨床開発モニター)の経験を積んだ後、出産を機に退職。子どもが2歳になり、再就職を希望してリクルートエージェントに相談に訪れた。

 CRA経験者のニーズは高い。複数社の求人企業に紹介したところ、8割方の企業から採用オファーが届いた。そこには大手企業も複数社含まれていたが、Fさんが入社を決めたのは中堅企業のX社だった。

 理由はただ1つ。「正社員雇用」かつ、「時短勤務制度」を入社直後から使えることだ。保育園へのお迎えのため、どうしても定時より早く退社しなければならない。それが可能であることがFさんにとっての最重要項目だった。

 しかし、大手企業群では時短勤務制度を活用できるのは入社半年後以降か、契約社員での入社となることが多い。今回Fさんが選考を受けた中で、正社員で入社直後から時短勤務ができるのはX社だけだったのである。

 併願企業は、Fさんの内定辞退の理由を聞いて慌てた。ぜひ欲しい人材だが、特例を認めることはできない。そこで、Fさんに再度アプロ―チし、「入社後はこのようにキャリアアップしていける」と、将来的なキャリアビジョンを明確化し、メリットを強調した。

 それでも、Fさんの決意が翻ることはなかった。

 このFさんの選択は、我々キャリアアドバイザーチームにも衝撃を与えた。

 これまでも、幼い子どもを育てながら転職活動をする女性たちのサポートをしてきたが、彼女たちの多くは「長期的視点でのキャリアアップ」を重視し、「時短勤務制度の利用は半年後以降」という条件を受け入れてきた。

 親が遠方に住んでいたとしても、フルタイム勤務する半年間だけ育児のサポートをしに来てもらう、あるいは保育サービスをフル活用するなど、手段はあるからだ。

 Fさんも、その気になれば親を頼ることもできた。高額な保育サービスを利用したとしても、大手企業を選べば年収は1、2割高いので、すぐに元を取れる。

 それでもFさんは、条件面で劣るX社を選んだ。「入社直後から時短勤務可」という制度はもちろんのこと、面接の際に投げかけられた「あなたのワークライフバランスを大切にして、長く働いてください」というメッセージが心に響いたようだ。

 子育てに対する価値観は人それぞれ。仮に、育児サポートを受けられる環境が整っていても、「少しでも我が子と多くの時間を過ごし、成長の瞬間を見逃したくない」と考える女性も少なくない。

 今回の事例を目の当たりにした我々は、価値観の多様性を改めて実感し、同時に「中堅・中小企業でも採用力を高められる」と考えた。

 大手では融通が利かない制度やルールも、中堅・中小企業であれば柔軟な対応ができる。ワークライフバランスに関する個人の価値観に寄り添うことで、「優秀な人材獲得」という面において大手企業に競り勝つこともできる、ということだ。

 我々エージェントは、「転職支援」を行う一方で、企業の「採用支援」をする立場にもある。知名度や条件面で不利な立場に立たされている企業に対しても、「価値観のフィット」を強みとして採用活動を展開することを提案していきたいと思う。それは、人材を獲得したい企業にとっても、自分の価値観・生き方を理解してほしいと願う求職者にとっても、プラスにつながるはずだ。

 ちなみに、転職活動をする人の選択基準が「仕事」だけではないことは、データでも明らかになっている。転職情報サイト『リクナビNEXT』の登録者の方を対象に行ったアンケート調査で、「生活における仕事とプライベートについての考え」を尋ねたところ、「仕事が中心」は1割未満(9.6%)にとどまり、「仕事とプライベートのバランスがとれている」は7割 (71.6%)を超える結果となった。

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リクルートキャリア「リクナビNEXT」登録者アンケート調査結果より

 ワークライフバランス派からは、「子供が生まれ、生活に大きな変化があったため」(35歳男性)、「体調を崩し、仕事に対する考え方を変えた」(50歳男性)」、「親の体調が優れないため、仕事をセーブしたい」(45歳女性)──などの声が寄せられた。

 同調査では、「転職で実現したいこと」についても尋ねているが、「仕事のやりがいを感じられる 」「経験や能力が活かせる」、「仕事を通じて成長できる」の3項目は、いずれも9割が「あてはまる/どちらかというとあてはまる」と回答している。決して仕事の意欲が低いわけではなく、いきいきと働くためにも、仕事と生活のバランスをとりたいと考える求職者は多い。

 企業にとっては、仕事内容のフィッティングやキャリアパスの用意だけでなく、多様化する個人の生活や考えに寄り添うことが、採用成功や入社後の活躍につながるといえるだろう。

写真はイメージ(提供:PIXTA)  この連載は、製薬、バイオ関連の研究職の人材流動化が進む中で、研究者としてやってきた人にはどのようなキャリアチェンジの可能性があるのか、落とし穴はないのかなど、キャリアアドバイザーの経験を通して紹介してもらうものです。企業やアカデミアの研究者がこれからの自身のキャリアについて考える一助にしていただければと思います。リクルートキャリアのキャリアアドバイザーの方に持ち回りで執筆してもらいます(写真はイメージ、提供:PIXTA)。

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