キャリアアドバイザーの業務日誌(第16回)

製薬業界に「データサイエンティスト」採用の波

(2019.05.14 08:00)
小紫 佑子=リクルートキャリア ハイキャリア・グローバルコンサルティング部 医薬専門職担当

 あらゆる業種で「データ活用」の機運が高まっている。製薬業界も例外ではない。最も期待が寄せられているのが、新薬開発のスピードアップ&コスト削減だ。

 製薬業界では、リアルワールドデータ、リアルワールドエビデンスの活用による創薬研究テーマ創出の効率化や臨床開発コストの低減化に期待が高まっている。「臨床開発における個人情報管理」や「MR活動」、「コールセンターへの問い合わせ対応」など、製薬企業のあらゆる事業フェーズでビッグデータと人工知能(AI)技術の実用化が進められている。

 そこで製薬業界では、「データサイエンティスト」を採用する動きが出てきている。蓄積されたビッグデータを解析し、ビジネスに生かす役割を担う新しい職種だ。

 国内大手製薬企業・A社では、データ活用の専門部署立ち上げに伴い、非公開で募集を開始した。しかし、大手のブランド力をもってしても採用に苦戦。データサイエンティストの多くが身を置くIT・ネット業界とは風土が大きく異なり、規制に阻まれてアイデアを実現できる自由度も低いことから、入社しても短期間で辞めてしまうケースは少なくない。また、製薬業界は比較的給与水準が高いとはいえ、引く手あまたのデータサイエンティストは方々から高い報酬を提示されるため、年収条件で他社に競り負けることも多い。

 「この方であれば、A社への入社を前向きに検討してくれるかもしれない」

 リクルートキャリアの転職支援サービスに登録している方々のリストの中で、私が目を留めたのが、国内大手電機メーカーでビッグデータ解析部門に勤務するYさん(30代後半)だ。製造業で長く勤務してきた方であれば、「社風」「年収」の面でこれまでとのギャップが少ないはずだと考え、声をかけた。すると偶然にもYさんは「以前から製薬業界に興味を持っていた」という。

 Yさんには、「どうしても転職したい」という強い意思や切羽詰まった事情などはない。しかし現在の会社では、立ち上げから携わったデータ解析部門が軌道に乗り、「やり切った」感があったという。新たなチャレンジの場を模索している頃、製薬業界で働く友人から「製薬分野では豊富なデータがあるが、そのデータの活用は進んでいない」という話を聞き、気になっていたそうだ。

 早速、A社の求人を紹介すると、Yさんは「製薬業界の経験がないのに、そんな大手企業に行ける可能性があるんですか」と驚かれた。

 Yさんはすぐに応募を決意し、選考はスムーズに進んだ。そのまま決まると思われたが、私はYさんに1つの提案をした。

 「せっかく興味を持った製薬業界を目指すのに、1社しか見ずに決めるのはもったいない気がします。他の製薬会社も受けてみませんか。比較検討したうえで決断した方が、納得感が高いと思うんです」

 そのとき私の頭には国内準大手製薬企業のB社があった。B社からデータサイエンティストの求人は出ていない。しかし以前訪問した際の対話の中で、AI、ビッグデータ活用が今後重要になるという課題感を持っていることをつかんでいた。そこで、Yさんの経歴をB社に伝えたところ、「ぜひ欲しい人材」と、新たなポジションが用意された。

 A社、B社、両方から内定を得たYさんは、最後まで悩んだ。「社格」「成長性」では、A社が上。しかし最終的に、YさんはB社を選んだ。決断の決め手となったのは「管理職か否か」だ。A社は「一般社員」でオファーしたのに対し、B社は「管理職」として迎えることを約束した。

 これまでYさんは国内大手メーカー複数社に勤務する中で、「新卒文化が強い組織で、中途入社者が管理職に昇進するハードルがいかに高いか」を痛感していたという。入社時から管理職のポジションを約束され、裁量権を持てるB社に、Yさんは安心感を抱いたのだ。

 今後、製薬業界ではデータ解析・活用の波がさらに高まってくるだろう。この分野のスペシャリスト人材を獲得するために、企業側はどんな準備をすればいいのだろうか。データサイエンティストたちの声をふまえると、次のようなポイントが重要だと考える。

「最先端」をキャッチアップできる支援体制
 進化のスピードが速い分野だけに、データサイエンティストは「常に最先端の技術・ノウハウをキャッチアップしたい」という意識が高い。研修プログラムの充実、勉強会や海外の学会への参加支援など、学べる制度や環境の整備が必要といえる。

自由度が高い環境
 製薬業界は何かと規制が多く、アイデアを出しても実現できないことも多い。しかし、データサイエンティストという道を選んだ人々は、そもそも「イノベーションを起こし、社会を変えたい」という熱意や使命感を抱いているもの。Yさんが「裁量権」を求めたように、組織体制においてはなるべく自由度が高く、新たなチャレンジがしやすい環境を整えたい。

明確なゴール、ビジョンの打ち出し
 「膨大なデータがあるから、これをどうにか活用してほしい」という漠然としたミッションを与えるのではなく、「最終的に何を実現したいのか」「どれくらいのスパンでゴールを目指すのか」といった方向性やビジョンを示す。

「報酬」への柔軟性
 Yさんは年収にそれほどこだわらなかったが、年収提示額がネックとなり、内定を辞退されてしまうケースは多い。年収だけで入社を決意する人は採用しても長続きしない傾向があるものの、可能な範囲で柔軟に対応することで、人材獲得やその後の定着の可能性が高まる。他業界では、既存の給与テーブルに見合わないレベルの人材を採用したい場合、基本給は一般社員の水準と揃えるものの、「入社一時金」といった形で上乗せするなどの処遇で迎えるケースも見られる。

――条件・環境面では他社と比べて不利な状況にあっても、製薬業界の「人々の健康や命を守ることに貢献する」という使命にやりがいや価値を感じる人は多いはずだ。

 私も製薬業界担当として、この業界で働く魅力をしっかりと伝えていきたいと考えている。

写真はイメージ(提供:PIXTA)  この連載は、製薬、バイオ関連の研究職の人材流動化が進む中で、研究者としてやってきた人にはどのようなキャリアチェンジの可能性があるのか、落とし穴はないのかなど、キャリアアドバイザーの経験を通して紹介してもらうものです。企業やアカデミアの研究者がこれからの自身のキャリアについて考える一助にしていただければと思います。リクルートキャリアのキャリアアドバイザーの方に持ち回りで執筆してもらいます(写真はイメージ、提供:PIXTA)。

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