第4回では、大手化学メーカーの採用が活発化していることをお伝えした。化学業界では、医薬品・ヘルスケア領域をはじめ、異分野での新規事業の創出・拡大に注力している。変化のスピードが速い昨今、各社の間で「変革しなければ」という意識が強くなっているのだ。

 事業変革への意欲は、そのまま「人材戦略の変革」にもつながっている。例えば、少し前まで大手化学メーカーでは「新卒を採用し、自社で育成する」のが当たり前だった。しかしこのところ、中途採用を強化する動きが目立つ。異分野の新規事業に取り組むにあたり、その分野のプロフェッショナルの知見を取り込む必要があるためだ。

 また、新規分野の開拓にあたっては、M&Aも活発化している。特に海外企業と手を結ぶ動きが顕著であり、M&A後のPMI(=Post Merger Integration ポスト・ マージャー・インテグレーション。M&A成立後の統合プロセス)を担える人材のニーズも生まれている。

 このポジションにピッタリはまったのがFさん(30代)だった。私がFさんに初めてお会いしたのはおよそ3年前のことだ。Fさんは大学卒業後すぐに外資系化学メーカーの製薬部門に入社。10年以上その会社で勤務していた。

 「今の会社に大きな不満はないんです。仕事も任せられていて、やりがいはあります。ただ、日本が『一拠点』にすぎないところに、物足りなさを感じるんです」

 Fさんが勤務するメーカーはヨーロッパが本社。アジアリージョンのヘッドオフィスも別の国。日本オフィスは、本国かアジアのヘッド、いずれかの指示を受けて動くだけで、先頭に立ってプロジェクトを推進することはないのだという。

 「日系のメーカーで、自分たちが主体となって仕事をしたい。日系企業でも、今の高年収をキープできて、自分のキャリアを生かせる求人なんて、あるのでしょうか」

 そんなFさんの希望に対し、当時の私は「ないですね…」としか答えられなかった。

 「やっぱりないですか」
 「はい、残念ながら…」

 このやりとりは、その後、3年にわたって続くことになる。

 3年の間、全く求人を紹介しなかったわけではない。少しでもFさんの希望に近い求人案件が発生したら、「こういう求人が出てきましたが、いかがでしょう」と投げかけた。しかし、Fさんが応募意欲を見せることはなかった。

 そんなFさんに、ようやくチャンスが巡ってきた。先に述べたとおり、化学業界の採用方針に変化が表れ始めたのだ。

 それまで、国内大手化学メーカーが外資系出身者を中途採用することはかなり少なかった。しかし、海外企業のM&Aを推進する中で、「当該領域の知見」×「グローバルな知見・感覚」を兼ね備えた人材の確保が急務となった。数年前まではあり得なかった、Fさんの望むポジションが、市況の変化によって登場したのである。

 外資系から日系への転職となると、年収ダウンとなるケースが多い。しかし、Fさんを「ドンピシャリの人材」と評価したX社は、およそ50万アップの額でオファー。一番大きな不安要素がクリアされた。

 だが、それでもFさんは最後の決断を下せずにいた。

 「私は外資系のカルチャーしか知らないんです。これまで自由に働かせてもらってきました。在宅勤務もOKでしたし、2、3週間の大型連休も取れました。そんな働き方は、もうできないですよね」

 さすがにそこまでの要望は受け入れられなかった。X社としても、Fさんだけを特別扱いはできない。

 「仕事と生活スタイル、ご自身にとってどちらがより大切なのか、じっくり考えてみてください」

 私はそう告げて、Fさんの決断を待った。そして後日、Fさんからこんな返答が来た。

 「X社にお世話になることにします。休暇よりも、仕事のやりがいや面白さの方を優先したいから」

 X社に限らず、化学業界では引き続き、医薬品・バイオ関連の海外企業のM&Aや提携が進んでいくだろう。グローバル化に伴い、外資系企業出身者への門戸も広がる可能性がある。

 本国の戦略に従って事業を運営することに物足りなさを感じている人にとって、「大手化学メーカーの新規事業を主導し、成長させる」というミッションは、チャレンジのしがいがあるのではないだろうか。