大手化学メーカーは好景気の真っ最中で、2018年3月期の中間決算では軒並み最高益を更新した。為替相場の恩恵を受けたほか、半導体・車載分野の好調が業績をけん引したのだ。この好調の波に乗り、各社は新規事業にも力を入れている。もともと化学メーカーは技術力を生かして幅広い分野に展開を図ってきた。次に有望視するのは、医療・ヘルスケアのマーケットだ。
化学業界にインパクトを与えたのが、富士フイルムの事業変革。主力製品だった写真用フィルムのニーズが消えていく中、同社は医薬品・化粧品事業で新たな収益の柱を打ち立てた。化学メーカーが扱う素材には、検査薬や診断薬を中心に、医薬品に転用できるものが多い。そこで大手各社は医薬品領域での新規事業の創出に取り組んでおり、それを担う医薬品業界出身者を求めている。
医薬品業界の人が異業界への転職を視野に入れた場合、不安に思うのが「年収ダウン」である。
実際、医薬品業界は他業界に比べて給与水準が高い。しかしながら、私が医薬品業界から化学業界への転職を支援した方々は、皆さん年収維持かアップを果たしている。医薬品業界出身者を採用したい企業は大手が中心であり、給与水準で遜色がないことと、化学メーカーにとっては高い報酬を出してでも欲しい人材であることがその理由だ。
最近の転職事例から、お2人のケースを紹介しよう。
「僕が所属する部門が縮小されることになったんです」
30代のKさんは、大手製薬メーカーで研究開発・製造・薬事申請まで幅広い業務を経験してきた。しかし、研究開発方針の見直しに伴い直近に所属した研究部門でKさんが担当していた領域の縮小が決まり、転職先探しを急いでいた。
Kさんの経歴を見た私は、大手化学メーカーX社が求めている要件にマッチしていると考えた。X社は以前から医薬品事業に着手していたが、ここ数年はかなり本腰を入れてある特定の疾患領域の研究開発に取り組んでいた。Kさんは、募集中の「医薬品の研究職」に該当することに加え、X社が以前募集していたが今は停止している「休眠求人」にも当てはまると判断。「応募してみませんか」と投げかけた。しかし、Kさんは戸惑いを見せた。
「いや、でも、僕はこの疾患領域の研究の経験はないですよ…」
確かに、KさんのキャリアはX社が取り組んでいる領域からは外れていた。それでも、X社にKさんのことを紹介したところ、「GMPの知識を持つ人物なら歓迎する」として、一旦募集を停止していたポジションを復活させて、Kさんを採用した。年収額は前職水準を維持、福利厚生を含めると実質100万円のアップとなった。
実はKさんにはもう1つの選択肢があった。前職より規模は劣るものの、大手の製薬メーカーからもオファーを受けていたのだ。これまでの経験がそのまま生かせて、年収も維持できる案件。それでも、化学業界への転身を選んだ理由を、Kさんはこう語る。
「製薬業界全体が今、勢いを失っています。大手製薬メーカーといえど、外資系に支配される構図となっている。それよりも主体的に事業に取り組める方がやりがいを感じられますね」
なお、化学業界には「リストラ」がほとんどない。事業を多角展開しており、一部門が不振でも他の好調部門でカバーできるため、リストラ策を迫られることがあまりないのだ。
リストラが慣習化している製薬業界に身を置いていたKさんにとっては、それも安心材料の1つとなったに違いない。
そんなKさんとは全く異なる理由で転職活動をしていたのがSさん(30代)。検査薬の領域で10年近いキャリアを持つ人物だ。
「マンネリ感というか、停滞感というか。10年間ずっと同じことをしてきて、しかも最近では『開発』より『改良』が主な仕事になっているんです。この状況を打破して、新しいことにチャレンジしてみたいんです」
そんなSさんに、私から提案したのが、大手化学メーカーZ社の求人だった。
今の会社よりも規模が大きく、知名度も高いとあり、すぐに興味を示したSさん。しかし、最初は不安も口にした。
「検査薬の経験は確かに生かせそうですね。でも、機器にも携わるんですね。僕、エレクトロニクスの知識は皆無なので、最初からそこを求められると困るんですけど……」
Sさんが不安を抱いていることをZ社に伝えると、Z社はSさんと現場責任者の面談を設定。「あなたの強みを生かせる仕事だから大丈夫。機器はこれから学べばいい」と丁寧に説明した。
Sさんは安心し「これから機器分野の経験も積み、キャリアの幅を広げたい」と入社を決意。年収は100万円以上のアップとなった。
Sさんも、先ほどのKさんも、求人要件を見て最初は「自分には合わないのではないか」と尻込みした。彼らのように、求人票の記載事項を見て判断してしまう人は少なくない。
しかし実際のところ、企業の判断は求職者たちが思うよりも柔軟だ。「要件全てを満たさなくても、○○の経験さえあれば、後は入社後に学んでくれればいい」と迎え入れるケースは多い。さらには、「この求人には合わないが、別の部門で」と、新たなポジションを用意することもある。
自身が想像するよりも、チャンスは豊富にある。ぜひ自分の可能性を信じていただきたいと思う。