キャリアアドバイザーの業務日誌(第15回)

50代半ば、製薬から電気機器メーカーへのキャリアチェンジ

(2019.03.13 08:00)
小紫佑子=リクルートキャリア ハイキャリア・グローバルコンサルティング部 医薬専門職担当
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 「この年齢では、希望がかなう転職なんて無理だろう」。

 シニアの皆さんには、そう考えている方が少なくない。確かにハードルは高い。しかし可能性が無いわけではない。実際、私が最近転職サポートをした方は、50代半ばにして、異業界でキャリアを生かすチャンスをつかんだ。

 「早期退職制度の募集が始まりました。私は辞めざるを得ないと思います。転職は難しいのでしょうね。年齢が年齢ですし、うちの会社の退職者たちが一斉に動くとなればライバルも多い……」

 Fさんは大手製薬企業の創薬研究部門で事業部長まで務めた人物。しかし、事業縮小に伴い、自身がリストラ対象であることを自覚していた。非常に優秀な方だが、既に50代半ばとあり、不安とともに転職活動をスタートした。

 勤続約30年で、転職経験も1回しかないため、転職の市場感がつかめないと思い、私はまず、現在の転職市場についてお話しした。

 「製薬出身の方は、今、異業界から求められています。製薬企業にこだわらなければ、意外と選択肢はいろいろあるんですよ」

 実際、以前に大規模リストラを行った別の大手製薬企業の退職者は、化学メーカーなどへの転職を成功させている。そうした事例をお伝えすると、Fさんの表情は少し明るくなった。

 異業界も検討する意志があることを確認した上で、私は求職者の方との面談時に必ずする質問をした。

 「最もやりがいを感じるのはどんなことですか」

 「求人案件の有無に関わらず、この転職で実現させたいことは何ですか」

 すると、Fさんにとって「大切な軸」が浮かび上がってきた。「後進を育成したい」という想いだ。

 「私はこれまでいろいろな後輩や部下を育ててきました。その中で、自分が指導した後輩が手掛けたプロジェクトが成功したとき、自分が成果を挙げる以上の喜びを感じたんです。後輩・部下の成長、目標達成を助ける――それが私にとって一番のやりがいなんだと思います」

 こうして、今回の転職活動の目標は、「これまでの経験を生かす」×「後進を育成するポジション」に定まった。

 まずは第一志望である、大手から準大手の製薬会社への転職可能性を探った。Fさんにマッチしそうな求人は出ていなかったが、「こういう経歴の方がいる。採用を検討いただけないか」と売り込んだ。しかし各社とも、Fさんのキャリアを高く評価しながらも結論は「見送り」。今はマネジャークラスや教育者のポジションは充足しており、採用するにしても現場のメンバークラス限定……という理由だった。

 次にアプローチしたのは異業界。ライフサイエンス分野の新規事業に取り組む化学メーカーを中心に、6社ほどにFさんを紹介した。

 Fさんは創薬分野の中でも最先端領域に携わっていた人物。研究室立ち上げの経験もある。専門人材が乏しい異業種企業において、新規事業プロジェクトを推進するポジションであれば、「5人分くらいの価値を発揮できるはず」と、自信を持ってプレゼンした。

 その中で、強い興味を示したのが電気機器メーカーのX社だ。新規事業のポジションで募集しており、「バイオ研究の経験があれば年齢・経験年数は問わず」と、門戸を広げていた。Fさんのレジュメをお送りすると「こんな立派な経歴の方に応募いただけるなんて」と反応は上々。それからわずか1カ月で内定に至った。しかも、募集していたポジションよりずっと上の「部長」という待遇で迎えられることになった。

 Fさんにとっては、これまでのバイオ領域の経験を生かすことができる。そして新規事業プロジェクトを推進する中で、自身の知見をメンバーに継承し、人材を育成することができる。まさに志向にかなったポジションだ。

 ただし、異業界への転職にはマイナス面もある。製薬業界の高い給与水準を維持するのが難しいケースも多い。Fさんも前職で高い役職に就いていたこともあり、X社へ転職後の年収は約2/3ほどとなった。

 しかしFさんはその額にも納得していた。早期退職制度を利用することで、退職金は割増となる。Fさんと私は、退職金の額と、お子さんの教育費が今後いくらかかるかなどをシミュレーションし、「この年収額ならOK」というラインを割り出していた。その額を確保できたからだ。

 Fさんは早期退職制度が発表されてすぐに転職エージェントに相談に訪れた。1人であれこれ迷わず、早い段階で行動を起こし、転職市場の相場観をつかんだ。それによって早期退職制度の第1次募集への応募に踏み切ることができ、さらなる退職金割増を獲得することができた。そのスピーディな行動も、成功のポイントの1つといえるだろう。

 実はX社は、このポジションの募集にあたり、「50歳未満」「メンバークラスもしくは、部下なしマネージャークラス」を想定していた。しかしFさんはその実績により、両方のハードルを飛び越えたことになる。

 企業の求人票に記載されている条件は、単なる目安に過ぎない。企業が本当に求める人材であれば、条件の枠はあっという間に取り払われるものだということを改めて感じたサポート事例だった。

写真はイメージ(提供:PIXTA)  この連載は、製薬、バイオ関連の研究職の人材流動化が進む中で、研究者としてやってきた人にはどのようなキャリアチェンジの可能性があるのか、落とし穴はないのかなど、キャリアアドバイザーの経験を通して紹介してもらうものです。企業やアカデミアの研究者がこれからの自身のキャリアについて考える一助にしていただければと思います。リクルートキャリアのキャリアアドバイザーの方に持ち回りで執筆してもらいます(写真はイメージ、提供:PIXTA)。

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