「製薬企業の研究職として長年勤めてきましたが、この経験は他の職種でも活きるのでしょうか?」。先輩の転職を機に、リクルートエージェントの門をたたいたBさん(30代後半・男性・未婚)は、面談前のメールのやりとりでこう尋ねてきた。

 医薬品業界の研究職が転職を図る場合、現在の市況では「同業界・同職種」に移れる可能性は高くはない。リーマンショックを機に、外資製薬企業の研究所の大半が日本から撤退したのを受け、研究職の求人募集が大きく減少した。一方で、内資製薬企業も、新薬創出の難易度が高まっていること、およびそれに伴う組織再編によって、外部から研究職を採用することは少なくなっている。しかし、「同業界・異職種」に目を向けると、複数の選択肢がある。研究職で培った、医学的・科学的知識が企業から評価され、採用・内定となるケースは多い。

 製薬企業の研究職による「同業界・異職種」の転職で、最も求人が多く、転職実現可能性が高いのは「MSL(メディカルサイエンスリエゾン)」だ。医学的・科学的知見を生かし、主に医師を対象に情報の伝達および収集を行う仕事だ。研究職が転職活動を開始し、転職エージェントに相談すると、多くの場合、まず最初に紹介されるのはこの案件だろう。

 私はBさんとメールのやりとりの後に行った面談で、Bさんの「研究職としての経歴」や「学生時代の研究テーマ」「学会発表内容」等を確認した。MSLは高い専門知識が求められるからこそ、求職者の専門分野を正しく理解し、適切な求人を紹介しなければ、入社後の活躍につながらないからだ。

 「やはり免疫の知識を生かしたいですか?」。面談時にBさんにそう尋ねたところ、Bさんは、「ぜひ、生かせるのであれば!」と力強く答えた。そこで私は、Bさんの特に強い分野である免疫の知識が生かせるであろうMSLの求人を数件紹介した。

 私との面談を経て、その後、企業との面接に臨んだBさんからは、こんな電話が届いた。「面接、非常に楽しかったです。免疫領域の専門的な会話で、面接官とこんなにまで盛り上がるとは思いませんでした。研究職でしか道がないと思っていましたが、視界が広がった気持ちです。自信も生まれました」。そう興奮気味に語ってくれたBさんは、企業からの高い評価を受けて入社し、今でも第一線で活躍している。

 Bさんのような、外に出て人と話すことが好きな人は、MSLに興味を示すものの、研究職出身の方で、「MSLのような営業的な仕事はちょっと…」と抵抗感を抱く人も一定数いる。そうした研究職の方に私がご紹介しているのは、「パブリケーション」と、外資系企業における「ファーマコロジスト」という選択肢である。

 パブリケーションとは、企業がキーオピニオンリーダー(KOL)との共同研究結果などをリリースする際に、媒体の選定や、医薬情報担当者(MR)、知的財産部門、広報部門といった関係者との調整など、社内外を巻き込んでプロジェクトを統括する仕事だ。求人数は多くはないが、専門的知識とマネジメント力を兼ね備えた優秀な人材が求められる。

 ファーマコロジストは薬理研究者を指すが、外資系メーカーにおいては、本国での実験・研究結果を基に、日本の法律・規定に沿って厚生労働省への提出書類をまとめる仕事が中心になる 。ウェットな研究職では、成果を得るまでに長期間を要し、「いつまで実験を続ければいいのか」と終わりが見えないもどかしさを覚えることもある。その点、「この申請を通せば、早く実用化できる」と、その役割に価値を感じる人もいる。ドライな職種へのキャリアチェンジに抵抗を覚える方も一定数いるのだが、それでも「研究職」ということで仕事のイメージがわきやすいのか、他職種と比べ、受け入れられやすいのも事実である。外資系企業にとって日本は注力マーケットの1つとされていることもあり、結果、外資のファーマコロジストの求人には根強いニーズがある(つまり、求人数が多い)。

 いずれも研究者としての経験を生かしてアカデミックな活動に取り組めるという魅力があり、研究職以外の新たなステージとしてこの道を選択する人は多い。

会社ごとに異なる「風土」や「評価基準」を見極める

 職種名が同じでも、会社が変われば風土も異なり、何を評価基準とするかも変わってくる。転職を考える際は、それが自身の価値観にフィットするかどうかを見極めることが大切だ。

 例えば、研究職・Cさんの場合、MSLとして転職したものの、間もなくして再度転職活動をすることになった。Cさんは年収の高さに惹かれてD社を選んだが、当時D社のMSLは営業部内に組み込まれており、査定を行うのは営業部長。Cさんとしてはアカデミックな知見を生かしたかったのだが、担当製品が売れなければ評価されない。自身が果たすべき役割に迷い、辞める決意をしたのだ。最近では、MSLが営業部門に置かれているケースはほとんどないようだが、それでも社風によって働き方は変わってくるものだ。
 
 MSLを例にとったが、どんな職種であっても、会社によって求められる要素は異なる。だからこそ私は、企業から求人の依頼を受けるとき、「直属の上長はどんなバックグラウンドを持つ人物か」「部署として何をミッションとしているか」をヒアリングし、相談者に伝えている。とはいえ、全ての会社が実情を詳細に答えてくれるわけではない。そこで応募者自身が面接の場で、そうしたポイントを質問し、自身の志向に合っているかどうかを見極める必要がある。

 また、社風だけではなく、「前の会社には当たり前のようにあったもの」が応募先にはない可能性があることも心得ておきたい。一見年収がアップするように見えても、食事手当や住宅手当といった福利厚生がなく、結果的には以前と変わらないか下がるケースもある。「別途付くものだと思っていた」と、内定承諾してから気付く人も少なくない。

 「この年収だと家族を説得できません」と内定条件提示時にそう答えたのはEさん(20代後半・女性・未婚)だ。確かに年収面は現職より100万ダウンしていた。「Eさん、確かに一見そう思えますよね。ただ、この企業には借上社宅制度があります」。外資出身だったEさんからすると、諸手当は全て年俸に含まれていることがほとんどだ。だが内資企業では各種の手当が存在しており、Eさんの場合、社宅が提供されれば年収が減る以上に支出が減る見通しが付いた。「それなら父も納得してくれそうです」と、一転明るく答えたEさんは、無事にF社に入社した。

 転職の際は、仕事内容や目先の年収額に目を奪われがちだが、近視眼的に捉えるのではなく、「入社後の自身の活躍イメージ」や「今後のキャリア」を意識して情報収集、そして意思決定を行うことが重要だ。

 とはいえ、面接の場で福利厚生の話を聞いていいものか、また抽象的な「社風」「カルチャー」について、どのように質問をすれば良いのか難しい問題かもしれない。、こういう時にこそ転職エージェントを利用してほしい。納得のできる意思決定に向けて十分な情報を収集し、提供することが我々の役割である。