新春展望2017

オールを誰に任せるか

(2017.01.02 00:00)
早川堯夫=化学及血清療法研究所理事長・所長

 先ずは反省から。

 化学及血清療法研究所(化血研)は、長年にわたり血漿分画製剤を承認書と異なる製造方法により製造していたばかりか、これを隠ぺいしていたという不祥事を起こしました。

 医薬品は、医療面(品質・有効性・安全性、倫理性)、法令面、安心面、流通面(安定供給)、経済面など次元の異なるさまざまな要件を充たす必要がありますが、法令遵守という点で重大な過誤がありました。また、そのことにより、医療上での使用者の安心感を損ねました。さらにHIV被害原告団との和解における誓約「患者さんのために最善・最大限の努力をする」ことに対する背信行為によって大きく信頼性を喪失するに至りました。このことについては弁解の余地は全くありません。法令遵守違反については薬機法の根幹を揺るがしたとして2016年5月6日まで史上最長の110日間の業務停止処分を受けました。

 筆者はそれまで化血研とは無縁でした。しかし、40年以上にわたり、医薬品、とくにバイオロジクス関連の仕事に深く携わっていた者として、この研究所がきわめて高い技術力を持ち、国産初の組換え製品(ワクチン)を開発・上市していること、また国内外でも類をみないユニークな業務・方針のもと事業展開していることは知っていましたので、その業務が熊本地震からの復旧・復興も含めて適切に遂行される必要があるとの認識を持っており、2016年6月から微力を尽くすことにしました。

 ちなみに、その業務・方針には次のようなものが含まれています。1)人体用ワクチン、血漿分画製剤等の生物学的製剤の研究・開発・製造・供給及び新生児の臨床検査業務を通じて国民の健康を守ること;2)動物用医薬品の研究・開発・製造・販売を通じて、動物の健康を守り、ひいては安全な食品の安定供給、並びに人獣共通感染症等の公衆衛生に貢献し、国民の健康に寄与すること;3)パンデミックインフルエンザワクチンや痘瘡ワクチン等の非常時に備えたワクチン類の開発、備蓄を通じて、国家安全保障体制、国民防衛の重要な一翼を担うこと;4)生物製剤分野のトップランナーとしての自覚と誇りを持ち、さらなる技術の蓄積と進化を続け、わが国の医学と生命科学の発展に貢献するとともに、医療機関、大学・研究機関、医療技術者養成への支援を行うこと;5)熊本に根差し、従業員とその家族を守り、地球環境保全、地方創生、地域の発展に寄与出来る企業となること。

 このうち、1)から3)に関わる医薬品の多くは特殊な医療製品群ともいえるものです。特殊な医療製品群と称する所以は、(1)きわめて地域性(国としての自給の必要性)が高い、(2)シングルサプライのものが多い、(3)不断の予防・治療用として公共性・公益性の高い製品を含むにとどまらず、その開発、備蓄により国家安全保障対策・国民防衛の一環を形成しているものを含むこと、(4)特殊で高度な技術力による製造、試験、管理を必要とするというところにあります。

 地域性(自給の必要性)の高さについては国の果たすべき役割と重なります。およそ国のような地域共同体の最も基本的かつ必須の役割の一つは、その地域共同体における人々の生活や活動の源泉である保健衛生(Public Health)の維持・向上を図ることにあります。Public Healthの概念は、人や動物に無差別に襲いかかり、その健康を脅かす「病原微生物等のような外的脅威」による感染症流行等から共同体をいかに防御するかに端を発しています。「外的脅威」は必然的に地域特有であることが多く、ワクチンや抗毒素等を防御手段として地域共同体が自ら守る責務があります。血漿分画製剤の場合、わが国においては、献血をベースに「国内完全需給」という独自の国策をとっており、それが献血制度や輸血医療を支えているという点において、地域に特有の必須な自給製品といえます。ついでながら、がん、糖尿病、高血圧症等多くの疾病は個体における「正常な生命活動の内的破綻」が原因であり、地域を問わず、グローバルな課題として医薬品の開発・製造・供給が行われているところです。

 シングルサプライとは、事業性に乏しい経済的理由等から、他の事業者が積極的に代替手段を講じないことが推察される製品(類薬はあるが、当該製品の特長を持つ製品は他にないものも含む)を指しますが、弊所の人体用製品の全品目のうち、約6割がそれに相当します。また、世界で唯一、弊所でしか製造されていない分画製剤やワクチン、抗毒素も数製品あります。さらに、国家安全保障対策のための天然痘ワクチンや細胞培養新型インフルエンザワクチンなどを製造し、備蓄しています。

 これらの特殊で必須の製品群に関して、関係者の最大の関心事・課題は、安定供給や備蓄です。この点については、各関係者の多大な尽力や従業員の努力もあって、業務停止や熊本地震による少なからぬ被害にも拘わらず、供給を途絶えることなく続けてきました。この課題はこれからも続きます。

 ここで、肝心なことの一つは、「オールを誰に任せるか」ということです。この点に関して論議はいろいろあるかも知れません。理想的には、わが国のセーフティネットとして、同様の業務にあたる適切な存在が複数あることだと思います。しかし、実情としては、現に、高度な技術力により特殊な製品群の開発、製造、管理、供給をしている弊所の従業員に任せる以外の選択肢はないと愚考します。船体や舵取りについても、ベターな存在が現れるまでは、当面の間、現行の体制で臨み、最善を尽くすほかありません。

 もちろん、かりそめにも社会の公器としての重要任務を担っている間は事業体としての相応の責任があり、さらに可能な限り、より良いものにして行く必要があります。弊所では、この1年半余り、製品の安定供給に努めながら、より良く業務を遂行するために人的にも体制的にもさまざまな改善・改革努力を払ってきました。

 まず、患者さん第一という意識を絶えず明確にして全員に浸透させ続けることが必須の課題と考えています。できる限り患者さんとの対話に努め、過去に目を閉ざさないために改めての謝罪、薬害エイズの日の設定、患者さん本位を謳う「品質方針」の日々の唱和などを実践してきました。また、和解での誓約とそれを真摯に実践しなかった猛省を風化させないための「決意の碑」の建立を予定しています。

 ガバナンス・コンプライアンス体制や組織体制強化としては、(1)理事・監事選考プロセスの2段階化と透明化、(2)全理事・監事の外部からの登用、(3)評議員会メンバーの刷新、(4)大手企業での幹部経験豊富な人材群の管理業務への参画、(5)外部監視組織としての有識者によるアドバイザリーボード設置、(6)リスクマネジメント委員会の設置、(7)コンプライアンス委員会の設置、(8)監査室による業務内部監査能力の強化などを図りました。併せて、従来の事業性の独善性、閉鎖性を排し、機能の集約性、横断性、責任所在の明確化を意図した大幅な組織体制の改編を実施しました。品質保証体制についても、(1)生産現場に品質保証部の要員(サイトQA)の常駐、(2)品質保証統括部(GQP 担当)及び生産本部の品質保証部(GMP担当)の強化と相互の連携、(3)医薬品品質システムの再構築・強化などを行いました。

 最近、行政命令により人体用35製品、55品目について承認書と実際の製造法との違いがないか調査しました。2カ月間で、310名余が、延べ約5万時間をかけ、およそ60万ページ(6億字)の文書、試験関係約3万1千項目余を精査しました。バイオロジクスの製造工程はきわめて複雑で、試験も年間約13万件あり、通常の化成品とは様相を異にしており、大変な作業でした。その結果、人知が及ぶ限界は否めず、なお誤記等が30件弱ありましたが、品質・安全性・有効性に影響する事例はもとより、承認書と製造方法の相違はなかったと考えています。

 現在、最も憂慮していることは、弊所従業員の心身の状態です。不祥事に対する処分である業務停止期間が終わった2016年5月6日の後もなお、弊所があたかも不正を続けているかのような情報が世間に流れています。厳しい社会的制裁を受けている中で、あえて故意に「不正」を重ねるほど悪意もなければ愚かでもありません。事実に基づかない、また不適切な情報の流布により、心底反省し、真面目に更生しようとする人達が、医療現場で面罵され、職場で不信と不安感にさいなまれ、友人・知己・家庭で問われ、震災による負荷も加わり、心身共にいかにダメージを受けているか。これらが個人の尊厳の侵害のみならず、本来果たすべき業務にも支障をきたし、結果的に社会的損失を招いていることに、節度と公平を保とうとする心ある日本人なら、思いを至らすべきではないでしょうか。

 現場は、社会に必要な存在としてよりよく機能するのは当然の責務であると捉え、全力を尽くす姿勢にあります。社会も、関係者もこの業務が必要ということであれば、これが健全な形で機能し、運営されるよう励まし、支援するのが賢明な策であると思います。

 新春にあたって願うことは、いかにすれば志あるものに、オールを力強く、普遍的目的を目指し、漕いでいってもらうかです。自信と誇りと夢を持って、後ろ向きから前向きに、安定供給の継続を第一にしつつ、新たな開発テーマも積極的に展開できるよう期待しています。

 私達が行っている日々の営為は、過去に目を閉ざすことなく、反省や教訓の上に立ち、現状を良い形で維持しつつ、今日は達せられなくとも、いずれ叶うよう未来に向かって矢を放つことです。事業母体の帰趨はさておき、業務自体は、遠からず再生、進化を遂げ、バイオロジクスに関し、民間を超えた公共・公益的HUBとして輝きを放つことを心から願っています。

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