新春展望2017

不確実性の中での再生医療イノベーション

―「すべきこと」に関する共通の理解を―
(2017.01.01 00:20)
佐藤陽治=国立医薬品食品衛生研究所再生・細胞医療製品部長

 新年、あけましておめでとうございます。年末年始のテレビではよく、キャスターやナレーターが深刻な声で「不確実な時代に突入した現在、我々はいかにして云々・・・」と問題提起するのを見かけます。でも、私はいつもそういった話に違和感を覚えます。おめでたい正月に深刻な話はふさわしくない、というのではありません。私たちの祖父母たちが生きてきた時代は、その時代の彼らにとっては「不確実な時代」だったはずであり、私たちの父母たちが暮らしてきた時代は、その時代の彼らにとって「不確実な時代」だったはずだからです。つまり、現時点で振り返れば過去は「確定したもの」かもしれませんが、各時代の当事者たちにとっては、いつだって「現代(=その時代)は不確実」です。ですから本当は、細かい戦術よりも不確実性に対する心構え、つまり哲学が、いつの時代でも共通して必要とされるのではないかと思います。

 さて、「不確実」といえば、再生医療のような先端的医療の開発は、先端的であるがゆえに経験が少ないという理由もあり、不確実性がことさらに高い分野です。安全性などについても不確実な部分が多いですから、こうした先端的医療の臨床研究や治験に参加される患者さんたちが、使用される新規製品については「できるチェック(試験)は何でもしておいてほしい」と考えるのは、極めて自然なことです。また、臨床研究・治験でポジティブな結果が得られなくても、あらかじめ「できる試験は何でも」したのであれば、その努力に免じて、現場に対する世間からの批判は少ないかもしれません。しかし実は、「できる試験は何でもする」という方針は間違いです。

 「できる試験は何でもする」方針の問題点は、(1)「できる試験」は技術の進歩により時々刻々と増えることと、(2)そのすべてが意思決定に役立つとは限らない、というところにあります。「できる試験は何でもする」方針を取ってしまうと、(3)果てしなく試験を続けることになり、いつまでたっても製品ができなくなってしまいます。つまり、(4)たとえ臨床研究や治験で何とかポジティブな結果が得られ、現場の医師が論文を発表できたとしても、試験などに不合理に膨大なコストと時間がかかることを嫌って、製品として開発する人(企業)が逃げてしまうのです。そうなると当然、(5)その臨床研究・治験に参加しなかった他の多くの患者さんや未来の患者さんたちに新しい治療法が届かなくなってしまいます。臨床研究や治験の本来の目的は、新しい医薬品や医療技術などを疾病に苦しんでいる患者さんや未来の患者さんのために開発し、届けるためのはずです。ですから本末転倒になってしまうのです。新規の医薬品・医療技術は、製品として開発・流通されて初めて医療イノベーションに繋がります。例えば現在、MRIやCTや内視鏡が津々浦々で使用されているのは、企業がこれらの製品を経済的に見合う形で製造・販売できているからです。

 ではどうすればよいか?再生医療をはじめとする先端的医療を広く多くの患者さんあるいは未来の患者さんに届けようとするならば、各試験の性能と限界を科学的に理解したうえで、開発・臨床利用の意思決定に役立つかどうかという観点から「すべき」と合理的に判断される試験を選び抜いて、実施する必要があります。そして、その判断の合理性について、産学官及び患者さん(国民)が認識を共有しなければなりません。最近、医薬のレギュラトリーサイエンスが注目されるようになった理由の一つにはこのような背景があります。

 再生医療のレギュラトリーサイエンスの一環として、私たちは昨年秋より、「すべき試験は何か」を科学的に議論するためのデータを蓄積・提供することを目的に、再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)内に新設された多能性幹細胞安全性評価委員会(FIRM-CoNCEPT)と共同で、日本医療研究開発機構(AMED)の理解と協力の下、「細胞加工製品の造腫瘍性評価に関する多施設共同研究」(MEASURE Project)を開始しました。この共同研究では更に、医薬品規制調和国際会議(ICH)や経済協力開発機構(OECD)のような国際的規制プラットフォームが医薬品のようには整っていない中、細胞加工製品の品質・安全性評価のあり方に関してHealth and Environmental Sciences Institute (HESI)などの国際関連学会・団体と緊密な議論を始めています。また、昨年末より日本再生医療学会は、同じくAMEDからの委託を受け、「再生医療臨床研究促進基盤整備事業」を開始しています。同事業の中で日本再生医療学会は「再生医療ナショナルコンソーシアム」を組織し、FIRMやPMDAと連携しながら、再生医療に携わる人材の教育と育成を行うと同時に、再生医療臨床研究等に対するプロトコール作成支援などの技術的支援や、再生医療臨床研究のデータベースの管理・運営を展開する予定です。

 文部科学省のロードマップによれば、平成29年度は再生医療の臨床研究がさらに広く展開し、iPS細胞由来の移植細胞を利用した再生医療の新しい臨床研究・治験もいくつか開始されるだろうと期待されています。また最近は、大手製薬関連メーカーからの再生医療分野への参入も目立ってきました。これら産学における再生医療実用化の試みが、上に述べたようなレギュラトリーサイエンス関連活動と効果的にカップルしながら、再生医療の本格的イノベーションに向け、今後さらに飛躍していくことを、新しい年の初めに私は祈っています。

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