新春展望2017・記者の目

癌と民族の興亡とエイズ

(2017.01.05 00:00)
小崎丈太郎=日経バイオテクシニアエディター/日経メディカル開発編集部長

 癌は悪性新生物と呼びますが、非常にうまい呼び方だといつも感動しています。癌は体内という環境の中で適応することを目指して短時間に進化する、まさに1つの生物のようです。以前、癌細胞は単一のクローンが単純に分裂して増殖するものとシンプルに考えられてきました。しかし細胞単位の遺伝子変異の研究が進むにつれて、想像を超えた空間的、時間的な多様性に富んだ生命体と考えることが適切であることが明らかになってきました。

 京都大学大学院医学研究科の小川誠司教授は、再生不良性貧血の患者さんの遺伝子変異を長期間にわたって追跡しています。その患者さんは造血器腫瘍の1種である骨髄異形成症候群で亡くなるのですが、その間に多種多様なクローン細胞がメジャーポピュレーションを形成し、やがて別のクローンにとって代わられる様子を、こまめに試料を採取し、遺伝子解析を重ねることによって確認しました。この研究結果を東京大学医科学研究所のヒトゲノム解析センターの宮野悟教授は「まるで世界史における民族の興亡のようだ」と表現しています。
 つまり万物が流転するように癌細胞も流転するのです。

 ところで、2016年12月に福岡で日本肺癌学会学術集会があり、取材させていただきました。肺癌、とくに腺癌は癌の中でも最も個別化医療が進展している癌です。癌の主因となるドライバー遺伝子変異を検索してそこにマッチする分子標的治療薬を処方するクリニカルシーケンスでも先行しています。分子標的治療薬の宿命は耐性化です。薬が奏効し、癌がみるみる小さくなっても、1年内外で再び大きくなります。この原因は癌が多様な細胞の集合体であると考えると容易に理解できます。

 肺癌では組織生検を繰り返し行い、耐性癌組織を採取し、新しい分子標的治療薬の使用の是非を判断する治療が始まっています。ここで問題があります。生検を繰り返しても首尾よく癌組織が取れるとは限りません。取れるまで生検を行うのは、患者の多くが高齢者であることを考えると非常に難しい。そこで期待されているのがリキッドバイオプシーです。しかしリキッドバイオプシーは米国で雨後の竹の子のようにベンチャー企業が誕生しています。日本は遅れてしまったようです。

 では、日本はどこで勝負するのか?
 やはり癌の経時的な変化をモデル化して、変異が起こる前に先回りして治療を開始することではないでしょうか?宮野教授が言う「民族の興亡」を予見して待ち伏せするのです。そのモデル構築にはスーパーコンピューターのような計算資源の今以上の整備も必要になるでしょう。その前に基礎研究のデータの蓄積も加速させる必要があります。

 かつてエイズは致命率の高い病でした。ヒト免疫不全症候群(HIV)が激しく変化し、薬剤抵抗性になるケースが多く、薬物療法も難儀していました。しかし、複数の抗HIV薬を組み合わせて投与するHAART療法(Highly Active Anti-Retroviral Therapy)が1990年代後半に開発されると、先進諸国におけるエイズの死亡率は大幅に低減されました。このような成功を癌の分子標的治療でも再現できないものでしょうか。

 いずれこうした民族の興亡を先読みし、適切に対応するようプログラムされたインテリジェンス・ナノマシンが体内を駆け回り、患者が知らない間に、変異癌細胞を退治してくれるようになるとありがたいのですが。体内病院の発想です。

 お正月なので、初夢を書かせていただきました。
読者の皆様の2017年のご活躍を祈念しております。

 
 

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