新春展望2017・記者の目

薬価を考える

(2017.01.04 00:10)
伊藤勝彦

 昨年2016年は、製薬業界にとって不透明感が残る年となった。「オプジーボ」(ニボルマブ)に対する特例拡大再算定の適応による薬価切り下げのことである。これを契機にくすぶっていた薬価問題が一気に噴き出た感がある。既存の薬価制度では、イノベーションの評価を適切にすることに適応できない部分が出てきた。政府は、薬価制度の抜本改革を行うことになった。新年にあたり、オプジーボの薬価問題を振り返り、日本の薬価制度について考えてみたい。

日本の薬価制度

 まずは、薬価制度についてである。元来、日本の薬価制度は明確である。製薬企業は薬事承認を取得した後、厚生労働省に保険適用を申請する。その申請に基づき、中央社会保険医療協議会(中医協)の下部組織である薬価算定組織が、価格が妥当性を判断する。最終的には、中医協の了承によって薬価が決まり、薬価基準に収載される。承認から収載までの期間は通常60日以内に行われる。

 新薬の薬価算定方式も明確に規定されている。類似薬が既にある場合はその値段を参考に薬価を決める「類似薬効比較方式」で算出される。類似薬が無い場合は、製造費用や研究開発費、営業利益などを積み上げる「原価算定方式」を用いる。先行薬に比べて新規性や有用性などが高いものには補正加算が付く。米国や欧州で既に販売されている製品であれば、外国の平均価格と算定した薬価を比べ、乖離が大きい場合はさらに調整を加えることになる。

 日本の薬価制度の特徴の1つは、定期的に薬価の見直しが行われることだ。現状、2年ごとに薬価改定を行う。引き下げについては、通常、R2方式と呼ばれる算定方式が採用され、薬価と実勢価格のかい離が大きければ大きいほど、引き下げられる。1994年には、急激に売り上げを伸ばしたインターフェロン製剤に対応すべく「市場拡大再算定制度」が導入された。通常の薬価改定に加え、売上高が年間150億円を超える医薬品は最大25%の大幅な引き下げを可能とした。一方、2010年から試行的に導入された新薬創出・適応外薬解消等加算(新薬創出加算)は新薬創出を促進する制度。この制度では、後発品が上市されていない新薬のうち、一定の要件を満たすものについて実質的に薬価を維持するというものだ。研究開発型の製薬企業は、薬価が下がらない制度を求めてきた。

特例拡大再算定の導入

 2016年度の薬価制度改革では、巨額の売上高の医薬品を対象とする特例拡大(巨額)再算定が導入された。導入の背景には2015年に発売となったC型肝炎治療薬の「ソバルディ」(ソホスブビル)と「ハーボニー」(ソホスブビル・レジパスビル配合剤)が、発売1年間の短時間で1000億円を超え、国内のトップクラスの製品に急成長したことへの対応だ。両剤は3カ月の治療で95%から100%という高い著効率を示したことから、類似薬効方式で算出した価格に画期性加算100%が付き、外国との価格差の調整によって薬価は1錠当たりソバルディが6万1799.30円、ハーボニーは8万171.30円と高薬価がついた。

 特例拡大再算定は(1)年間売上高が1000億円超1500億円以下かつピーク時予想の1.5倍以上の医薬品には最大25%の薬価引き下げ、(2)年間売上高が1500億円超かつピーク時予想の1.3倍以上の場合は最大50%が引き下げられるという制度である。ただし、厚労省は特例拡大再算定の導入するに当たり、2015年11月に中医協に提案し、年末までに決定するという慌ただしさだった。つまり、業界を含めて広い議論がなされないまま、特例拡大再算定の導入に踏み切ったと言わざるを得ない。画期的な両剤の費用対効果を検証せずに薬価のみに焦点があてられた施策に見える。C型肝炎治療は、生活習慣病の治療とは、異なり、3カ月期間の治療で済む。その薬剤費は数年でピークを打ち、減少していくことは明らかなのである(関連記事1)。

オプジーボの薬価切り下げの根拠は不明瞭

 ここで、本題のオプジーボの話に戻そう。オプジーボは2014年7月、悪性黒色腫の適応症で世界に先駆けて日本で承認された。薬価は原価算定方式で算出され、画期性加算が60%上乗せされて100mgが72万9848円となった。加算前の1日薬価は、最近の他の抗癌剤とほぼ同等である。中医協の資料には、対象患者は470人で、予想ピーク時売り上げは2年後の31億円とある。日本発の画期的新薬として高い評価を受けた。しかし、2015年11月に開催された日本肺癌学会学術集会から状況が一変した。日赤医療センター化学療法科の国頭英夫部長がシンポジウムを提案。国頭部長はそのシンポジウムの座長を務め「私の試算では、オプジーボを1年間5万人に使用した場合、薬剤費は総額で1兆5000億円を超える。高額療養費制度の下では、患者自身の負担は約2%。98%は税金で、1000兆円を超える負債を抱える日本国にとって大きな負担になることは間違いない」と主張し、高額薬価の問題が浮上したのである(関連記事2)。

 対応を迫られた厚労省は、ソバルディなどを対象にした特例拡大再算定のルールを適用することで調整に入った。小野薬品工業が算出した2016年度のオプジーボの売り上げ計画は1260億円。この数字から「年間販売額が1000億円から1500億円、かつ当初予想の1.5倍以上」の薬剤の薬価は「25%引き下げる」のルールを当てはめるということで進んでいた。しかし、米国で約30万円、英国で約14万円である海外の薬価と比較して国内薬価は高いと指摘されたのである。2016年10月14日に開かれた政府の経済財政諮問会議(議長:安倍晋三首相)では、財政圧迫の懸念があるとして、学習院大学の伊藤元重教授、東レの榊原定征最高顧問、日本総合研究所の高橋進理事長、サントリーホールディングスの新浪剛史社長の民間議員4人が薬価引き下げを求めた。特に新浪氏は「50%以上、下がっても然るべきだ」と主張した。2016年11月に入ると、一般紙が「政府が50%引き下げる方向で調整している」とリークとも思える報道をした。厚生労働省が2016年11月16日に開催した中医協は、オプジーボの薬価を緊急に50%引き下げることを了承、報道の通りの結果となった。2018年度に予定されている定例の薬価改定を待たず、2017年2月1日から引き下げるという極めて異例の対応となった。2016年は「特例」が相次ぐ年になった。

 前述の通り、特例拡大再算定ルールにおいて50%の薬価引き下げとなる場合は年間売上高が1500億円超かつピーク時予想の1.3倍以上の場合である。小野薬品が明らかにしている2016年度のオプジーボの売り上げ計画は1260億円(出荷ベース)。厚労省はこの1260億円に(1)流通経費として2012年度から2014年度の平均値7%、(2)消費税8%、(3)卸業者による医療機関への納入価格と薬価の差として2015年度調査データの2分の1、(4)2016年度の効能追加分、以上の要素を加味して、オプジーボの年間販売予想額(薬価ベース)を1516億円超と見積もった。しかし、このうち(3)の乖離率については、具体的には、2015年度薬価調査の「その他の腫瘍用薬(注射薬)」の平均乖離率6.9%の2分の1と設定した。ここで、問題と思うのは(3)にある2分の1という数字だ。厚労省は「明確な根拠は無いが、あくまで保守的に、厳しく見積もるため」と説明している(関連記事3)。つまり、実数ではなく、仮定の数字なのである。この係数を2分の1から3分の1に置き換えると年間販売予想額1500億円に届かない。これでは、関係者は納得できない。

予見性が低下する国内医薬品市場

 今回のオプジーボの薬価問題について投資家からは「日本の医療用医薬品市場は、ルールや手続きを無視した薬価引き下げが、その場その場で決定される市場」と予見性の低下を指摘する声も聞えてくる。政府は、医薬品産業を成長産業の柱の1つとして位置づけているにもかかわらず、筋の通っていない施策によって業界の足を引っ張っているのではないだろうか。中医協が、オプジーボの薬価を緊急に50%引き下げることを了承して1カ月以上過ぎた2016年12月21日、小野薬品は2016年度の収益の下方修正を発表した。薬価の大幅な引き下げによる決算への影響は、既に織り込み済みと見られていた。しかし、下方修正を発表した翌日の株価は、予想に反して大きく下げたのである(関連記事4)。

 厚生労働省が2015年9月4日に公表した医薬品産業強化総合戦略においては「イノベーションが適正に評価されることが、研究開発のインセンティブとなる。また、医薬品の研究開発は長い期間を要するものであることから、イノベーションが適正に評価されることの予見性が確保されることも重要となる」と謳った。しかし、改善どころか、現状は悪化している。イノベーションを画期性加算によって評価する。高薬価が付与されたことで、売り上げを伸ばす。そこに待っているのは、薬価の大幅な薬価の切り下げだ。ソバルディ、オプジーボしかりである。これでは、方向性の無い制度と言われても仕方がない。

 政府は2018年度の通常改定までに薬価設定のルールを抜本的に見直す方針を打ち出している。並行して費用対効果評価も試行段階にある。費用対効果評価が適切に運用されることになれば、イノベーションが適正に評価されるであろう。ここで重要なことは「費用対効果評価が、薬剤だけでは不十分」であることだ。医師の診療行為に対する報酬(技術料)についても評価されなければならならない。医師の診療行為について正しい評価し、明確にする。そのことで、相応の技術料に対して国民の理解が得られるのである。薬価を標的に技術料を上げるよう圧力を掛けている日本医師会であるが、技術料についても再評価を受ける覚悟が必要な時期に来ているのではないだろうか。費用対効果評価は、医療全体を対象にしなければ、成果は限定的になってしまう。さらに2年に1回の通常改定の中間年度に行う薬価改定の議論もある。2017年は、現状に相応しい薬価制度を制定するための重要な年になることは間違いないようだ。

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