1995年、大きな組織改正が実施され5つの創薬研究所が1つにまとめられた。私は、7年半の単身赴任生活を終えると同時に、入社後初めて研究所組織の外側に出ることになった。新しい所属は本社の研開企画部である。東京都小平市中島町の自宅から本社まで、最寄り駅の西武拝島線東大和駅で乗車し、高田馬場駅で地下鉄東西線に、日本橋で地下鉄銀座線に乗り換えて京橋駅に出た。1時間15分も満員電車に揺られ通勤するのもそうだったが、それよりも何よりも、だだっ広いオープンスペースに沢山の机が並んだオフィスで前に座る人と向かい合わせで仕事をするのは、大きなカルチャーショックだった。周りでの話し声が耳に入るし、他人の目が気になって科学論文や資料などを集中して読むのが難しかった。それでも毎日のように午後になると自席ですやすやとお眠りする豪傑がちらほら見受けられたが、すごい人だと変に感心したりもした。

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