危機を救った大発明

 1989年春、御殿場に新所長が赴任し、にわかに「選択と集中」の嵐が吹き荒れる中、「応用研に来ないか」と誘われた。85年4月に高田馬場に応用研究所が発足してからずっと所長を務めていた西井易穂さんから異動を勧められたのである。しかし、応用研の職務は、市販後製品に関する研究であり、異動すれば今担当している新薬研究のプロジェクトから離れることになる。私はそのことを恐れ、躊躇していた。

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