日経バイオテクは、生命科学と医学の専門出版社である羊土社と協業します。その第1弾として、羊土社が発行した実験医学別冊『創薬研究のための相互作用解析パーフェクト』の中から、注目の記事を紹介していきます。

 創薬研究をはじめとする生物学の研究を行ううえで、原子レベルの立体構造は欠かせないものである。生体高分子のX線結晶構造解析に用いる結晶化ロボット、放射光ビームライン、解析用プログラムの発達により、良質の結晶さえ得られれば迅速に構造情報が得られる時代になってきた。また、最近話題のAlphaFold2による精度の高い予測構造は、X線結晶構造解析を迅速に進めるためにもきわめて有効であると期待される。しかしながら、いくら自動化が進んでも信頼性の高い構造を得るためには注意すべき点が多い。このような観点から、結晶構造解析の初心者が信頼性の高い構造解析を行うための参考として本項を活用いただきたい。

千田美紀(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 特任助教)
千田俊哉(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 教授)

はじめに

 X線結晶構造解析とは、分子が三次元的に規則正しく並んだ結晶にX線を照射したときに生じる「回折像」から結晶中の電子分布を計算し、その電子分布に基づき分子中の原子の配置を原子分解能で決定する手法である。X線結晶構造解析技術は、タンパク質単体はもちろんのこと、タンパク質-化合物複合体の立体構造情報を得るための手段の1つとして用いることができる。X線結晶構造解析の詳細な解説は他書に譲る1)。本項では、X線結晶構造解析の一連の流れ(図1)であるタンパク質の精製→結晶化→回折データ収集→構造決定→構造精密化→構造の評価について、はじめてタンパク質のX線結晶構造解析を行ってみようという読者のために解説したい。

図1 X線結晶構造解析の一連の流れ
図1 X線結晶構造解析の一連の流れ
X線を結晶に照射したときに生じるX線回折像を、結晶を回転させてさまざまな角度から収集し、その結果を計算機で解析することで結晶中の電子分布(電子密度図)を計算する。得られた電子密度図から原子の配置を決定することでタンパク質の立体構造を知ることができる
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タンパク質の結晶化

1.タンパク質の精製

 タンパク質の精製は、結晶構造解析において最も重要なパートの1つである。ここでは詳細は省略するが、結晶化を行う際に不純物が混合していると結晶になりにくいだけではなく、不純物が結晶になってしまうというリスクが高まることを覚えておいてほしい。実際に筆者らのグループでも何回かそのような事象に遭遇したことがある。結晶化を成功させるためには、物理化学的に均一な分子からなる精製サンプルを得ることが必須である。そのため、精製の最後のステップではゲル濾過カラムを通し、その溶出パターンを確認することが重要である。標的とするタンパク質のピークが非対称であったり、複数のピークに分かれてしまったりするような場合には、分子の形状が均一でなく結晶化が難しい場合が多い。SDS-PAGEではわからない不均一性があることは意外に多いのである。ゲル濾過バッファーの組成の検討を行うことで解消されることもあるが、それでも解消されない場合にはコンストラクトづくりからやり直した方がよいこともある。

 精製サンプルが得られたら、濃縮ユニットを用いて濃縮を行う。タンパク質によって溶解度が大きく異なるため、どこまで濃縮できるかをはじめに確かめておくべきである。例えば、100 mg/mLまで濃縮できるタンパク質を10 mg/mLまでしか濃縮せずに沈殿剤(結晶化溶液)を加えてもなかなか過飽和に達することはなく、結晶化が難しい。

2.結晶化条件のスクリーニング

 精製したタンパク質が得られたら、次は結晶化条件のスクリーニングである。残念ながらどのようなタンパク質でも結晶化させてしまうような魔法の溶液は存在しないため、通常は数百種類の条件から結晶が得られる条件を探索する必要がある。現在では多くのスクリーニングキットが市販されているほか、結晶化ロボットを利用することで多くの条件を迅速に試すことができる。例えば、筆者が所属している高エネルギー加速器研究機構・構造生物学研究センターの全自動結晶化ロボットを用いると、約200μLのタンパク質溶液から800種類もの条件を試すことができ、設定したスケジュール通りに自動観察が行える2、3)。自動観察の結果は、どこからでも確認できる。結晶の有無の判断は現状では手動で行わなければならないが、AIによる結晶化ドロップレットの自動判別の技術開発も進められており、将来的に実用化されれば観察の手間が大きく軽減されるであろう。

 結晶化スクリーニングで結晶が得られたら、まずは結晶の性質を見極める。結晶の性質は見た目だけでは判断できないため、スクリーニングで得られたすべての結晶にX線を当て、そのなかからできるだけよい性質をもつものを選び出すことが重要である。この時点で結晶の性質が期待通りでなくても、結晶化条件の最適化や結晶の処理により結晶の性質を改善することは可能である4)。また、結晶が析出してから時間が経過すると結晶が劣化することがしばしばあるため、結晶折出後はできるだけ早くX線を当てることが望ましい。また、スクリーニングでは結晶化溶液に含まれるタンパク質分子以外の化合物が結晶化してしまうこともあるため、「結晶が出ました!」と共同研究者に伝えるのは、結晶にX線を当て、それがタンパク質結晶であることを確認してからにすることをおすすめする。

3.化合物複合体結晶の取得

 低分子化合物と標的タンパク質との複合体結晶を得ようとする場合には、タンパク質分子単独からなるアポ型の結晶を低分子化合物を含む溶液に浸けるソーキング法、またはタンパク質と低分子化合物を混合したサンプルを共結晶化する方法のどちらかで行われる。本項ではソーキング法について概説する。

1)標準母液の作製と結晶の取り扱い

 ソーキング法を行う場合には、まず結晶にダメージを与えずに安定に保持できる標準母液とよばれる溶液を作製する。標準母液はすべてのソーキング実験の基本となる溶液であり、それがしっかり作製できていなければソーキング条件の検討を効率的に進めることは困難である。また、アポ型と化合物複合体型の比較を適切に行うためには、初期条件を揃えるのは実験の基本中の基本で、構造が得られれば何でもよいわけではない。標準母液は必須のものであることを認識すべきである。標準母液作製の手順はシンプルで、結晶化溶液の沈殿剤濃度を少し高めた溶液をいくつか候補として作製する。沈殿剤濃度を高めることによりpHが結晶化溶液から0.3以上変化する場合にはpHを調整する。その理由は、pHが変化することにより結晶にダメージが生じることがあるためである。結晶を移した直後から観察を開始し、15分後、2時間後、1日後に実体顕微鏡を用いて結晶を観察する。1日経過後に結晶にひびなどの変化が生じていないことが望ましい。

 次に低分子化合物を1 mMや10 mMなどとなるように標準母液に溶かした溶液に(pHの確認はここでも必要)、実体顕微鏡下でクライオループを用いて結晶を移す(図2A)。このときクライオループで結晶に強く触れると結晶にダメージを与え、結果として回折データの質に影響が生じてしまうため注意する。タンパク質ごとに結晶の形や大きさ、脆さが異なり、結晶を移す際に注意すべきポイントが微妙に異なることから実験者の経験により結晶の取り扱いに差が出てしまうことが問題である。まずは研究対象とする結晶をできるだけ多く扱ってその性質を知りダメージを与えないように工夫することが、効率的な回折データ収集のために必須である。

図2 ソーキング法の模式図
図2 ソーキング法の模式図
A)化合物へのソーキング処理。B)クライオプロテクタントのスクリーニング。C)クライオプロテクタントを多段階で組み合わせて用いるmulti-step soaking法
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2)化合物へのソーキングの実際

 化合物の性質にもよるが、一般的に最初は1 mM化合物溶液へ2時間程度ソーキングして、結晶のダメージの状態や構造解析を行ったときの化合物の電子密度の見え方に応じてソーキング時間や化合物濃度を最適化していく。化合物の結合によりタンパク質の構造が大きく変化するような場合や結晶のパッキングの影響で化合物がタンパク質の結合部位に到達できないなど、ソーキング法では複合体結晶が得られないこともある。その場合には、タンパク質溶液と化合物を混合したサンプルを用いた共結晶化法を試すことになるが、まずはアポ型と類似した結晶化条件で結晶化法を試してみて、それで結晶が得られない場合には新たに結晶化条件のスクリーニングを行う必要がある。

4.クライオプロテクタントによる結晶の処理

 タンパク質結晶の約半分を水分子が占めている。そのため、タンパク質結晶を液体窒素で冷却すると、結晶中の水が氷晶になりタンパク質結晶にダメージを与えてしまう。それを防ぐために用いられるのが氷晶防止剤(クライオプロテクタント)である。クライオプロテクタントの影響により結晶にダメージを与えてしまうこともあれば、適切なクライオプロテクタントを選択することにより結晶の性質を向上させることもできる。最も一般的なクライオプロテクタントであるグリセロールを用いて期待するような回折像が得られない場合には、いくつかのクライオプロテクタントで処理した結晶を用意して分解能の改善を試みるとよい。筆者らが経験にもとづいて推奨するクライオプロテクタントは、グリセロール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、PEG 200、PEG 400、PEG 1000、ポリビニルピロリドン K 15、トレハロース、エリスリトール、スクロースである。これらのクライオプロテクタントを20~30%の濃度になるように標準母液に加えたクライオプロテクタント溶液に30秒程度結晶をソーキングしてから結晶を凍結し、分解能を比較することで最適なものを選び出す(図2B)。

 また、クライオプロテクタントの濃度やソーキング時間によっても結晶の性質が変化することがある。実際に、最適なクライオプロテクタントの選択により結晶の性質を大きく改善できた例は多い5、6)。また、効果があるクライオプロテクタントを多段階で組み合わせて用いるmulti-step soaking法が有効なこともある(図2C)7~9)。参考として、いくつかのタンパク質結晶について結晶化条件、標準母液、クライオプロテクタントの例を示す(表1)。最後に忘れてはいけないのは、化合物複合体結晶を取り扱う場合には、クライオプロテクタントに化合物を加えておくことである。これを行うか否かで結晶の性質に顕著な差がみられることが多い(図2A)。

表1 標準母液、クライオプロテクタント溶液の例
表1 標準母液、クライオプロテクタント溶液の例
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5.結晶化の再現性の重要性

 ソーキング法でクライオプロテクタントのスクリーニングを行ったり、非常に多くの種類の化合物を試す必要がある場合には、測定に適した形状のアポ型結晶を再現性よく得ることが必須となるが、それほど簡単なことではない。再現性には、タンパク質サンプルの精製ロット、タンパク質濃度、結晶化溶液を構成する試薬のロットなど多くの要因が影響するためである。実際に精製ロットが変わると、結晶が全くできなくなったり、測定に適さない形状の結晶しか得られなくなったりする、ということはよく聞く話である。結晶化の再現性はプロジェクトの進行を大きく左右するため、最も注意を払うべき問題である。一度結晶が得られたら精製方法はどんなに細かい点であっても不用意に変更すべきではないが、精製ロットによりわずかな違いが生じるであろうことを見越して、結晶化を行うことが重要である。結晶化溶液はオリジナルの条件をもとに条件を振ったものを用意して、精製ロットごとに最適な条件を見極めるべきである。なお、すでに得られている結晶を砕いて種結晶として用いるミクロシーディング法は、結晶化の再現性を高めるために非常に有効である。

X線回折データの収集

1.回折データ測定用結晶の準備

 X線回折データの収集は、放射光施設のビームラインで行うことが主流になっている。国内ではSPring-8 (http://bioxtal.spring8.or.jp/)、高エネルギー加速器研究機構のPhoton Factory (https://www2.kek.jp/imss/sbrc/beamline/px.html)などが利用可能である。世界的に全自動測定やリモート測定の技術開発が進められ、最近ではビームラインに行かずにデータ収集を行う機会が増えてきた。それに伴い結晶のもち込み方法も大きく変化した。ひと昔前は結晶化プレートをビームラインに持参してその場で結晶をセットして測定を行うことが一般的であったが、現在ではあらかじめ研究室で専用のカセット(Uni-puckなど)を用いて結晶を凍結しておき、ドライシッパーに入れてビームラインへ運搬することが主流になっている。ドライシッパーを用いることにより結晶化プレートでの運搬と比較して結晶の持ち運びが安心になったほか、結晶をあらかじめ凍結しておくことによるメリットもある。結晶の性質は時間の経過とともに劣化してしまうことが多いため、最良の状態の結晶からデータ収集を行うためにはビームタイム直前に結晶を凍結するのではなく、結晶が得られた時点で結晶を凍結しておくとよい。

2.ビームタイムで行うこと

 ビームラインで結晶を凍結していた頃には、その場でデータの質をチェックしながら使用する結晶の条件を検討して、少しずつデータを改善していくことが一般的であった。しかし、あらかじめ結晶を凍結しておく場合には、一度凍結した結晶はもとには戻せず条件をその場で変更することはできない。そのため、できるだけ幅広い条件で結晶を凍結しておくことが重要である。例えば、クライオプロテクタントの検討を行う場合には、できるだけ多くの種類、濃度、ソーキング時間で結晶を凍結しておくことが迅速によいデータを得ることにつながる。最近では、ラピッドアクセスなどの形式で短いビームタイムを頻繁に使えるようになっているため、それを有効活用すれば確実に条件を最適化していくことが可能である。

 リモート測定では、ビームラインで行っていた手動での測定を研究室などから行うことができる。また、全自動測定では、測定条件を記載したリストを読み込ませておくことにより、人の手を全く介さずに測定を進めることが可能である。全自動測定では、測定リストの優先順に結晶が自動でマウントされ、弱いX線を結晶に照射して測定位置を決めることで全自動測定が行われる。複数の結晶が重なっているなど特別な理由がない場合には、全自動測定と手動測定でデータの質に差が出ることは少ない。その一例として、さまざまな条件でPI5P4Kβ結晶を化合物にソーキングして全自動と手動で測定したときの比較を示す(図3)。全自動データ処理も一般的になっており、例えばPhoton Factoryの場合には、PReMo10、11)を通じて外部からデータ測定や処理の結果を確認することができる。

図3 手動測定と全自動測定の結果に大きな差は生じない
図3 手動測定と全自動測定の結果に大きな差は生じない
分解能(Resolution)が高いほど計算で得られる電子密度マップが明瞭になり、より詳細で信頼度の高い構造情報を得ることができるようになる。同じソーキング条件で用意した結晶を用いて収集した回折データの分解能は、手動測定と全自動測定でほとんど差がないことがわかる
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PReMo(PF Remote Monitoring system)
PFのタンパク質結晶ビームラインで開発されたシステムである。Webインターフェースを用いて測定する結晶情報の登録、測定したデータやデータ処理結果の閲覧、コメントの追加などを行うことができる11)

構造決定

1.初期位相決定と初期モデル構築

 構造解析を行うために一般的に使われているCCP4やPhenixなどのパッケージソフトウェアはGUIが優れているため、初心者であっても比較的簡単に操作を行うことができる12、13)。しかし、構造解析がうまくいっているかどうかを判断するためには、結晶学に対する最低限の理解や統計値の解釈を適切に行うことが必要である。確認すべき主な事項を表にまとめておく(表2)。

表2 構造解析を行う際に確認すべき主な項目
表2 構造解析を行う際に確認すべき主な項目
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 研究対象とするタンパク質のアポ型構造が既知の場合には、その構造をモデルとした分子置換法により、化合物複合体の構造決定を行うことができる。類似タンパク質の構造が利用できる場合には、分子置換法により初期位相を決定することが可能である。しかしながらそこからモデルを修正するのは骨が折れる作業であるため、部分構造に含まれる硫黄原子から位相を付けることができるMR-native SAD法による半自動的なモデル構築が有効である。例えば、筆者らのグループで最近構造決定した金属をもたない新規の炭酸脱水素酵素(carbonic anhydrase:CA)の場合には、シアノバクテリア由来のCAの結晶構造をSAD法で決定した後で、真核藻類由来のCAの結晶構造をMR-native SAD法により迅速に決定することができた16)。この手法は、化合物の結合によりタンパク質の構造が大きく変化するような場合にも有効である。

SAD法、native SAD法とMR-native SAD法
実験的に初期位相を決定するためには、重原子の異常分散効果を利用する方法が一般的に用いられてきた。異常分散効果が大きくなる単一の波長で測定した回折データを用いて初期位相を決定するSAD法(single wavelength anomalous dispersion法)が現在では最も一般的である。古くはソーキング法によりAuやHgなどの重金属をタンパク質結晶に導入した誘導体結晶、その後はメチオニンをセレノメチオニン(Se-Met)に置換したSe-Met誘導体結晶を用いて重原子の異常分散効果を測定することで初期位相決定が行われていた。しかし最近ではタンパク質に含まれる硫黄原子などの異常分散効果を利用することが可能になってきた。
タンパク質に含まれるメチオニンやシステインの硫黄や核酸に含まれるリンなどの軽原子からの異常分散効果を精度よく測定するためには、低エネルギーX線(長波長X線)を用いることが必要である。しかしながら、硫黄の異常分散効果は一般的に用いられてきた重原子と比較して小さいため、硫黄やリンの異常分散測定のためには長波長X線に最適化されたビームラインが必要である。このようなビームラインは世界的に見てもまだ少なく、Diamond Light SourceのビームラインI23とPhoton FactoryのBL-1Aのみである14、15)。Photon FactoryのBL-1Aは、波長を2.7 Åとした測定が可能であり、タンパク質分子に含まれる硫黄原子の異常分散効果を用いたnative SAD法による位相決定を目的として建設されたビームラインである。
分子置換法(molecular replacement:MR)とnative SAD法を組み合わせた方法がMR-native SAD法である。分子置換法で決定した部分構造とnative SADデータと組み合わせることでモデルバイアスのない実験的な電子密度マップが得られるため、迅速なモデル構築に有効である。MR-native SAD法のための回折データは波長を1.9 Åとして収集できるため、Photon FactoryのBL-1AのほかBL-17Aでもデータ収集が可能である。

 アミノ酸配列の相同性が高いタンパク質の構造が利用できない場合には、SAD法による位相決定を行う。高エネルギー加速器研究機構のPhoton FactoryのBL-1Aでは低エネルギーX線を用いてタンパク質のメチオニンやシステイン由来の硫黄原子からの異常分散効果を測定することが可能であり、native SAD法による位相決定の成功例も増えてきている15、17)

2.構造精密化

 構造精密化とは、タンパク質や化合物のモデルを電子密度に合わせて修正していく作業のことである。phenix.refineやCCP4のRefmac、Cootなどを用いて行うことができる12、13、18)。重要なことは、ジオメトリーを崩さないように電子密度図にモデルを合わせていくことである。そのためにfreeR因子の値だけではなく、Ramachandranプロットやrotamerの評価、二次構造が崩れていないかなどに注意しながらモデルを修正する。電子密度が曖昧な箇所については、simulated annealing(SA)-omit mapにより確認を行うべきである。また、電子密度が曖昧な側鎖や水分子はモデルから削除する。いつも決まった基準に基づいて構造精密化を進めていくことが重要である。

3.構造の評価

 構造精密化も終盤に近づいてきたら、Worldwide Protein Data Bank(WWPDB)のValidation report (https://validate-rcsb-1.wwpdb.org/)を参考にしながら構造を修正し、信頼度の高い構造とすることをめざしていく。Validation reportで指摘された部分は構造に何かしらの問題がある場合が多い。また、化合物や化合物との相互作用にかかわる重要な残基、金属イオン、水分子などについては、それが確かに正しいか慎重に確認することが重要である。よく起きる問題の1つは、化合物の電子密度が弱くしか見えていない場合であっても、化合物を加えて構造精密化を行うことにより、2mFo-DFc mapの電子密度が当初よりも明瞭に、化合物に合うように見えてきてしまうことである。このようなモデルバイアスの問題を回避するためにも、モデルから化合物を抜いて計算したSA-Omit mapを確認し、化合物の入れ方に問題がないかをしっかり確認すべきである。

 また、金属イオンを根拠なしに置くことは避けるべきである。例えば、1.89Åに吸収端があるMn2+イオンの場合には吸収端の前後でdifference anomalous Fourier mapを確認することにより、それが本当にMn2+イオンなのかを確認することができる。また、配位構造や配位結合距離から金属イオンの種類を予測できるCheck My Metal(https://cmm.minorlab.org/metal_sites/calcsite)などを用いて金属イオンをあらかじめ予測してからXAFSにより金属の有無を確認し、その吸収端前後で測定を行うと効率がよい19)

おわりに

 結晶化ロボットや全自動回折データ測定、解析用のプログラムの発達により、以前よりも容易かつ迅速にX線結晶構造解析が行えるようになってきた。結晶構造を創薬研究や生物学研究の有効なツールとして利用していくためには構造解析のスピードアップが重要である。全自動結晶化ロボット、全自動回折データ収集などを積極的に利用し効率性を高めるべきである。それと同時に、一度PDBに登録された座標データは人類共通の資産として、将来にわたり多くの人が利用する可能性がある。そのことをしっかり理解したうえで、信頼性の高い座標データを責任を持って登録するようにしたい。

◆文献
1)「Biomolecular crystallography -Principles, Practice and Application to Structural Biology」(Rupp B)、Garland Science, 2009
2)Kato R, et al:Acta Crystallogr F Struct Biol Commun, 77:29-36, 2021
3)加藤龍一:高エネ機構における結晶化条件探索の自動化、日本結晶学会誌。63:212-215, 2021
4)「Advanced methods in structural biology」(Senda T & Maenaka K, eds), Springer, 2012
5)Giannopoulou EA, et al:FEBS J:doi:10.1111/febs.15764, 2021
6)Muto S, et al:Proc Natl Acad Sci U S A, 104:4285-4290, 2007
7)Hayashi T, et al:Cell Host Microbe, 12:20-33, 2012
8)Sumita K, et al:Mol Cell, 61:187-198, 2016
9)Senda M, et al:Cryst Growth Des, 16:1565-1571, 2016
10)山田悠介:PF構造生物学研究ビームラインにおけるデータベース開発。日本結晶学会誌、59:281-282、2017
11)山田悠介:Photon Factory のタンパク質X線結晶構造解析ビームラインにおける全自動測定とリモート実験。日本結晶学会誌、63:208-211, 2021
12)Winn MD, et al:Acta Crystallogr D Biol Crystallogr, 67:235-242, 2011
13)Liebschner D, et al:Acta Crystallogr D Struct Biol, 75:861-877, 2019
14)Wagner A, et al:The Long-wavelength macromolecular crystallography I23 at Diamond Light Source. 日本結晶学会誌 60:233-239, 2018
15)松垣直宏、他:長波長X線を利用したタンパク質結晶構造解析。日本結晶学会誌、62:56-61, 2020
16)Hirakawa Y, et al:BMC Biol, 19:105, 2021, in press
17)Liebschner D, et al:Acta Crystallogr D Struct Biol, 72:728-741, 2016
18)Emsley P & Cowtan K:Acta Crystallogr D Biol Crystallogr, 60:2126-2132, 2004
19)Zheng H, et al:Acta Crystallogr D Struct Biol, 73:223-233, 2017

羊土社、2021年12月発行
津本浩平,前仲勝実/編
目次
序【津本浩平,前仲勝実】
概論 生命現象における“相互作用”の考え方【津本浩平,前仲勝実】
第1章 創薬における相互作用解析のスタンダード
Ⅰ 低中分子創薬
1 低分子・中分子創薬における相互作用解析ナビ【前仲勝実】
2 SPRを用いた低分子化合物のスクリーニング【長門石曉,津本浩平】
3 SPRを用いたヒットバリデーション,最適化のためのキャラクタリゼーション【古川 敦,三谷知也】
4 示差走査型蛍光定量法を用いたタンパク質熱安定性解析のスクリーニング【野村尚生】
5 等温滴定型カロリメーター(ITC)を用いた分子間相互作用の熱量評価【長門石曉,津本浩平】
6 マイクロスケール熱泳動法(MST)を用いた分子間相互作用解析【長門石曉,津本浩平】
7 蛍光偏光測定【菊川峰志,尾瀬農之,金城政孝】
8 フラグメント創薬(FBDD)のための溶液NMR実験法【古板恭子,児嶋長次郎】
Ⅱ 抗体創薬
9 抗体創薬における相互作用解析ナビ【津本浩平】
10 シングルセルPCRによるモノクローナル抗体作製法【登内奎介,小野寺大志,高橋宜聖】
11 ファージディスプレイ法を用いた一本鎖抗体の改変【山内聡一郎,小橋川敬博,佐藤卓史,森岡弘志】
12 SPR法を用いた抗体創薬における分子間相互作用解析【黒木喜美子】
13 等温滴定型熱量計(ITC)を用いた相互作用の熱力学的解析【田所高志】
14 BLI(バイオレイヤー干渉法)を用いた抗体エピトープ解析【新山真由美,永田諭志,鎌田春彦】
15 水素-重水素交換質量分析(HDX-MS)実験法による相互作用部位の解析【児玉高志,児嶋長次郎】
16 会合凝集体の検出【木吉真人,柴田寛子,石井明子】
17 SEC-MALSを用いた生体分子の多量体解析【齋尾智英】
1 示差走査型カロリメーター(DSC)を活用した抗体の熱安定性解析【中木戸誠,津本浩平】
19 抗体の立体構造予測と抗原とのドッキング計算【黒田大祐,津本浩平】
第2章 インフォマティクスによる相互作用解析のスタンダード
1 タンパク質アミノ酸配列からの立体構造予測【富井健太郎】
2 タンパク質-タンパク質ドッキング計算による構造予測と相互作用予測【黒田大祐,津本浩平】
3 計算による低分子ドッキング・薬物スクリーニング【福西快文,棚橋 航,真下忠彰,中村寛則】
4 MDシミュレーションによるリガンド結合解析【重田育照】
5 フラグメント分子軌道法に基づく分子間相互作用解析【田中成典】
6 創薬等に役立つインターネット上のデータベース【由良 敬,鈴木博文,栗栖源嗣,川端 猛,木下賢吾,白井 剛,土方敦司,田之倉優】
第3章 ひとつ進んだ相互作用の理解をめざして
1 X線結晶構造解析の流れとポイント・コツ【千田美紀,千田俊哉】
2 クライオ電子顕微鏡で弱い相互作用の複合体構造を解析するための戦略【岩崎憲治,大橋正隆,廣瀬未果,禾 晃和】
3 X線自由電子レーザーを用いたタンパク質の構造解析【島村達郎】
4 生体高分子溶液試料の小角X線散乱解析(BioSAXS)【清水伸隆】
5 高速原子間力顕微鏡によるタンパク質間動的相互作用の一分子計測【内橋貴之】
6 超遠心分析沈降速度法による分子間相互作用解析【丸野孝浩,内山 進】
7 Native-MSによる分子間相互作用解析【西海遥夏,石井健太郎,内山 進】
8 創薬分野におけるAIの活用【長尾知生子,李 秀栄,水口賢司】
索引