日経バイオテクは、生命科学と医学の専門出版社である羊土社と協業します。その第1弾として、羊土社が発行した実験医学別冊『創薬研究のための相互作用解析パーフェクト』の中から、注目の記事を紹介していきます。

 抗体創薬においては、治療効果などの生物学的機能が最も重要である。高次構造解析を含めた相互作用解析は、その機能を記述するうえで大きな役割を果たす。また、候補品のスクリーニングにおいては、抗体としての機能を維持・発揮するための構造安定性とコロイド安定性の精査が必須である。低分子・中分子創薬の場合と同様に、複数の分析手法で解析する必要がある。また、近年は精度のよい計算科学の貢献が顕著であり、研究例も増えている。本項ではこれらについて解説する。

津本浩平(東京大学大学院工学系研究科 教授)

はじめに

 抗体創薬において最も重要なのは、何をおいても治療効果等の「生物学的機能」である。その機能を最大限に発揮できること、ならびに標的となる抗原について十分な特性解析をすること(いわゆるターゲットバリデーションのことである)を前提に、①標的となる抗原に対する相互作用を物理化学的に、また構造科学的に詳述すること、②候補品となる抗体分子の「構造安定性とコロイド安定性」の双方を吟味することが重要である。低分子・中分子に比べて作用点の数が多い分、標的タンパク質との結合に関する特異性が担保されるが、作用機序の生物学的記述と、いわゆる「エピトープ」とよばれる標的抗原の作用点に関する解析は必須である。

 このような相互作用の記述には、創薬標的の組換えタンパク質を用いた相互作用解析から結合を示すことが重要であること、抗体創薬においても、原理の異なる複数の分析手法で相互作用することを確定する必要がある。さらに、可能であれば抗体と標的抗原の複合体の立体構造を決定し、各種変異体の解析結果を検証することで(低分子・中分子でいわれる構造活性相関と同様である)、生物学的特性と構造との関連を議論することが強く望まれる。

 第1章-Ⅱ節では、抗体を対象に抗原との相互作用解析を行う主な手法を取り上げている。低分子・中分子の場合と同様に、各手法には長所や短所、特徴があるため、用途に合わせて手法を選ぶ必要がある。通常の抗体のスクリーニングの流れを図1に示す。抗体創薬における創薬は、先に述べた通り、何をおいてもまず生物学的機能が重要であり、機能を有する抗体クローンに関して、構造安定性とコロイド安定性の双方から、より再現性の高い製造工程を確立できるクローンを選出することが最重要である。これは、修飾抗体や変異抗体、抗体薬物複合体(ADC)、多重特異性抗体(バイスペシフィック抗体)のような、いわゆる次世代抗体においても同様の解析が重要である。本節では、これらを踏まえ、新規な方法論を中心に、シングルB細胞からのスクリーニングから、さまざまな相互作用解析、さらにin silicoによる構造予測までまとめている。

図1 抗体スクリーニングと相互作用解析
図1 抗体スクリーニングと相互作用解析
SPR;表面プラズモン共鳴法、ITC;等温滴定型熱量計、DSC;示差走査型カロリメーター、BLI;バイオレイヤー干渉法、HDX-MS;水素-重水素交換質量分析、SEC;サイズ排除クロマトグラフィー、DLS;動的光散乱、LO;光遮蔽法、FI;フローイメージング法
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抗体-抗原の相互作用解析に使用される手法

1.クローン選択

 最初に取り上げるのは、シングルB細胞のダイレクトPCRフローサイトメトリーによる抗原特異的なB細胞の検出系を組み合わせた、よりハイスループットなモノクローナル抗体作製である(第1章-10)。他のモノクローナル抗体スクリーニング法として、ファージディスプレイ法(第1章-11)があげられる。これは、細菌に感染するバクテリオファージ上に抗体断片を提示(ディスプレイ)させ、標的分子に対する抗体を迅速かつ高効率に作製する手法である。酵母やリボソームなどを用いたディスプレイシステムと並んで汎用されてきているが、変異ライブラリーを構築しスクリーニング系をうまく設計することで、人工的な親和性成熟や安定性向上等を行うことも可能になっている。医薬品開発への応用のみならず、研究ツールとしての活用も期待できるほか、in silico技術との組み合わせにより、標的抗体分子の最適化が可能になってきている。

2.エピトープ解析・相互作用解析

 抗体の抗原との相互作用の性格付けにELISAを用いることが多い。しかしながら、実験者による技術的習熟度の差がデータに反映されるなど、問題点も多い。そのような問題を大幅に解決した方法の1つが表面プラズモン共鳴法(surface plasmon resonance:SPR)(第1章-12)である。いったん測定系が確立すると、多検体でも同条件・全自動で再現性よく、相互作用の濃度依存性を評価できる。レスポンスカーブから解離定数だけではなく、速度論的パラメーター(結合速度や解離速度)の算出が可能であるほか、非特異吸着の有無の判断もできる。低分子・中分子の相互作用解析でも述べたように、固定化したタンパク質が機能を維持できる諸条件の決定が重要であるほか、得られたデータの解析、解釈に関しては、新規な系の解析において十分な検討が必要である。

 低分子・中分子の項でも紹介している分子間相互作用解析法として、等温滴定型熱量計(isothermal titration calorimeter:ITC)(第1章-13)は特に有効である。試料の標識や固定化を必要とせず、1回の滴定実験で、結合定数や熱力学的パラメーター(エントロピー、エンタルピー、モル熱容量)、そして結合モル比(量論比)を決定することができる。熱力学的なパラメーターの特徴から誘導結合的な要素があるかなどを決定することで、相互作用の種類や揺らぎなどを考慮した設計を進めることが可能となる。種々の抗体で測定されており、相互作用の強弱がおおよそ議論できるほか、構造的な記述と組み合わせること、また他の速度論的解析法との併用により相互作用がより深く理解でき、アゴニスト、アンタゴニスト活性をはじめとした活性との関連に関する正確な議論が期待できる。

 タンパク質の立体構造安定性を定量的に評価できる分析法の1つに、示差走査型カロリメーター(differential scanning calorimeter:DSC)(第1章-18)がある。タンパク質等生体高分子の機能発現には三次元立体構造が必須であるが、その構造の熱変性について、変性中点温度や、変性に必要な熱量(エンタルピー)を求めることにより、分子の熱安定性を評価できる。また、熱安定性を指標とした分子種のスクリーニング、あるいは添加剤の決定等に用いられている。次に、バイオレイヤー干渉法(bio-layer interferometry:BLI)(第1章-14)を用いた抗体エピトープ解析を紹介する。機能抗体作製においては、エピトープの同定がたいへん重要なステップとなる。抗体創薬の初期段階において、機能抗体のスクリーニングにエピトープ解析を組み合わせることが重要となり、通常、いわゆるエピトープビニングとよばれる分類が実施されることとなるが、特に高効率での分類を可能にするのがBLIである。BLIは、エピトープ分類はもとより、さまざまな分子間相互作用解析にも有効である。同様に、エピトープのマッピングを比較的容易に行える手段として応用されてきた手法として、水素-重水素交換質量分析(hydrogen/ deuterium exchange-mass spectrometry:HDX-MS)(第1章-15)を取り上げる。これは、水素原子の置き換わりやすさからタンパク質等の溶媒和の状態を評価することにより、タンパク質の立体構造や分子間相互作用に関する情報を得る手法である。NMRやX線による解析よりも測定に必要な試料が少なくかつ短期間に結合領域を同定できることで、最近有効な手法の1つとして汎用されつつある。

3.構造安定性・コロイド安定性の精査

 抗体創薬等、生体高分子の高次構造に基づく機能を医薬品に用いる場合は、その劣化について低分子以上に細心の注意を払う必要がある。会合凝集体形成は、品質劣化の重要な要因の1つであり、免疫原性をもつ可能性も指摘されていることから、種々の方法論の適用が図られている。いわゆるコロイド安定性の正確な記述である。生体高分子の会合凝集体はそのサイズが幅広く、種々の分析手法が必要となる。第1章-16会合凝集体の検出においては、特に、サイズ排除クロマトグラフィー(size exclusion chromatography:SEC)、動的光散乱法(dynamic light scattering:DLS)、光遮蔽法(light obscuration:LO)、フローイメージング法(flow imaging:FI)についてまとめられている。続いて、会合凝集体検出はもとより、特異的複合体の検出や分子量決定にもっともよく使用されている方法として、静的光散乱法(multi-angle static light scattering:MALS)とSECの組み合わせ(SEC-MALS、第1章-17)を取り上げる。複合体を分子の大きさで検出する方法論がいくつか知られているが、SEC-MALSは汎用的分析方法のなかでは最も信頼されている手法の1つである。

4.立体構造予測

 最後に、抗体相互作用解析のスタンダードとしてのin silico手法について、抗体の立体構造予測と抗原とのドッキング計算を第1章-19に述べている。抗体創薬では、CDR-H3ループ構造の正確な予測を除けば、アミノ酸配列がわかればおおよその構造を精度よく予測できることが多い。しかしながら、特異性創出という観点では、この程度の精度のよさでは不十分という場面も多く、さらなる研究が必要である。

おわりに

 これらに加えて、抗体の複合体形成に関しては、立体構造解析による記述が重要である。この観点も含め、第3章にいくつかの方法がまとめられている。X線結晶構造解析は、エピトープ構造決定はもとより、相互作用様式の詳述等に必須の分析法である(第3章-1、3)。クライオ電子顕微鏡(第3章-2)の解像度が大幅に向上し、近年構造生物学の中心的手法の1つになっていることは特筆すべきである。また、小角X線散乱法(第3章-4)の進展が、複合体の溶液論的な大きさを記述するうえで必須であるほか、複合体形成に関する議論は、超遠心分析法(第3章-6)が古典的であるがデータ解析等取り扱いがより簡便になり、汎用されているほか、最近ではNative-MS(第3章-7)が威力を発揮しつつある。

 抗原とのドッキングについては、結合部位が特定されていれば、ある程度信頼のある精度があるが、デザインのレベルには、wet実験とのクロストークが現時点では強く期待されるところである。なお、インフォマティクスによる相互作用解析については、第2章に詳細をまとめている。いずれの技術も日進月歩で、かつ今後中核に位置付けられる方法論である。いわゆるインフォマティクス研究から、動力学計算、量子計算、さらには機械学習に基づく構造予測等についても議論している。

羊土社、2021年12月発行
津本浩平,前仲勝実/編
目次
序【津本浩平,前仲勝実】
概論 生命現象における“相互作用”の考え方【津本浩平,前仲勝実】
第1章 創薬における相互作用解析のスタンダード
Ⅰ 低中分子創薬
1 低分子・中分子創薬における相互作用解析ナビ【前仲勝実】
2 SPRを用いた低分子化合物のスクリーニング【長門石曉,津本浩平】
3 SPRを用いたヒットバリデーション,最適化のためのキャラクタリゼーション【古川 敦,三谷知也】
4 示差走査型蛍光定量法を用いたタンパク質熱安定性解析のスクリーニング【野村尚生】
5 等温滴定型カロリメーター(ITC)を用いた分子間相互作用の熱量評価【長門石曉,津本浩平】
6 マイクロスケール熱泳動法(MST)を用いた分子間相互作用解析【長門石曉,津本浩平】
7 蛍光偏光測定【菊川峰志,尾瀬農之,金城政孝】
8 フラグメント創薬(FBDD)のための溶液NMR実験法【古板恭子,児嶋長次郎】
Ⅱ 抗体創薬
9 抗体創薬における相互作用解析ナビ【津本浩平】
10 シングルセルPCRによるモノクローナル抗体作製法【登内奎介,小野寺大志,高橋宜聖】
11 ファージディスプレイ法を用いた一本鎖抗体の改変【山内聡一郎,小橋川敬博,佐藤卓史,森岡弘志】
12 SPR法を用いた抗体創薬における分子間相互作用解析【黒木喜美子】
13 等温滴定型熱量計(ITC)を用いた相互作用の熱力学的解析【田所高志】
14 BLI(バイオレイヤー干渉法)を用いた抗体エピトープ解析【新山真由美,永田諭志,鎌田春彦】
15 水素-重水素交換質量分析(HDX-MS)実験法による相互作用部位の解析【児玉高志,児嶋長次郎】
16 会合凝集体の検出【木吉真人,柴田寛子,石井明子】
17 SEC-MALSを用いた生体分子の多量体解析【齋尾智英】
1 示差走査型カロリメーター(DSC)を活用した抗体の熱安定性解析【中木戸誠,津本浩平】
19 抗体の立体構造予測と抗原とのドッキング計算【黒田大祐,津本浩平】
第2章 インフォマティクスによる相互作用解析のスタンダード
1 タンパク質アミノ酸配列からの立体構造予測【富井健太郎】
2 タンパク質-タンパク質ドッキング計算による構造予測と相互作用予測【黒田大祐,津本浩平】
3 計算による低分子ドッキング・薬物スクリーニング【福西快文,棚橋 航,真下忠彰,中村寛則】
4 MDシミュレーションによるリガンド結合解析【重田育照】
5 フラグメント分子軌道法に基づく分子間相互作用解析【田中成典】
6 創薬等に役立つインターネット上のデータベース【由良 敬,鈴木博文,栗栖源嗣,川端 猛,木下賢吾,白井 剛,土方敦司,田之倉優】
第3章 ひとつ進んだ相互作用の理解をめざして
1 X線結晶構造解析の流れとポイント・コツ【千田美紀,千田俊哉】
2 クライオ電子顕微鏡で弱い相互作用の複合体構造を解析するための戦略【岩崎憲治,大橋正隆,廣瀬未果,禾 晃和】
3 X線自由電子レーザーを用いたタンパク質の構造解析【島村達郎】
4 生体高分子溶液試料の小角X線散乱解析(BioSAXS)【清水伸隆】
5 高速原子間力顕微鏡によるタンパク質間動的相互作用の一分子計測【内橋貴之】
6 超遠心分析沈降速度法による分子間相互作用解析【丸野孝浩,内山 進】
7 Native-MSによる分子間相互作用解析【西海遥夏,石井健太郎,内山 進】
8 創薬分野におけるAIの活用【長尾知生子,李 秀栄,水口賢司】
索引