(画像:123RF)
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 第一三共の時価総額は約6.6兆円に達し(2022年8月4日時点)、長らく首位であった中外製薬を抜いて国内製薬企業の中でトップとなっている。第一三共は抗HER2抗体を用いた抗体薬物複合体(ADC)である「エンハーツ」(トラスツズマブデルクステカン)の開発に力を入れており、HER2陽性乳がんやHER2陽性胃がんなどの疾患で承認を取得している。2022年6月の米臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会では、HER2低発現がんを対象とするエンハーツの第3相臨床試験のデータの発表に対して、異例のスタンディングオベーションが沸き起こった。エンハーツの成長とともに同社の株価は好調に推移しており、7月12日には年初来高値の3662円を達成した。

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 JPモルガン証券の若尾正示氏(市場調査本部株式調査部ヴァイスプレジデント)は、「近年の第一三共の評価は、エンハーツの成長とともに右肩上がりとなっている」と語る。2020年1月に米国でHER2陽性乳がんの3次治療で発売して以降、第一三共は複数の国や疾患に対して、エンハーツの適応を広げてきた。その結果、2019年には2000円台だった株価が、2020年半ばには3000円台に達するようになった。

図1 第一三共(4568)の株価推移(週間終値、直近3年間)
図1 第一三共(4568)の株価推移(週間終値、直近3年間)
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 2021年に市場全体が保守的な傾向となったことから、将来の成長を見込むタイプの株が低調となった。それに引きずられて第一三共の株価も下落し、同年8月には一時的に2000円を割る株価となった。なお個別の要因として、「ADCの権利の帰属を巡る米Seagen社との仲裁の結果が懸念されていた」(若尾氏)という。そのため2021年末まで、同社の株価は2000円台から3000円台を行き来していた。

若尾正示(わかお・せいじ)氏
若尾正示(わかお・せいじ)氏
2008年3月東京大学大学院博士課程を卒業。2008年4月野村證券入社、セルサイドアナリストとしてバイオスタートアップのカバッレジやヘルスケア関連未上場企業のリサーチに従事。2015年11月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券に入社し、医薬品・医療機器セクターを担当。 2020年11月にJ.P.モルガンに入社。医薬品セクターを担当

 ところが、2022年2月にHER2低発現の乳がん患者を対象としたエンハーツの第3相臨床試験(DESTINY-Breast04試験、以下DB04試験)で主要評価項目を達成したと公表してから、同社の株価は見直されるようになった。従来は全乳がん患者の15%から20%がHER2陽性とされ、エンハーツによる抗HER2療法の対象となっていたが、残る80%強はHER2陰性とひとくくりにされ、抗HER2療法の対象外だった。DB04試験では全乳がん患者の最大50%程度を「HER2低発現乳がん」とくくり直し、エンハーツによる治療の可能性を開いた。さらに同年6月のASCOでDB04試験の詳細が明かされ、株価は3500円台に伸長した。

Seagen社との仲裁の結果に注目が高まる

 第一三共の今後の株価について、若尾氏は「Seagen社との仲裁の結果が変動の要因となるだろう」と説明する。第一三共とSeagen社の間では、第一三共のADCの権利の帰属を巡って仲裁の手続きが進められている。なお第一三共は本件について、「ADCの共同研究を実施していたが、現在の当社ADC品とはまったく異なる」と説明している。仲裁の結果はまだ明らかになっていないが、「最悪の場合には、ADCの特許が切れるまでロイヤルティーを支払うことになる」(若尾氏)という。「5%前後ならばおおよそ想定内だが、10%を越えると、株価の下げ幅も大きくなるだろう。ただしエンハーツの売り上げの伸びによっては、相殺できるかもしれない」と若尾氏は続けた。

 第一三共は2021年度から2025年度までの中期経営計画で「3ADC最大化の実現」を柱の1つとして掲げている。そのため研究開発費を増額し、その大半を3つのADCに注ぐ計画だ。3つのADCは具体的に、(1)抗HER2ADCのエンハーツ、(2)抗TROP2ADCのDato-DXd、(3)抗HER3ADCのHER3-DXd──を指す。

 若尾氏によると、「Dato-DXdは米Gilead Sciences社の『Trodelvy』(サシツズマブゴビテカン)と同様の作用機序を有することから、海外からの関心が高い。ただし国内市場では、やや存在感が薄いように感じる」という。第一三共は2020年12月に実施された「R&D Day 2020」で、Dato-DXdの優位性について「構造が安定で副作用が少ない」とコメントしている。2022年8月の世界肺がん学会(WCLC)では、1次/2次治療に対するペムブロリズマブとの併用±プラチナ製剤の有用性を検証する第1b相臨床試験(TROPION-Lung02)の初期中間データが公表される予定だ。その結果によっては、「国内市場でのDato-DXdの注目度が高まる可能性もある」(若尾氏)という。

 さらに抗B7-H3抗体を用いたADCのDS-7300や、抗CDH6抗体を用いたADCのDS-6000の臨床試験のデータが積み上がりつつあることなど、第一三共の株価をポジティブにみる材料は多い。若尾氏は2022年12月までの目標株価を4300円としている(2022年6月時点)。「DB04試験の結果を織り込んでいないため、もう少し上を目指せるかもしれない。仲裁の結果を待って、アップデートを検討する予定だ」(若尾氏)という。