他人がやらないことをやれ、ナンバーワンよりオンリーワン、レッドオーシャンよりもブルーオーシャン、などとよく言われます。これらの言葉は、他人や他の組織から自分や自社あるいは自分のラボを差別化することが、個人のキャリアやビジネス、あるいは学問/研究の世界では重要だという文脈で使われます。

 しかしながら、これは現実には「言うはやすく行うは難し」の典型例です。なぜならば、例えば新薬の研究開発の世界で他人がやらないことというのは、本当に他の誰もやっていないというよりも、多くの人が既に試したけれどもうまくいかなかったことである場合がほとんどだからです。

 少なくとも含ホウ素医薬品はまさにこのケースだったと思います。21世紀になる前までの数十年間、生理活性化合物としては多数知られていたにもかかわらず、医薬品になった含ホウ素化合物は無く、バイオロジカルツール止まりでした。また含ホウ素化合物は不安定で毒性があるという、実はきちんとしたデータの裏付けが無いバイアスが、長年にわたって業界全体を覆っていました。

 ですから、含ホウ素化合物を薬にするのは非常に困難だというのが、製薬業界内での一般的な見方でした。2003年にベルケードという世界初の含ホウ素医薬品(抗癌剤)として認可されることになる、PS-341という化合物を最初に見いだした米ProScript社という会社の研究者たち、そして資金が底を突きかけたProScript社を買収して開発を継続し、発売までこぎ着けた米Millennium Pharmaceuticals社(現Takeda Oncology社)の皆さんは、非常に勇気があったと思います。

 ベルケードの開発が成功した後でも、あれはたまたまの例外だという見方がまだ根強く、業界内で含ホウ素化合物が注目されることはありませんでした。私が在籍した米Anacor Pharmaceuticals社は、新しいタイプの含ホウ素化合物による創薬を目指して、ベルケードが認可される前年の02年に設立されました。

 研究を続けるうちに私たちは、含ホウ素化合物は短所よりもむしろ長所の方が多い魅力的なケミカルクラスだという確信を深めていきました。そして新しい成果をあちこちの学会や学術誌に発表しましたが、上記のようなバイアスのため、いつも必ず、毒性と安定性についての質問を受け続けました。それでも短期間のうちに2つの新薬開発に成功し、上記の確信は証明されました。

 その2剤は含ホウ素という点についてはベルケードと同じですが、化学構造としては大きく異なるクラスで、疾患領域も感染症および免疫炎症で、癌とは異なります。Millennium社からベルケードの後続品も出て、現在までに計4種類の含ホウ素医薬品が米食品医薬品局(FDA)から承認を得ています。最近では、多くの製薬企業から出願される特許にも含ホウ素化合物が含まれることが多くなり、今では低分子医薬の1つのカテゴリーとして確立されたと言ってよいと思います。

 ホウ素はホウ素でも、既存のものとはちょっと違う面から攻めれば非常に面白いものになりそうだということに私たちは気が付き、この領域では世界の最先端を走ることができました。結果的に他人がやらないことをやったような形になりましたが、実際には他人がやってうまくいっていなかったことを、ちょっとした気付きから成功に結び付けたと言う方が正確かなと思います。