シリコンバレー創薬騒動(第11回)

アウトソーシングの波とその先

(2017.04.28 00:00)
赤間勉=元Anacor Pharmaceuticals社, Research Leader

 21世紀になって、医薬品の研究開発は、その産業構造自体が大きく変わってきました。その少し前からIT業界でオフショア化という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。インターネットの発達とともに、欧米(主にシリコンバレー)のIT企業が、多くの業務を中国やインドといった国々の企業に委託(アウトソース)するようになったことを指します。このトレンドが、少し遅れて医薬品業界にも波及し始めました。

 2000年の暮れに、中国でWuXi PharmaTech社(現在はWuXi Apptec社)というCRO(Contract Research Organization:医薬品開発受託機関)が、4人の有機化学研究者とたった1つのラボから設立されました。CROというビジネス自体はそれ以前から存在していましたが、このWuXiがバイオ/医薬業界のアウトソーシングの火付け役になったと言ってよいと思います。WuXi社は設立から16年余りが過ぎた現在、7カ国に拠点があり、1万4000人もの社員を抱えるまでに成長しています。

 業務を自社内で行わずにCROに委託するドライビングフォースは、欧米とアジアとの間の顕著な人件費の差です。フルタイムの従業員相当を意味するFTE(Full Time Equivalent)という言葉があります。2000年代、このFTE当たりのコスト(給料プラス間接費)が、シリコンバレーと中国では3倍から4倍、時にはそれ以上の差がありました。米国で1人雇う予算で中国なら3、4人雇えるわけですから、単純に考えればアウトソースした方が得ということになります。

 医薬品研究は、化学、生物、薬理、代謝、毒性、製剤など、様々な分野の研究者が必要となりますが、それらの中で最も再現性を確保しやすいのが低分子の合成化学であったため、まずこの分野からCROビジネスが発展しました。大手のCROは現在では、臨床試験や申請業務まで含めた医薬品研究開発のあらゆる業務を請け負うようになっています。

 CROビジネスが発達したもう1つの理由は、2000年以降の欧米メガファーマの度重なるダウンサイジングです。大手製薬企業が次々と大規模なレイオフを行い、合計で数万人もの人々が職を失いました。その中には、アジア(とりわけ中国)出身で、長年米国で働いてきた社員も多くいました。レイオフによって職を失った外国出身の人々が、母国に戻ってCROビジネスを立ち上げ始めたのです。

 もちろんアウトソーシングにはメリットとデメリットがあります。主なメリットは上記の通りコスト面と、人員数のフレキシビリティーになります。状況に応じ、頭数の増減が比較的容易に行えるということです。いくら米国ではレイオフが簡単とは言っても、できればしないに越したことはありませんし、逆に必要な時にいい人材を迅速に採用するのも簡単ではありません。CROだとそのあたりの人数調整が容易になります。

 主なデメリットは、CRO内の仕事のクオリティーの問題と、太平洋を挟んでサンプルを頻繁に送付する必要があることです。仕事のクオリティーは、初期には色々ありましたが、年数を経て格段に改善されています。ただしサンプルの送付には早くても3、4日かかりますし、まれにですがサンプルが行方不明になったり、clearance delayといって検査当局のスクリーニングに引っ掛かり、配達されるまでになぜか数カ月もの時間がかかることさえあります。重要で高価な動物実験などのための化合物が予定した期日に届かないと、プロジェクトに大きな支障を来しますので、この部分は常にリスク要因です。

 それでも業界全体としては、CROに業務委託する流れがどんどん加速していきました。私がいた会社でも、可能な限りの業務をアウトソースし、正社員の数は常に最小限にとどめられていました。しかし中国のCROの多くは当初、北京や上海などの大都市で発達したため、これらの都市の家賃や人件費が徐々に高騰してきました。一方米国の人件費は中国ほどの伸びではないので、コスト面でのメリットは当初ほどではなくなってきています。

 今後も同様なトレンドが続くのか、あるいはアウトソースしていた業務が米国内に回帰するのか、興味深いところです。ただし十数年に及ぶ業界全体のアウトソース戦略のために、米国内で実務を担当できる研究員や、それらの研究員をマネジメントできる人材が、気がついた時には枯渇してしまっている可能性があります。

 その一方で、米国ほど極端なアウトソース戦略は取らず、ダウンサイズもしてこなかった日本の製薬企業内の人材には、思わぬオポチュニティーが訪れる可能性もあるのでは? と思っています。

赤間勉(あかま つとむ)
元 Anacor Pharmaceuticals, Research Leader
赤間勉 1964年生まれ。89年協和発酵工業(当時)入社。主に新規抗癌剤の合成研究を行う。2001年米Geron Corporation社(カリフォルニア州メロンパーク)入社。テロメラーゼ関連医薬の合成研究。03年米Anacor Pharmaceuticals社(カリフォルニア州パロアルト)入社。抗炎症薬および感染症治療薬の合成研究に関わる。この間、年を追うごとに趣味の料理に割く時間が増え、将来は飲食店の開業を目指している。ブログもやっているので、そちらも併せてご覧いただきたい。
 このコラムは、米バイオテク企業にスタートアップから参加し、大手製薬企業に買収されるまで同社で研究者として過ごした赤間勉氏による手記です。赤間氏は、協和発酵工業、Geron Corporation社を経て、2003年6月にバイオテク企業の米Anacor Pharmaceuticals社に入社し、2016年6月の米Pfizer社による買収を経て、2016年12月まで研究者として勤務しました。シリコンバレーに拠点を持つバイオテク企業の内側から見た実像を伝えていただきます。

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