シリコンバレー創薬騒動

前に進む勇気とスピード

(2017.03.31 00:05)
赤間勉=元Anacor Pharmaceuticals社, Research Leader

 日本の製薬企業からアメリカのバイオベンチャーに移って、どこでも同じだなと思うこと、違うなと思うこと、色々ありました。違うと思うことの中の1つに、スピードを重視してプロジェクトをぐいぐい前に進めるカルチャーのようなものがあります。別の言い方をすれば、どんどんリスクを取るということ。

 新薬候補化合物の作用などを調べる生物学/薬理学の研究では、試験管レベルに始まって、マウスなどの小さな動物、その後ラット、犬、サルやブタなど、徐々にサイズを上げて、薬効や安全性などを調べていきます。製薬業界の一般的な方法論としては、この過程でケミストリーのグループがたくさんの類似化合物を作り、一番いいものを探していきます。大企業では1つのプロジェクトで数千個もの化合物を作ることも珍しくありません。A社でももちろんそれを全くやらないわけではありませんでしたが、大企業のような潤沢なリソース(お金と人手と時間)はありませんので、ちょっと違ったやり方が必要になります。

 つまりスタートアップではリソースがものすごく限られていますので、大企業が取るじゅうたん爆撃のようなアプローチは取れません。なので周辺化合物の探索も並行して行うものの、ヒット化合物があればすぐに次のレベルの試験をしてみる。そこでなにがしかのポジティブなデータが得られたらさらにその次のレベル、というように、とにかくできるだけ早く行けるところまで行くことを優先します。そしてもしも途中でもっと良い化合物が見つかったときは、素早くそちらにスイッチします。

 これはかなり荒っぽいやり方ともいえるのですが、あっちも調べこっちも確認といった調子でのんびりとやっていたのでは、あっという間にお金と時間が尽きてしまいます。スタートアップは基本的に6カ月から1年先までぐらいの資金しかないことも多く、その期間内に投資家やコラボレーターを納得させられるような明確な進捗がないと次へ進めないという状況で研究開発を行うため、ある程度のリスクを取ってでも、物事を早く前に進める必要があるのです。

 そのようなやり方でどこまでいけるかには、正直なところ「運」が占める割合もかなり高くなると思いますし、相当な勇気も必要です。しかしとにかく、何かやらなければ結果が出るはずがないのも確かです。よく言われる例えで言えば、バッターボックスに立たなければヒットもホームランも出ないということでしょうか。さらに言えば、たくさんバッターボックスに立つことでチャンスを広げ、運を引き寄せる可能性が上がる、いわゆる運も実力のうちということにつながるのかもしれません。

 新薬の研究開発というのは、基本的にやることなすことのほとんどが失敗するビジネスで、新薬ができる確率は数万分の1といわれます。ある化合物が開発の段階でドロップする理由はとてもたくさんあるので、何か理由を見つけて落とすのは非常に簡単です。しかしよく考えてみると、思い込みや慣例に縛られて判断している場合もあるかもしれません。

 例えば、試験管レベルの酵素阻害作用があまり強くないと考えられる場合、通常は当たり前のようにもっと作用が強い化合物を探しますが、現在の作用は本当に不十分なのか、どこまで検証できているのかということです。実際に臨床で用いられた場合に、ターゲットとなる部位や臓器に十分な量の薬剤が届けられると期待できるのであれば、もしかしたら今のままでも十分なのではないか。どんな薬も完璧ではなく、作用も強ければ強いほどよいとも限りません。重要なことは、「必要十分」なラインを見極め、それを達成することなのです。

 「必要十分」ということを強調しておきたいのは、この世界では「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということも実際に起こるからです。あまりに作用が強い化合物は、副作用の懸念も大きくなるケースがあります。薬というのは常に、さじ加減のようなものが求められる運命にありますので、「必要十分」なレベルを見極めることは、簡単ではありませんが大変重要なことだと思います。

 ここで例に挙げた試験管レベルの作用もそうですが、他にも溶解性とか吸収性、代謝安定性などの様々なファクターは、やればやるほど改善できる場合が多いので、より良いものを求め続けてエンドレスな探索になってしまう恐れがあります。取りあえず必要十分なレベルに達していると考えられる場合、早く次のステージに行くことも非常に重要なのです。

 とにかくこのぐいぐいと前に進めるパワーというか、姿勢というのは、私が日本にいたときには全く体験しなかったものでした。特にアーリーステージのときに、えーマジこれで次にいっちゃうの?みたいな疑問を何度も持ったものですが、それがスタートアップのマネジメントの基本スタイルだったように思います。

赤間勉(あかま つとむ)
元 Anacor Pharmaceuticals, Research Leader
赤間勉 1964年生まれ。89年協和発酵工業(当時)入社。主に新規抗癌剤の合成研究を行う。2001年米Geron Corporation社(カリフォルニア州メロンパーク)入社。テロメラーゼ関連医薬の合成研究。03年米Anacor Pharmaceuticals社(カリフォルニア州パロアルト)入社。抗炎症薬および感染症治療薬の合成研究に関わる。この間、年を追うごとに趣味の料理に割く時間が増え、将来は飲食店の開業を目指している。ブログもやっているので、そちらも併せてご覧いただきたい。
 このコラムは、米バイオテク企業にスタートアップから参加し、大手製薬企業に買収されるまで同社で研究者として過ごした赤間勉氏による手記です。赤間氏は、協和発酵工業、Geron Corporation社を経て、2003年6月にバイオテク企業の米Anacor Pharmaceuticals社に入社し、2016年6月の米Pfizer社による買収を経て、2016年12月まで研究者として勤務しました。シリコンバレーに拠点を持つバイオテク企業の内側から見た実像を伝えていただきます。

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