シリコンバレー創薬騒動(第2回)

どんな薬を作ったのか

(2017.03.22 00:06)
赤間勉=元Anacor Pharmaceuticals社, Research Leader

 最初にちょっと専門的なことになります。前回2つの新薬を世に出したと書きましたが、それらについてちょっと詳しく説明します。サイエンスに興味のない方は飛ばしてもらっても結構ですが、後半はちょっとおもしろいかもですよ(^^;)。

(この連載は、赤間勉氏の同タイトルのブログ記事を、許可を得た上で転載しています)

 会社になる前の、アカデミアでの研究は細菌(バクテリア)による感染症治療薬に関するものでした。その過程で偶然が重なって見出された化合物がホウ素を含むものだったというのが、結果的にこの会社の出発点になりました。

 1つ目の薬になったのは新規抗真菌薬で、2014年に米食品医薬品局(FDA)から認可を取得し、発売された爪白癬という疾患の外用治療薬、Kerydinです。爪白癬というのは、いわゆる水虫菌として知られる白癬菌が、足の爪および爪床(そうしょう:爪の下の皮膚)に入り込んで増殖してしまったものです。Kerydinという製品の有効成分はtavaboroleという化合物で、白癬菌のロイシルt-RNA合成酵素(leucyl tRNA synthetase)という酵素を、ホウ素が関与したこれまでにない新規な作用メカニズムで阻害し、その結果、真菌の蛋白合成を阻害することにより増殖を抑え、抗真菌活性を示します。抗真菌薬としては前例のない、全く新しいメカニズムだったため、それを記した論文が2007年のScience誌に掲載されました(Science 22 Jun 2007:Vol. 316, Issue 5832, pp. 1759-1761)。

 ビジネス面としては、Kerydinの販売は自社では行わず、大手製薬企業のスイスNovartis社の子会社である米PharmaDerm社という会社におまかせし、利益を折半するという形になりました。

 2つ目の薬は非ステロイド性の抗炎症剤で、2016年12月にFDAから認可された、軽度および中程度のアトピー性皮膚炎の外用治療薬、Eucrisaです。Eucrisaの有効成分はcrisaboroleという化合物で、主な作用メカニズムとしてはフォスフォジエステラーゼ4(PDE4)という酵素を阻害することがわかっています。PDE4阻害剤というのは既に2化合物が薬になっていましたが、アトピー性皮膚炎への適用はEucrisaが世界で初めてになります。そして非ステロイドのアトピー性皮膚炎治療薬としては、約15年ぶりの新薬になります。そしてPDE4という酵素の阻害メカニズムにも、ホウ素がユニークな形で関与しています。

 前回書いたように、このEucrisaの開発の成功が、米Pfizer社による買収につながりました。

 上記の2剤はどちらも、これまで医薬品の世界では例がなかったベンズオキサボロール(benzoxaborole)と呼ばれる種類の、ホウ素原子を含む化合物で、A社が世界に先駆けて研究開発したものです。

 なあんて書くと、さも世界最先端の研究をしているみたいで、カッコイイなんて思ってくださる方もいらっしゃるかも知れませんね。結果として最先端なのは確かなのですが、その過程は本当に偶然と幸運の連続でした。つまり、それらの偶然と幸運を引き寄せ、逃さなかったことが、A社の一番の成功理由かも知れません。

 Kerydinの有効成分であるtavaboroleについては以前紹介したことがありますが、同僚のある実験の失敗と、そこからついでにやった程度のちょっとしたことが、結果的にこの薬の誕生につながりました。

 その後、新しく合成されたホウ素含有化合物がある程度たまってきた頃に、以前抗炎症薬の研究経験がある人がいるので、抗菌や抗真菌といった微生物に対する作用以外の作用もないか調べてみようと、それまでに作られたホウ素含有化合物のストックを抗炎症作用のスクリーニングにかけました。その際に興味深い作用を示した化合物が、後にcrisaboroleとなりました。

 大変ラッキーだったわけですが、大手の製薬企業であれば絶対にやらないような開発の仕方をしたのも確かで、それが少なくともA社ではうまくいったというわけです。

 ちなみにcrisaboroleは当初、アトピー性皮膚炎ではなく乾癬という皮膚の病気への適応が検討され、臨床試験も最初は乾癬の患者さんで行われましたが、諸々の理由から、ある段階で適応をアトピー性皮膚炎にスイッチしました。

 この時点で(というか現在もですが)、他の製薬企業で幾つかのPDE4阻害剤(ホウ素は含まないけれども同じ作用機序の化合物)がアトピー性皮膚炎を対象に臨床開発が行われていましたが、成功しているものはありませんでした。つまりA社の決断は、先行品に遅れを取っている上、それらの先行品、つまり競合品が失敗している疾患にあえて挑戦するということで、かなりのハイリスク戦略だったと言えます。しかしまるで神風が吹いたかのように、そこからcrisaboroleは快進撃を開始したのです。

 他の競合品がうまくいっていないのにcrisaboroleがうまくいった本当の理由は、幾つか考えられることはあるのですが、完全には分かっていません。これが医薬品開発のおもしろさであり難しさでもあるわけですが、1つの薬の作用を完全に解き明かすのは、現在でも非常に困難なことなのです。

 アトピー性皮膚炎のもう1つのチャレンジは、患者の多くが子供だということです。新薬はまず大人の患者から使い始めて、ある程度安全性が確認されて初めて子供にも使われるという場合がよくあります。しかしcrisaboroleは、最初から子供にも適用可能にすることを目指しました。上記の通り患者の多くが子供であるということ、その子供たちにこそ、安全性の高い非ステロイドの新薬が待ち望まれていたからです。

 そのため、臨床試験の最終段階であるフェーズIII試験は、2歳以上の全ての年齢の患者さんを対象にして行われました。その結果、実際に2歳以上の全ての年齢に対してFDA認可が得られたのです。

赤間勉(あかま つとむ)
元 Anacor Pharmaceuticals, Research Leader
赤間勉 1964年生まれ。89年協和発酵工業(当時)入社。主に新規抗癌剤の合成研究を行う。2001年米Geron Corporation社(カリフォルニア州メロンパーク)入社。テロメラーゼ関連医薬の合成研究。03年米Anacor Pharmaceuticals社(カリフォルニア州パロアルト)入社。抗炎症薬および感染症治療薬の合成研究に関わる。この間、年を追うごとに趣味の料理に割く時間が増え、将来は飲食店の開業を目指している。ブログもやっているので、そちらも併せてご覧いただきたい。
 このコラムは、米バイオテク企業にスタートアップから参加し、大手製薬企業に買収されるまで同社で研究者として過ごした赤間勉氏による手記です。赤間氏は、協和発酵工業、Geron Corporation社を経て、2003年6月にバイオテク企業の米Anacor Pharmaceuticals社に入社し、2016年6月の米Pfizer社による買収を経て、2016年12月まで研究者として勤務しました。シリコンバレーに拠点を持つバイオテク企業の内側から見た実像を伝えていただきます。

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