ヤフーから独立して起業した井上昌洋社長(左)は「大企業のブランドは使えなくなったが、スタートアップだからこその小回りを生かす」と意気込む。右が創業メンバーの1人、有地正太取締役
ヤフーから独立して起業した井上昌洋社長(左)は「大企業のブランドは使えなくなったが、スタートアップだからこその小回りを生かす」と意気込む。右が創業メンバーの1人、有地正太取締役
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 Zene(ジーン)はゲノム解析をベースに疾病リスクを評価して、そのリスクを低減するための解決策を個別に提供することを目指すスタートアップだ。ヤフーで一般消費者向けの遺伝子解析サービスを立ち上げた井上昌洋氏が、独立して2020年2月に設立した。

 2014年、ヤフーやDeNAといった大手IT企業がこぞって始めたのが、一般消費者向け(Direct-to-Consumer:DTC)の遺伝子検査サービスだ。数千円から2万円を払えば検査キットが自宅に届き、唾液を入れて送り返すだけという手軽さが新鮮だった。体質や病気のなりやすさなどのリスクを判定し、ウェブサイトで結果が閲覧できる。各種メディアで、新しい健康サービスとして大々的に取り上げられた。しかし、各社の事業は3年もたたずに傾き始めた。思うように売り上げを伸ばせない中で撤退する企業が相次ぐ。ヤフーもその1つ。2020年9月末、遺伝子解析サービスをひっそりと終了している。

 渦中にいた井上社長は、日本でDTC遺伝子検査サービスが普及しない原因を嫌というほど痛感してきた。大規模な投資が集まらないため検査費用が高止まり。検査精度が「占いに毛が生えた程度」の事業者も少なくなかった。多民族国家故に自分のルーツが知りたいというニーズがある米国と異なり、日本ではヘルスリテラシーが高い人(またの名を「健康オタク」)のニーズが一巡すると、遺伝子検査の需要が減っていくのは自明だったのかもしれない。だが、井上社長は諦めなかった。ヤフーで苦楽を共にした有地正太取締役と一緒に、Zeneを立ち上げた。掲げたビジョンは「ゲノムをより身近に、ゲノムを当たり前の世界に」だ。

個人ではなく健保組合向けにサービスを再構築

 出直すからには、既存サービスの課題を見直した。まず手を付けたのは精度の向上。従来の遺伝子検査は、一塩基多型(SNP)の頻度と疾患の関連を統計的に調べるゲノムワイド関連解析(GWAS)が主流だった。だが海外では最近、機械学習を活用してゲノム情報の全体から多因子疾患の遺伝的リスクを評価するポリジェニック・リスク・スコア(PRS)が使われ始めている。Zeneは日本で初めて、PRSを採用した遺伝子解析サービス「Zene360」を提供する。同社が次世代のゲノム解析サービスと位置付けるZene360は、「既存のものより精度は3倍に高まった」と井上社長は自負する。

 2つ目の改善点はビジネスモデル。Zene360は、健康保険組合を対象に「医療費の削減につながる健康増進サービス」として打ち出した。遺伝子検査や環境リスクによって判明した疾病リスクを個人に知らせるだけで終わらせず、個別のリスクに応じた介入プログラムまで提供する。例えば、糖尿病のリスクが高い人には食生活を見直すために野菜の配達や運動指導プログラムを提供、脳梗塞のリスクが高い人には脳ドックの定期的な受診を促す。こうした介入プログラムの多くは、健保組合が福利厚生施策として被保険者(従業員やその家族)に既に提供しているものが多いが、リスク評価と連動していることは少ない。「リスクの高い人に最適な解決策を提供する。我々がやろうとしていることは、健康マッチングサービスに近い」と井上社長は語る。

 介入プログラムで疾患のリスクをどれだけ低減できるのか、大学などと共同研究を実施してエビデンスを構築する。例えば、2型糖尿病のリスクが高い人には「低糖質メニューの宅配サービス」を提供する。2カ月間の介入プログラムの追跡調査も行い、効果を検証する。2021年度からは、乳がん・循環器疾患・認知症・大腸がんなどのテーマ別に、共同研究を進める計画だ。介入プログラムの実施状況や行動変容の進捗具合は健保側にも提供し、保健指導にも役立たせる。

 3つ目は価格。規模にもよるが、Zene360は1人当たり6000円程度で提供する。価格を戦略的に下げたのは、ビッグデータの活用を念頭に置いているからだ。ゲノム解析したデータと健康診断の履歴を組み合わせれば、その人の健康状態はかなり正確に把握できる。将来的には、レセプトやがん検診などのデータとも連携できるようにする。個々人の薬剤応答性まで把握できるようになれば、処方薬の選択にも貢献できるかもしれない。

インキュベイトファンドから5000万円調達

 蓄積するデータ量が増えれば増えるほど価値が累積的に高まるのは、インターネットビジネスの定石だ。Zeneではゲノム情報にひも付いた健康関連情報をデータベースとして集積し、匿名化した上で製薬企業などに販売することを想定している。ゲノム解析のサービス提供者から、ゲノムデータ解析のプラットフォーマーに脱皮することを目指しているのだ。

 もちろん容易な道ではない。世界ではGAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple)をはじめとするITの巨人が、ヘルスケア分野でも覇権を握ろうと既に動きだしている。日本でもNTTや東芝などの大企業が自社グループの従業員の健診データを使った疾病予測サービスを提供している。デジタルヘルス分野は伸びしろの大きい市場だが、様々な企業が参入をもくろむ。レッドオーシャンでスタートアップが生き残るには、周囲が驚く成果を、爆速で達成することが必須となるはずだ。

 2021年2月19日、Zeneは独立系のベンチャーキャピタル、インキュベイトファンド(東京・港)を引受先とする第三者割当増資により5000万円を調達した。この資金で大学との共同研究を進める。また、3月8日には健保組合を対象にZene360の募集も開始した。「幾つかの健保組合とは既に導入に向けた話し合いをしており、2021年度中には数件の成約を目指す」と井上社長は意気込む。ヤフーを飛び出したメンバーの挑戦は、始まったばかりだ。

KEYWORD ポリジェニック・リスク・スコア
 糖尿病や高血圧などの疾患や身長や体重などの形質は多数の遺伝的変異が関与することが最新の研究で分かってきた。疾患や形質に関連する数十から数千の遺伝的変異の重み付けの和を、個人別に計算したものをポリジェニック・リスク・スコア(Polygenic Risk Score:PRS)と呼ぶ。PRSは実際の疾患発症リスクと相関することが示されており、集団内でスコアの分布を調べることで疾患リスクが高い個人を特定することができると期待されている。
DATA
株式会社Zene(ジーン)
Zene inc.
住所 ■ 〒100-0004 東京都千代田区大手町1-5-1
   大手町ファーストスクエア イーストタワー4階
ホームページ ■ https://www.zene.co.jp/
問い合わせ先 ■ https://forms.gle/WxmhdmdBkjB5rYwN6
設立年月 ■ 2020年2月
資本金 ■ 5000万円(2021年3月末現在)
ベンチャーキャピタル(VC)からの出資 ■ あり
出資しているVC名 ■ インキュベイトファンド
主な株主 ■ 井上昌洋、有地正太、その他
取締役情報
・井上昌洋 代表取締役/ヤフー入社後、遺伝子解析サービス「HealthData Lab」を立ち上げ、事業責任者を務めた。ヤフー子会社のワークアンドウェルネスの代表取締役などを兼務し、健康保険組合の単一健保化、クリニックの立ち上げにも関わった。2020年に独立して現職
・有地正太 取締役/京都大学大学院医学研究科医科学専攻修了。ヤフー入社後、サービス開発の標準化やプロセス改善に従事。「HealthData Lab」では主に、ビジネス開発や研究開発をリード
・別所直哉 取締役/1999年ヤフー入社。法務部長、法務本部長を経て2018年まで執行役員。2019年10月 京都情報大学院大学教授(現職)、2020年4月 紀尾井町戦略研究所の代表取締役に就任(現職)
共同研究の意向 ■ あり(製薬・食品・化粧品メーカー:ゲノム情報および健診などを使った共同研究。アカデミア:遺伝子が関与している各種疾患の研究。特に疾患と多因子要素についての研究および介入行為、個別化介入、医療費削減効果などの研究。行政:地方に特有な疾患・課題の研究)
事業概要 ■ ゲノム解析サービスおよびゲノムデータ解析プラットフォームの提供
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