(画像提供:バイオジェン・ジャパン)

 米食品医薬品局(FDA)は2021年6月7日(現地時間)、「Aduhelm(アデュヘルム)」(アデュカヌマブ)をアルツハイマー病(AD)の治療薬として迅速承認した。米国におけるADに関する治療薬の承認は2003年10月の「Namenda(ナメンダ)」(日本での製品名は「メマリー」、メマンチン)まで遡る。迅速承認とはいえ、実に18年ぶりの快挙となった。

 これまでのADに関する治療薬は、アセチルコリンの働きを持続させるアセチルコリンエステラーゼ阻害薬とN-メチル-D-アスパラギン酸受容体(N-Methyl-D-Aspartate:NMDA)に対する拮抗薬の2種類に限られていた。前者には「アリセプト」(ドネペジル、エーザイ)、「イクセロンパッチ」/「リバスタッチパッチ」(リバスチグミン、スイスNovartis社/ノバルティスファーマ/小野薬品工業)、「レミニール」(ガランタミン、米Johnson & Johnson社/ヤンセンファーマ/武田薬品工業)、後者には前出のナメンダがある。これら薬剤は有用な薬剤である。ただし、疾病の進行を遅らすことにとどまり、治療には限界があった。

抗アミロイドβ抗体の失敗が続く

 そこで、医療ニーズに対応すべく製薬企業各社は根本治療できる薬剤の創製を目指した。選ばれた標的の1つがADの組織・生理学的特徴である「広範囲な大脳皮質に斑状の蓄積物であるアミロイドβ蛋白質の存在」で、アミロイドβ仮説と呼ばれた。

 このアミロイドβを除去する目的で、いくつも抗アミロイドβ抗体が作製され、臨床試験が実施された。しかし、失敗が続く。まず、2012年8月に、期待していた結果が得られなかったとしてバピネオズマブ(AAB-01、米Pfizer社)の開発中止が公表された。

 ソラネズマブ(LY2062430、米Eli Lilly社)は、アミロイドβ単量体の可溶性中間ドメインを認識する抗アミロイドβ抗体である。2012年8月に認知機能と身体機能に対して有意な改善効果が示されなかったことが発表された。ただし、サブグループ解析において、幾つかの項目で有意な差が認められた。その第3相臨床試験は日本を含む16カ国で実施された無作為化二重盲検プラセボ対照のEXPEDITION 1試験(n=1012)とEXPEDITION 2試験(n=1040)である。対象は55歳から94歳で、MMSEスコアが20から26の軽症または16から19の中等症のAD患者。85%以上にアセチルコリンエステラーゼ阻害薬またはメマンチンが投与されていた。

 ソラネズマブ400mgまたはプラセボの4週間1回の静脈内投与が18カ月間継続された。EXPEDITION 1試験の2次評価項目である軽症患者のADの進行速度をAlzheimer’s Disease Assessment Scale-cognitive subscale(ADAS)-Cog11で評価した結果、ソラネズマブ群の進行速度はプラセボ群に比べ42%の進行抑制が見られた(p=0.008)。また、EXPEDITION 2試験では軽症患者のデータのプール解析がなされた。ADAS-Cog14を用いて評価した軽症AD患者の認知機能低下速度は34%遅くなっていた(p=0.001)。

 この結果を基にEli Lilly社は2013年7月、EXPEDITION 3試験を開始した(n=2100)。2016年3月には主要評価項目を変更。ADの初期段階では認知機能が先に低下し、その低下に伴って身体機能が低下するという疾病の進行に鑑み、認知機能と身体機能の2つだった主要評価項目を、認知機能の指標のADAS-Cog14だけにした。

 Eli Lilly社は2016年12月、アルツハイマー病臨床試験(CTAD)会議でEXPEDITION 3試験の結果を報告。主要評価項目のADAS-Cog14スコアにおいてソラネズマブ群はプラセボ群と比べ認知機能の低下が11%抑制されたが、統計学的な有意差を示すことはできなかった(p=0.095)。この結果を受けて、Eli Lilly社はソラネズマブをADに伴う軽度認知症の適応で承認申請しない方針を明らかにしたのである。

 ガンテネルマブ(スイスRoche社)はアミロイドβのN末端および中間ドメインを認識する抗アミロイドβ抗体である。2014年12月、SCarlet RoAD試験の中止が公表されている。この試験は、欧米アジアの156施設で実施され、ADの前駆状態にある患者が対象であった。事前に計画していた無益性解析を行った結果、有効性を見込めず、独立データモニタリング委員会が試験中止を推奨したため本試験を中止した。ただし、より高用量のガンテネルマブを皮下投与する試験や長期投与の効果を検証する試験など、4本の第3相臨床試験(NCT04339413、NCT03443973、NCT03444870、NCT04374253)が進行中で、これらの試験結果にも注目が集まる。

 クレネズマブ(Roche社)はアミロイドβの中間ドメインに結合して凝集したアミロイドβに高親和性を示す抗アミロイドβ抗体。2019年1月、第3相であるCREAD1試験とCREAD2試験(共にn=750)の中止を発表している。独立データモニタリング委員会が中間解析を行ったところ、105週間における臨床的認知症重症度判定尺度(Clinical Dementia Rating Sum of Boxes:CDR-SB)のベースラインの変化に設定した主要評価項目を達成する可能性は低いと判断したためだ。

 ただし、2013年12月から行われているクレネズマブのPSEN1 E280Aの遺伝子変異を持つ南米コロンビアの家系で、未発症の252人を対象に予防投与の効果を検証する第2相臨床試験(NCT01998841)は継続されている。PSEN1 E280Aの遺伝子変異を持った人は中央値が44歳で早期のADを発症、49歳で完全なADとなるとされる。試験は2022年2月に終了予定だ。

 以上のようにアミロイドβに対する抗体医薬の開発は、連敗が続いてきた。

アデュカヌマブも開発中止、から一転して迅速承認

 ここで、アデュカヌマブの迅速承認までの開発経緯を振り返ってみたい。2019年3月に軽度認知障害期のAD患者を対象に行っていたEMERGE試験とENGAGE試験の中止が発表された。両試験の2018年12月時点のデータを基に、独立データモニタリング委員会が「主要評価項目が達成される可能性が低い」という判断をしたことに基づいた決定であった。アデュカヌマブも開発が中止となり「アミロイドβ仮説は誤りだった」という雰囲気になったことが印象に残っている。

 しかし、ここから過去に例を見ない展開となった。試験終了後に2019年3月までに得られた結果を改めて解析したところ、EMERGE試験では10mg/kgの高用量群がプラセボ群に対してCDR-SBを23%抑制し、主要評価項目を達成していたことが明らかになったのである(p=0.010)。プロトコルの変更によって高用量を投与される患者が増加したことなどを理由としている。

 エーザイと米Biogen社は一転してアデュカヌマブを申請する方針に切り替え、米国では2020年7月に申請した。FDAは翌8月にこの申請を受理。Fast Track(優先審査)に指定した。処方箋薬ユーザーフィー法(PDUFA)による審査期日は2021年3月7日に指定された。また、FDAは11月4日にアデュカヌマブの有効性について「非常に説得力がある」とする報告書を提出したため、承認に一歩近づいたと思われた。しかし、その2日後に開催されたFDAの末梢・中枢神経系薬物諮問委員会(Peripheral and Central Nervous System Drugs Advisory Committee)は、全否定に近い勧告を下したのである。

 諮問委員会の投票は「EMERGE試験を独立して評価した場合、AD治療としての有効性に関する説得力のあるエビデンスを示しているか」に対して賛成1、反対8、保留2。他の投票でも、現在のデータによるアデュカヌマブの承認には否定的な意見が優勢であり、最終的に「EMERGE試験をアデュカヌマブのADに対する有効性に関する主要なエビデンスと見なすことができるか」について、賛成0、反対10、保留1の結果となった。この発表でエーザイとBiogen社の株価は暴落したことは言うまでもない。

 その後、FDAの要請によってBiogen社が追加データを提出した。FDAはこれが主要な修正に当たるとして2021年1月、審査期間を3カ月延長すると公表して審査期日は2021年6月7日に変更になった。

 追加データの提出による審査期間の延長は珍しいことではない。最近の事例では脊髄性筋萎縮症(SMA)に対する「Evrysdi」(リスジプラム)がそれに当たる。FDAからの要請に基づきRoche社が追加データを提出。FDAは2020年4月に審査期間の3カ月の延長を発表して、同年8月に承認している。審査期間の後半で主要な修正が発生した場合は、残りの審査期間が短いことから、審査期間が延長される傾向にあるようだ。

 ただし、アデュカヌマブについては意味合いが多少異なっていたのかもしれない。今回のアデュカヌマブの追加データの提出について「FDAは諮問委員会の開催後に追加データを要求し、審査期間の延長を決めた。FDAからすれば『諮問委員会で検討されたデータ以上のデータを基に承認した』と説明すれば、説得力がある」と全否定に近い投票をした諮問委員会や承認に否定的な団体などへの対応ではないかと、ある業界関係者は持論を述べている。

 確かに、諮問委員会の委員を務める米Johns Hopkins Bloomberg School of Public HealthのG. Caleb Alexander教授らは、アデュカヌマブの事後解析に基づく承認審査は、科学的客観性を欠くものであると批判する見解を2021年3月30日のJAMA誌のオンライン版で表明した。また、非営利の消費者保護団体である米Public Citizenは2021年4月1日に「有効性のエビデンスに欠けるアデュカヌマブをFDAが承認すれば、社会への悪影響を免れない」と訴えた。

 また、非営利の医療技術評価(HTA)機関である米臨床経済評価研究所(Institute for Clinical and Economic Review:ICER)も5月5日に「Aducanumab for Alzheimer’s Disease:Effectiveness and Value 」と題するエビデンスレポートの草案(Draft Evidence Report)を公表。その中で副作用のリスクと有効性の不確かさの観点から、健康上の利益をもたらすことを示すエビデンスの強さを暫定的に「不十分」と指摘するなど、批判は続いた。

販売期間は長期間になるのか

 今回、正式承認ではなく、迅速承認である。FDAは迅速承認を知らせるリリースにおいて「代替エンドポイント(サロゲートエンドポイント)としての脳内アミロイドβプラークの減少に基づく迅速承認である」と説明した。

 迅速承認の基になったのは、アミロイドの蓄積が確認された軽度認知障害および軽度認知症の患者を対象とした第3相のEMERGE試験とENGAGE試験、第1b相であるPRIME試験だ。これらの3試験において、アデュカヌマブは用量依存的かつ投与期間依存的にアミロイドβプラークを減少させた(ENGAGE試験では59%の減少[p<0.0001]、EMERGE試験では71%の減少[p<0.0001]、PRIME試験では61%の減少[p<0.0001])。

 さらに迅速承認であることからFDAは「Biogen社に新たな臨床試験の実施を要求、その試験で臨床的有用性を示すことができない場合には承認を取り消すこともある」と述べている。ただし、FDAが要求した第4相臨床試験のスケジュールを見ると、プロトコル草案の提出が2021年10月、最終プロトコルの提出が2022年8月、試験の完了が2029年8月、最終報告書の提出が2030年2月となっている。

 プロトコルに関する期間は妥当であると考えるが、試験の期間が約6年であり、長い期間が用意されている。つまり、最終報告書もって臨床的有用性を判断することになれば、10年近くも販売が担保されることになる。これでは、承認を取り消すことができる迅速承認にした意味がない。したがって、中間解析をもって判断することも考えられる。今後、発表されるであろう試験プロトコルに注視したい。

 また、実施中のEMBARK試験(NCT04241068)にも注目している。EMBARK試験は過去、アデュカヌマブの試験に参加した症例を対象とするオープンラベルでの再投与試験で、CDR-SBスコア、ADAS-Cog 13スコア、ADCS-ADL-MCI、MMSEスコアなどを測定して臨床的有用性が検証されるためだ(n=2400)。正式承認の獲得のための、第4相臨床試験の結果を占う意味では重要な試験といえよう。試験終了は2023年10月の計画だ。

迅速承認されたからこそ得られる情報

 エーザイにとって今回、迅速承認を獲得したことは業績にはもちろんのこと、同社の将来に対しても大きなプラスとなると考えている。エーザイのベストシナリオはアデュカヌマブに続き、抗アミロイドβプロトフィブリル抗体のレカネマブ、タウ断片の微小管結合領域を認識する抗体のE2814、シナプスの再生作用を持つE2511が続くことである。しかし、全勝は至難の業だ。

 逆にワーストシナリオは、第4相臨床試験に失敗して、アデュカヌマブの迅速承認が取り消されることだ。前述した様に第4相臨床試験の結果を判断する時期は現時点では未定である。しかし、重篤な副作用が発現して問題にならない限り、かなりの期間、アデュカヌマブを販売することができるであろう。それだけに副作用として報告されているアミロイド関連画像異常(ARIA)による目まいなどの発生に対して万全な安全対策を講じていかなければならない。

 注目しているのは、販売することから得られるADに関する情報である。エーザイは、Eisai Universal Platform(EUP)を幹とし、他産業や団体との共生によって課題を解決するシステムを構築中だ。このEUPで、保険・食品・フィットネス・自動車・通信・金融・企業健診などの他産業と協業する。また、エーザイは地方自治体とも連携を図っており、既に160を超える自治体とも協定を締結している。

 エーザイの内藤晴夫代表執行役CEOは2021年3月26日に開催したインフォメーションミーティングにおいて、認知症領域でEUPを活用するビジネスモデルを紹介している。認知症保険の開発や認知機能を維持・改善するための運動プログラム、高齢者ドライバーの認知機能把握システム、150兆円ともいわれる認知症に伴う金融資産の凍結回避策などに活用できる可能性を示した。エーザイは、質の高いデータに基づきエーザイだけにしかできない解決方法を提供することで、EUPを利用した他の産業から一定割合のロイヤルティー収入を得るという。つまり、医薬品ビジネスから得た情報やノウハウを新たなビジネスにつなげるというのだ。

(画像:エーザイのインフォメーションミーティング資料から)

 今回の迅速承認では承認取り消しのリスクはあるものの、医療ニーズの高い領域でファースト・イン・クラスの薬剤を発売することになった。販売を通じて得られる莫大で、おそらく質の高い情報をエーザイおよびBiogen社だけが活用できるわけだ。両社にとって価値のある「迅速承認」といえるだろう。

 アデュカヌマブは、アミロイドβの可溶性オリゴマーに結合する完全ヒト化抗体だ。スイスNeurimmune社がReverse Translational Medicine(RTM)技術を用いて、高齢で健康、かつ認知機能が維持されている人々から発見し、治療用抗体として開発した製品である。2007年にBiogen社に導出し、エーザイが2017年10月にBiogen社との共同開発・共同販促オプション権を行使した。

 そのときにアデュカヌマブに関する契約を変更している。Biogen社は米国において利益の55%、欧州において68.5%を受領。エーザイは日本とアジア(中国、韓国除く)において利益の80%を受領する。その他の地域では利益を折半する。売上高については、日本とアジア(中国、韓国除く)ではエーザイが、米国、欧州を含むその他の地域ではBiogen社が計上する。エーザイにとってアデュカヌマブの収益は、より利益面に寄与することになるようだ。