日本たばこ産業が創製した3つの候補品が開発後期に入ったことで、次第に注目度が上昇してきたようだ。今回はスイスRoche社に導出したダルセトラピブ(コード番号はR1658、JTT-705)を取り上げる。
*記事の一部が欠落していました。お詫びして訂正すると共に、無料記事として再掲載します。

  初めに市場性について解説しよう。ダルセトラピブはコレステロルエステル転送たんぱく質(CETP)の阻害である。脂質異常症治療薬として開発が進む。脂質異常症治療薬としては、「リピトール」「クレストール」などのスタチン系薬剤が現在の標準薬だ。これら薬剤は各社の稼ぎ頭でもある。2010年にリピトールは118億4000万ドルを売り上げた。全製品でトップの座を維持する。クレストールは成長著しく売り上げ60億800万ドルとなった。09年から27%の進捗であった。売り上げベストテンの薬剤の伸び率としては1位だ。

 ただし、リピトールは2011年、クレストールは2016年に米国での特許が失効する。250億ドルを超える巨大市場を担う次世代薬剤として開発されたのが、CETP阻害である。CETPは肝臓および小腸で産生される分子量6万8000から7万4000の高い疎水性の糖たんぱく質。超低比重リポたんぱく質、低比重リポタンパク質の中性脂肪と低比重リポたんぱく質の持つコレステロールを交換する役割を持つ。この系はコレステロール逆転送系と呼ばれる。

 コレステロールと中性脂肪の交換が盛んになると低比重リポタンパク質コレステロールの量が増加する。逆にCETP活性が阻害されて交換が減ると善玉と言われる高比重リポタンパク質コレステロールの値が上がる。この生体機構を創薬に応用したのがCETP阻害薬である。

 CETP阻害薬で一番早く承認を期待されていたのが、米Pfizer社のトルセトラピブだった。しかし、1万5000人を対象に実施したフェーズIIIのILLUSTRATE試験において、死亡者数と心臓血管イベントの発生がトルセトラピブ/アトルバスタチン併用群で有意に高かったことが判明。ILLUSTRATE試験の安全性監視委員会の報告に基づいて、Pfizer社は07年に全臨床試験を中止するに至った。1兆円超の売り上げを誇るアトルバスタチンの後継品を失ったPfizer社は、米Wyeth社を買収するなど事業再構築に走らざるを得なくなったのである。

 トルセトラピブの失敗によって、ダルセトラピブにも血圧上昇の副作用が危惧された。しかし、トルセトラピブに見られた血圧上昇の副作用は、そのフェーズIIにおいても見られていないようである。

 ダルセトラピブについては、2011年8月27日から開催されるEuropean Society of Cardiology学会において、血管機能への効果を検証するdal-Vessel試験、動脈プラーク縮小効果の評価を目的としたdal-Plaque試験の結果が発表される。

 その要旨(European Heart Journal 2011 32 Abstract Supplement 220)によると、dal-Plaque試験では心血管リスクを持つ18歳から75歳の患者に対してダルセトラピブ600mg/日が24週間投与された(n=189)。患者には、予め、脂質異常症治療薬を投与され、低比重リポタンパク質が<100mg/dLに保たれていた。その結果、投与前と比較してダルセトラピブ投与群では、斑状肥厚性病変を-4.01mm2減少させた(p=0.041)。一方、プラセボ群は-2.20 mm2(p=0.120)となった。ちなみに、斑状肥厚性病変は核磁気共鳴画像法によって測定されている。高比重リポタンパク質コレステロールは31%上昇した。炎症マーカーの変動はなかったので。斑状肥厚性病変の縮小は病変が破壊されたことではないと推定できる。

 さらに、CETP阻害薬とダルセトラピブに前向きな結果も報告されている。オーストラリアのThe Heart Research InstituteのPhilip J. Barter博士らは、中止となったトルセトラピブの血糖に対するILLUMINATA試験のデータを再検討した(Circulation. 2011 Aug 2 124(5)555-562)。ILLUMINATA試験では被験者は全員、生活習慣に関する教育とコレステロール降下薬アトルバスタチンの投与とともに、トルセトラピブ60mgの投与あるいはプラセボが投与された。 6661人が2型糖尿病患者、そのうち4000人が試験開始時に心血管疾患歴を有していた。

 その結果、空腹時血糖はトルセトラピブ投与群で低く、ヘモグロビンA1c(HbA1c)も、プラセボ群の7.29%に対し、トルセトラピブ群は7.06%と低い値を示した(p<0.0001)。このことは、CETP阻害薬に血糖降下作用がある可能性を示唆している。

 さらに、Barter氏らは「トルセトラピブの心血管障害リスクの上昇は、CETP阻害作用のためではなく、トルセトラピブ特有のものである」とも結論付けている。

 現在、ダルセトラピブは、米州、欧州、アジアを含む1095カ所の施設、1万5600人の患者を対象にてフェーズIIIを実施している。初期の解析結果は、2012年初めに公表される予定である。競合品には米Merck社のアナセトラピブがある(関連記事)。

 日本たばこ産業は04年10月にダルセトラピブの日本・韓国を除く全世界の開発・商業化権をRoche社に譲渡している。今後はCETP阻害薬によるLDL-C/HDL-C値の低下が、死亡率や心血管イベントの発生率を低下することができるのかが焦点となる。ダルセトラピブは承認を取得すればブロックバスターとなるであろうし、臨床試験の評価目的を全て達成すれば、Roche社に50億ドル以上の売り上げをもたらすと見ている(伊藤勝彦)。