2011年3月21日、22の両日、米国立衛生研究所(NIH)と米食品医薬品局(FDA)が主催するPluripotent Stem Cell in Translation-Early DecisionというシンポジウムがNIHのキャンパスで開催された。シンポジウムに参加したHarvard Medical Schoolの水野氏に、その内容をリポートしていただいた。(編集部)

 本シンポジウムには、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの研究に携わる研究者、企業、NIH、FDAの関係者らが、恐らく100人から150人程度参加し、それぞれの立場の情報を共有した。シンポジウムタイトルに Early Decisionとあるが、意思決定されたことがあるわけではなく、「今後の早急な課題を共有」する場であったと、捉えるべきだろう。

 FDAはES/iPS細胞の臨床応用の可能性に関して、多能性細胞から誘導した細胞の特性をいかに保証するかが重要であることを示唆した。明言したのは、「どんな方法でiPS細胞を作ろうが関係ない。どれだけ安全かということだ!」であった。またNIHは、それらの課題を解決するため、研究助成にどう反映させていくかを見極めようとしていたようだ。NIHの知人は、夏に再編する新しい研究助成プログラムを非公式に紹介してくれた。

 ES/iPS細胞を疾患治療に利用しようとしている企業がそれぞれの開発状況をワークショップで紹介したが、いずれもまだ初期のレベルだった。ES/iPS細胞は医薬品開発への応用も進められているが、極めて限定的で産業化というレベルではないという印象を持った。

 2011年3月初めに開催された日本再生医療学会総会のシンポジウム「グローバルに向かう再生医療の産業化」などでは、ES/iPS細胞は除外して再生医療の産業応用に関する議論が行われたが、今回のシンポジウムはその時に先送りされたテーマについて議論したものといえる。本シンポジウムで報告され、議論された中から、以下の4つについて、本誌読者と共有したい。

1)規制側の視点について
 ES/iPS 細胞は、FDAのOCTGT(Office of Cellular&s_comma; Tissue and Gene Therapies)/CBER(Center for Biologics Evaluation and Research)が取り扱う。既存の規定としては、米国連邦規則のFDA制定部分(21CFR)のpart1271に「Human Cells&s_comma; tissues&s_comma; and cellular and tissue-based products(HCT/P’s)」が定められている。

 シンポジウムでFDAの関係者は、培養条件の不安定さや、ES/iPS細胞が継代を重ねることで生じる弊害を指摘した上で、ES/iPS細胞が、robust(厳正な)、rapid(迅速な)、GMP friendly(GMP製造に向く)、economical(経済性がいい)、focused (対象疾患などの焦点を絞りやすい)などの特性を示す指標の創出に期待を示した。さらに、細胞の機能を見極める計測技術の開発にも期待している。生体に移植した細胞の運命、生着する場所、物理的・生理的な役割が分かっていないというような課題は、その解明が義務付けられているわけではない。しかし、現在の情報では科学的判断ができないため、FDAは科学的情報が増えることに期待を示した。

 ES/iPS細胞の臨床応用は、FDAの分類ではバイオロジクスのカテゴリーに入るが、最近potency test(力価試験)が評価項目として加わった。FDAの関係者が繰り返し強調したのは、FDAが科学的データに基づいてレビューをするということだ。これは、「確定した全ての情報があるわけではないので、科学的に説明するように努めよ」と解釈すればよいのではないだろうか。iPS細胞について、他家の場合は免疫原性についての情報を、自家の場合はあまり継代をしていない細胞の情報を求めるようである。ただし、FDAがなぜ継代数の少ない細胞の情報を求めるのかの理由には言及がなかった。

 またFDAは、ES/iPS細胞の特徴を決める新しい技術の開発を推奨することも強調した。先の日本再生医療学会総会では、既存の安全性試験の規定に無理やり当てはめようとする議論があったが、日本の研究者も新技術開発を念頭に置くべきであろう。ES/iPS細胞の培養では、科学的に明確な理由もなく数多くのプロトコルが存在し、さまざまな培養液が用いられている。またそれらを販売する企業も情報の全てを公表しているわけでもない。こうしたことからも、利用する細胞の標準化を目指す上で解決しなければならない問題は多い。

 どんな細胞でも、FDAは自家細胞と他家細胞を明確に区別するよう求めている。ES細胞は他家、iPS 細胞はその両方が有り得るが、自家と他家の区別をまず念頭に置くべきだろう。その他、細胞と細胞担体の集合体としての評価など、より実際的で細かい質問も出たが、日本の規制当局が口にするのと同様、FDAの担当者も“case by case”と答えていた。これは、「新しい事案には科学的データを用いて示せ」という趣旨なのだろう。

2)ES/iPS 細胞の生物学的な視点
 米Scripps Research InstituteのJeanne Loring教授は、遺伝子の発現プロファイルをバイオインフォマティクスで解析してヒト多能性幹細胞の“多能性”を簡便に評価する手法について報告を行った(Muller F.J. et al.&s_comma; Nature Methods. March 6&s_comma; 2011他)。

 Loring教授らは、ES/iPS 細胞を200クローン以上評価し、膨大な結果の解釈方法を示すことに成功しているが、一方でその理路整然とした知見がFDAを満足させているかというと、そうではないようだ。安全性の評価から言えば、情報量がまだ十分ではないからだろう。

 日本国内でも、文部科学省、科学技術振興機構(JST)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などの主導で同様のプロジェクトが行われているので、多能性幹細胞の特性の評価に関する情報は今後豊富に発信されると期待される。ただ、Molecular analysisの情報は共有できても、免疫不全マウスに移植して奇形腫形成能を調べるteratoma assayを代替したり、モデル動物の使用が不要になったりするにはまだ程遠く、今後の明確な指針を示せる段階ではないと認識した。

 最先端の研究者からは、さまざまなiPS 細胞を作製する方法が示されたが、先述したようにFDA は多能性細胞を作製する技術にはあまり関心を示していなかった。

3)期待される技術開発
 シンポジウムでは、バイオプロセス技術やμフルイディクス技術など、新しい技術が報告されたが、本質的には従来から検討されてきた技術と変わらない。「再生医療」2010年8月号では「“数”と“純度”が勝負」と特集されていたが、課題が数と純度である状況は同じようだ。いずれにせよ、FDAも幹細胞研究者も企業も、幹細胞を安定的に制御できる培養技術の開発に関して、工学的なアプローチに大きく期待しているのは確かだ。

 FDAのMalcom Moos上級審査官は講演の中で、“Stem cell biologists and engineers should work together.”とも発言していた。私見だが、ナノテクノロジーによって(マイクロスケールを含めて)培養技術の小型化はモデリングのレベルではある程度の成果を挙げたが、応用にはスケールアップが必要で、まだまだ基盤技術は未熟であると認識すべきであろう。過去の、人工臓器やハイブリッド型人工臓器開発の挫折の検証と、物理化学のモデルを実証するためにES/iPS細胞を利用するのではなく、ES/iPS細胞を検証するために、物理化学的原理を利用し、補うことが今後重要であると思われる。

4)現在進行中の応用事例
 シンポジウムでは、ES/iPS 細胞の臨床応用を目指す幾つかの企業が報告を行った。米ViaCyte社(Novocell社、CyThera社、 Bresagen社が合併)は、約10年後の商品化を目指し、ES 細胞から誘導した膵島β細胞やランゲルハンス島前駆細胞の研究・開発を行っている。現段階での課題は、ヒトES細胞由来の細胞をヒトに実験的に投与できず、動物に投与してもヒトでの有効性や安全性の評価が困難なため、前臨床試験に供する動物モデルの選択が大きなテーマとなっているようだ。

 細胞バンクから入手したヒトES株を用いている米Geron社は、スケールアップと、培養液や培養基材の組成などの不均一性を課題に挙げた。利用してきた市販の培養基材は何が入っているか分からないので、米Corning社の合成基材への代用を検討し始めたと説明していた。また、スケールアップの問題解決の一例として、マイクロキャリアを用いた大量培養法を検討していると明かしたが、かねて幹細胞研究者から「培養される幹細胞の特性を変化させる影響がある」などと指摘されてきた手法が安易に採用されることは信じ難かった。

総括
 国際標準という視点で、NIST(National Institute of Standard and Technology)およびFDAの担当者と意見交換した。国際ハーモナイゼーションが必要と言われながら、幹細胞製品に関する各国の事情は全く異なっている。米国においては、多能性幹細胞に関してまだまだ方針すら決まっておらず、課題が残されているため、今後も継続的に情報交換をすることにした。

 Harvard Stem Cell Institution において3年前に行われたシンポジウムでは、ES/iPS細胞の医薬開発への応用は5年後が目安で、治療用としての応用は FDA が 規制の安全性のポリシーを変えない限り不可能という意見が大勢を占めていた。FDA のこのポリシーが変わったとは思えないが、本シンポジウムでは問題点の共有化がなされたと思う。

 我々研究者の実験デザインは原則として差を見いだすためのものである。しかし、FDAから求められているのは、普遍的で、均一(差のない)な条件を見いだすことである。差がないことを示すのは大変な労力を必要とするが、我々にとって先送りできない課題だろう。不安定な細胞を扱う適切な培養方法を見いだすことができない状況(ジレンマ)の中で、我々のようなエンジニア/数理理論学者の参加が期待されていると感じた。(水野秀一氏=Harvard Medical School&s_comma; Brigham and Women’s Hospital&s_comma; Assistant Professor)