世界経済は、リーマンショックの不況からなんとか回復しつつあるが、日本は、経済の一層のグローバル化と、アジア諸国を始めとする新興国の猛追を受けて、新たな世界への適応と戦略の練り直しに直面している。昨年は、「国を開く」「第二の開国」という言葉が流布し、市場のみならず、人材のグローバル化の必要性も声高に問われた。

 一方で、国内に目を転じると、「超」少子高齢社会において、国民がいかにQOL(生活の質)を高めつつ、財政破綻に陥ることなく、持続可能な社会保障制度を構築していくかが、まったなしの課題として突きつけられている。

 まさに、内憂外患である。

 バイオインダストリーも、これらの課題の例外ではないが、一方で、政府の掲げる政策の二本柱である「ライフイノベーション」も「グリーンイノベーション」も、バイオテクノロジーとは切っても切り離せない領域であり、ビジネスチャンスは大きい。

 そんな中、国の科学技術予算、とりわけライフサイエンス系予算の伸び悩み、ベンチャー支援策の不足などに、関係者の不満が高まっている。諸外国と比べて、政府の支援策に不十分な点があることは確かである。

 しかし、最近、話題になっている福沢諭吉の「学問のすすめ」を改めて読んでみると、個々人の、他者への依存を排した独立の気風の必要性が繰り返し説かれ、それが、政府と民間との関係においても同様であると喝破し、現代にも十分通用するものであることに驚かされる。要は、政府も民間(学を含む)も、相手が何かをしないからと文句を言うのでなく、まずは自分の責務を果たした上で、相手が自らの責務を果たしていなければ、怖じることなく堂々と主張せよ、ということである。諭吉の時代には、洋風文化は入ってきていたものの、まだ、人々の間には「お上には逆らわず、上手に依存する」という意識が強かったため、その意識から脱却することを強く説いているのである。政府をどうしようと考える前に、民間でできることをしよう、という主張である。

 官民が各々の仕事に精を出し、お互いに協力し合って、バイオテクノロジーという金の卵を孵化させられるような風土を創り出し、今年の干支の「兎」のように「しなやかに跳躍する」年となることを期待したい。