ヒトに続く二番目の脊椎動物としてトラフグ全ゲノムのドラフトシークエンスが報告されたのは2002年のこと.我々はゲノム断片をつなぎ合わせた22本の染色体を再構築し,このほどゲノム地図を完成させた。この地図は全ゲノムアセンブリの86%を含んでおり,Ensemblを通じて昨年公開した(Fugu V5)。ゲノム解読では後発だったミドリフグ,メダカといったモデル生物に追いついた形だが,食用魚としては初の成果であり,これにより遺伝解析による有用遺伝子の同定とマーカーアシスト選抜による有用品種作出への道が大きく開かれた。

 魚類生理学,魚類免疫学を専門としてきた私は,ことあるごとに,「こうした研究は育種につながる」と言い訳をしてきたが,そうした基礎研究の成果を育種に活かせる時代の到来を実感している。実際,フグにおいては性決定,成長,行動様式,耐病性などに関わるゲノム領域についての知見を蓄積させつつあり,さらに育種への応用も視野に入れた研究に取り組んでいる。次世代シークエンサーの登場で,クロマグロなどのゲノム解読も水産総合研究センターで始められており,ゲノム育種が当たり前になる時代が近いことを予感している。

 確かに,ゲノム解読は世界の水産物の3分の1を生産する水産養殖を大きく進展させる可能性を秘めている。その一方,日本では天然資源に対する依存度が高く,水産業=資源学,という学生時代の教えはそのまま変わっていない。ゲノムは種判別,生物多様性評価,あるいは胃内容物調査などに活用されたとしても,そのレベルではミトコンドリアDNAでの従来研究を画期的に進展させるものではなく,水産業の発展に大きな力とはなり得ないだろう。そしてその漁業は,築地市場に働く若者をして「日本の漁業に未来はないよ」,と言わしめるほどに疲弊している。

 例えば大西洋のクロマグロをワシントン条約の枠組みの中で規制しようという動きが大きなニュースになった。過剰な漁獲により日本近海のマグロ資源を減少させてしまい,それを補うべく大西洋まで触手を動かしている日本としてはそうした動きを批判ばかりしてはいられない。諫早湾の開門調査も話題となった。

 一方で減反を進めながら沿岸は埋め立てて農地にしてしまおうという無責任な行政は,長年続く水産業軽視の表れであり,沿岸環境の悪化は海の生産力の低下として表れている。その挙句に水産行政の無策による漁獲量の低減という状況下での魚価低迷である。早い者勝ちで先を争って小型魚を取ってしまう日本の漁業管理では,大きく育ってから漁獲する外国産の魚と競争できない。日本海に面したある魚市場で,「このサバはノルウェー産だから脂がのってて旨いよ」と声をかけられたのには苦笑するしかなかった。

 ゲノム,遺伝育種を学習する場に魚類生態学研究者の姿を見かけるようになった。同じ魚種の中にも地域ごとに系群としてとらえられる遺伝的な隔離が起こっていることが資源管理にも生かされているが,それだけでは飽き足らず,ある系群がある海域を,別の系群が別の海域を生息地として選択する過程で,適応的な選択も働いているのではないか,どのような遺伝子が関わっているだろうか,というような視点からの魚類生態学,資源学を志向する若手研究者が現れて来たのである。実に心強い。ゲノムがこうした研究に寄与し,水産業の発展に本格的に活かされるようになる日が待ち遠しい。

※2011年のキーワード
水産動物ゲノム育種:この文章の趣旨

科学研究予算:科研費は増額されるようだが,基盤的な整備に関わる運営費補助金が絶望的に不足している状況では,基盤整備が全く進まず,増額された研究費が有効に使われるかどうか疑わしい

漁業管理:日経バイテクにふさわしくないかもしれないが,水産に関わるものとして,科学的根拠に基づく漁業管理実現への期待を込めて


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