「受精卵を顕微鏡の下で破壊したくない。しかし、再生医療ができるようにしたい。」という課題設定の下に山中伸弥奈良先端科学技術大学助教授(当時)のCREST研究は2003年に始まったとされる。すでに成長した体細胞に様々なウィルスを導入、体細胞が変化して初期状態、すなわち、「受精した直後に似た細胞の状態」、に戻る可能性を求めた。

 一方、実験を担当した当時学生の一人、高橋和利現京都大学助教は、通常であればひとつひとつのウィルスを注入して各々の効果を観察するところを、効果があるかもしれないと期待した20種類以上のウィルスを同時に注入してみるという離れ業をやってのけた。通常のメカニズム解明型の研究では、ものごとを複雑にし過ぎて理解しにくい状態にすることを避ける。当然、ウィルスの効果も個々の要素に分けて観察しようとしたであろう。彼が20個を同時に混合注入した理由は、「ともかく変化を起こしたい」とする課題があったからに違いない。「課題解決型」の研究であったからこそiPS細胞という大発見を導くアプローチができたともいえるであろう。

 基礎研究には大きく分けて2つのアプローチがある。好奇心に導かれて行う基礎研究は「純粋基礎研究」とも呼ばれる。もう一つが、明確な目的を果たすために基礎研究に立ち戻って研究する「課題解決型基礎研究」である。我が国では1995年以降、「戦略的創造研究推進事業」という課題解決型基礎研究のみを扱うCRESTという研究支援制度ができ、山中さんの提案はここに採択された。面接選考を通じて岸本忠三阪大元学長が「目利き」として強く推薦したとされる。この研究費を獲得したことで山中さんはiPS細胞を研究できる研究環境を作ることができたという。

 岸本忠三教授は現在までに、その後大きなブレークスルーを産み出すこととなる4人もの若手をCREST研究に向けて見つけ出している。「名伯楽」と言われる所以だ。山中さんを推薦した時には、「実績はまだなかったが、物事を深く良く考えており、課題設定が非常に挑戦的であった」としている。

 山中さんのiPS細胞のすぐ後に東京工業大学細野秀雄教授らの鉄系超伝導体発見のニュースが世界を駈け巡ることになった。細野さんたちの発見も「透明なトランジスタを作りたい」という課題から生まれたものであった。

 新年より課題解決型基礎研究の一環として大きなテーマが走る。新政府の方針を受けた「低炭素化社会実現」のための研究である。私はライフサイエンス関連基礎研究には非常に多数の挑戦的研究課題があると想像する。

 私のみる夢はたとえば「蜜蜂が普通の植物をえさとして、しかもおいしい大量のみつを運んで来てくれる」。あるいは、「葉切り蟻が空を飛べるようになり木の葉を巣箱まで運んで来て、巣の中で発酵してアルコールを作ってくれる」といったものである。バイオ燃料は収集コストが高すぎて日本ではなかなか実用にならないからだ。

 あるいは、シリコン太陽電池のエネルギー変換効率が最近20%に達したのに、どうして植物光合成による変換効率は1%程度のままなのか、なぜ数倍になれないのか、といった光合成メカニズムを研究するひとたちが山中さんのようなブレークスルーを起こしてくれる。炭酸ガス分子の拡散速度が光合成速度の上限を決めているのだとすれば、拡散経路を短くする方法はないのか。まさに宇宙戦艦ヤマトが地球防衛隊の任務についたのと同様に、各人の工夫によって異なる形の使命が待っているように思える。