医療崩壊(特に小児科・産科・救急医療領域での)という衝撃的な言葉がメディアを賑わし、医療・健康サービス供給の量のみならずその質が問われるわが国の現状にあって、2010年の医療のテーマとして私は今、出生前(胎児期)治療を挙げたいと考えています。それは、21世紀型の人口減少社会を迎え、現実に一人っ子の国への道を歩み始めたわが国では、妊娠・分娩・出生後のケアに関し、より広い視点からの理解が求められると考えるゆえです。

 現在の周産期・小児科医療は基本的には分娩前後および出生後の医療ですが、児疾患の決して少なからぬ一部は、実際には分娩後に初めて発症するわけではなく、妊娠子宮内ですでに胎児異常として存在していることが、超音波画像装置など出生前(胎児期)診断技術の進歩によりかなり明らかになっています。そしてこのような胎児異常の存在は、ヒトも生物界の一員である以上、全体の数パーセント前後では避けることができず、このことが、一般社会における妊娠・出産に対する不安の一因ともなっています。

 確かに、児が何らかの異常をもっていて、かつまだ生まれてはいないとしても、子宮のなかにいる胎児の姿・表情をリアルタイムの超音波画像でみれば、その児が立派なヒト(あるいは患者さん)だということは何の説明もなしに直感できるかとは思います。しかしその一方、胎児期になされる診断が、もし単に診断のみにおわり治療選択肢が同時に提示されないのであれば、不安ばかりを残すものとして、あるいはその折角の意義も失われてゆくことになります。こうした問題を軽減するためにも胎児期には、その異常診断をもととして(治療も含めた)適切な対応プログラムを確立してゆくことが強く求められます。

 この場合、今までは分娩後に診ていた小児の病態が、子宮内にいた頃からどのようにして形成されてきたのかということを理解できるようになりますので、小児(ないし成人)疾患への今までの理解やそれへの対応のあり方も、より適切なものへと変わってゆくことが期待できます(これには、胎児の異常というものが、一部を除けば、必ずしも遺伝的素因を次世代につなぐものではないという事実も関係します)。

 私が米国で学んできた胎児への治療(外科的なものも含め)とは、もし児の状態が子宮内で進行性に増悪して分娩時には極めて重症化してしまう場合、あるいは(そのご家族や地域社会も含め)児の出生後一生の生活が医療経済面を含め大変困難なものになる場合に限って提示される医療といえます(ただしここでは、その妊娠母体の安全性が不可欠の条件となります)。そして欧米では、この医療の健全な進歩を期して既に30年近く、国際胎児治療学会(international fetal medicine and surgery society、IFMSS)が開催されてきました。

 残念なことにこのような新しい医療の普及は、欧米に比べ日本をも含むアジア地域ではまだ大分遅れています。一方米国(1999年)は、胎児期の医療を2020年までに、その治療をも含め日常的一般医療にまで高めることを既に国家的方針の一つとして挙げており(2020 VISION)、来年はこの方針が発表されて10年余りが経過することになります。そして丁度その年に、上述のIFMSS学会が、アジアでは最初のものとしてわが国で開催されることになっているわけです。私はこれを大変良いチャンスにできると考えています。その理由は2つあります。

 まず第一に医療費増大という問題に苦しみつつ少子化時代に入ったわが国において、胎児期治療がその今後の発展のあり方によっては、従来の出生後医療の質を大きく変えることで国民の健康・福祉に中・長期的向上をもたらしうること、第二に、胎児(あるいは胎盤・臍帯など)に対する先端的手術施行では特に、従来の概念を超える医療機器開発が求められるため、わが国が得意とする革新的技術開発(特に内視鏡・超音波機器やナビゲーションシステム等)の進展ひいては医療機器産業全体の活性化や国際的競争力の向上をもたらしうることにあります。
以上述べたことを要約しますと、私は来年には、IFMSS開催を一つのきっかけとして、わが国における胎児期治療とその周辺のシステム整備を飛躍的に発展させたいと考えています。そしてそのことで、医療界のみならず医療機器産業の発展や社会的な観点からも、胎児期治療の普及がより真摯な論議の対象になって欲しいと願っています。


+BTJJ+