21世紀に入り、新たに承認される医薬品の数は日米欧ともに年々減少している。その最大の原因は、臨床試験の成功確率の低さにある。現在我が国では、臨床試験の段階まで到達した候補化合物のうち、最終的に医薬品として承認される確率はわずか10%以下という、極めて深刻な状況にある。これは、新薬開発のコスト上昇と長期化による創薬力の低下、ひいては製薬産業の衰退を招く。

 この状況を打開するため、昨年、我が国では、マイクロドーズ(MD)臨床試験に関するガイダンスが出されその実施が認められた。MD臨床試験とは、本格的な臨床試験の開始前に、臨床投与量の100分の1以下という極めて微量の候補化合物をヒトに投与し、その体内動態を検証することによって成功確率の高い候補化合物を選択する、という新たな創薬手法である。しかし、マイクロドーズと臨床投与量での薬物動態には、代謝酵素やトランスポーターの飽和による違いが生じる可能性に加え、薬効発現のない微量投与の試験であるため、安全性・有効性に関する情報は得られないという本質的な問題が指摘されている。

 昨年10月にNEDO橋渡しプロジェクト“マイクロドーズ臨床試験を活用した革新的創薬技術の開発:薬物動態・薬効の定量的予測技術を基盤として”が採択された。本プロジェクトでは、研究リーダーである筆者らによって過去30年をかけて構築された薬物動態に関する定量的予測法、すなわち、実験動物およびヒト組織を用いた代謝、輸送、結合実験データを基に数理モデルを用いて、ヒトでの血中および組織中濃度推移を予測する技術、および既に文科省などの大型プロジェクトとして動いているPETを用いた分子イメージング技術を駆使し、以下のことを目指すものである。MD臨床試験の結果から臨床投与量における薬物動態を高精度に予測し、さらに、組織移行性の解析によって有効性・安全性の評価を可能にするための革新的な技術開発を行う。その成果は「MD臨床試験を最大限に活用した成功確率の高い医薬品開発実現のためのパッケージツール」として、本プロジェクトの複数の協力会社と連携しながら実際の新薬開発への応用展開を図ろうとするものである。本研究は、新薬開発の戦略に大きな変革をもたらし、日本、さらには世界の製薬産業の発展に大きく貢献するものと確信する。

 本プロジェクトは筆者の研究生活においても、極めて大きな意味を持つ。35年ほど前の大学院時代に、当時、東大薬学部製剤学教室の助教授をされていた粟津荘司先生(東薬大名誉教授)による、米国の化学工学領域より発信された“生理学的薬物速度論モデル”の大学院講義を受けて大変な感銘を受けた。その講義は、薬物の生体内動態が、酵素と薬物、輸送タンパクと薬物、あるいは結合タンパクと薬物の相互作用という生化学的反応に由来するパラメーターと、血流や細胞・組織の生体内での空間的配置という生理・解剖学的パラメーターに基づき数理モデルにより記述でき、さらにはコンピューターの発展に伴い、試験管内で取得した種々のパラメーターを基に予測できるようになることを示唆する大変に夢のあるものであった。以来、この夢の実現に向かって35年間、研究を続けてきた。

 すでに、実験動物を用いた研究においては、試験管内のデータ(代謝、輸送、結合)から血中や組織中濃度の予測が可能になるという多くの実例を示してきた。また、ヒト血中濃度推移の予測においても幾つかの成功例を示してきた。脳、腫瘍、肝臓などの標的組織中濃度推移についても、ヒトにおいて予測できる基盤はできていたが、ヒト組織中薬物濃度が測定された実例はほとんどなく、これまで確立してきた予測法の妥当性を示すことができなかった。本NEDOプロジェクトでは、PETイメージングの手法により既存医薬品での組織中濃度推移の測定がなされ、筆者の方法論の是非が試されることになる。ワクワクしながら研究に取り組む本年となる。


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