「感染列島」という映画が間もなく公開されるらしい。感染症には国境がない。日本列島は常時、新規感染症の侵入の危機下にある。いかに対処すべきか?受動的ではあるが、絶えず世界の動向に目を光らせ、速やかな侵入前、侵入後対策を行う。その基盤となる感染症の自然科学的、社会科学的理解、ワクチンや治療薬の開発などを絶えず進めねばならない。

 一方、有事の震源地である国の初期対応は、その後の日本を含む世界全体への波及に決定的に重要な影響を及ぼす。当事国が自力で、速やかに原因を解明し、封じ込めることができれば理想的である。しかし、有事の発端になりそうな国々の感染症の研究基盤は人的にも物的にも脆弱である。原因病原体の決定や感染経路の解明にてこずる。どのような病原体がヒトや動物に蔓延しているかの監視体制も弱い。したがって、有事の発端となりそうな国々にのりこんで、日本の持てる科学・技術力を総動員して相手国と共同し、その研究能力を飛躍的に高めるという能動的戦略も意義深い。日本だけでなく当該国の為になることは疑いない。

 このような能動的な取り組みが必須であるもうひとつの理由は、どこかでの未知の感染症の発生という有事の際に、原因解明のためにサンプルを輸入しようとしても、生物資源はそれを生んだ国に属し、絶えざるバイオテロの怖れが存在する環境下で、ほとんど不可能であるからである。「感染症には国境はないが、感染症研究には厳とした国境がある」のである。

 有事への対処能力はいかにして鍛えられるのか?それは、マラリア、結核、コレラ、デング熱、狂犬病といった平時の感染症の研究を、相手国研究者と共同して、積み上げ、有事の際にもサンプルや情報をわだかまりなく共有できる関係を構築することで初めて可能になる。このような信頼関係の構築は「顔の見えない単なる援助」では難しい。日本の研究者が相手国機関に常駐し、相手国研究者と同じ釜のメシを喰いながら、というスタイルがどうしても必要である。

 平時の病気の研究など面白くないのでは?断じて否である。依然として自然科学的に未知なるところが多い。加えて、同じ菌やウイルスを対象にしていても、日本のラボで長年飼い慣らされた株ではなく、海外では、今この瞬間に患者から分離された株を多種類手にでき、インパクトの高い成果が期待できる。海外常駐の最大利点のひとつである。フィリピンへ出張していた2人の日本人が帰国後狂犬病を発症して亡くなるという悲劇もあった。地球温暖化の結果、日本もデング熱常在国の仲間入りをするかもしれない。平時の感染症の研究も充分に知的好奇心を誘い、かつ、相手国のみならず、日本の安全・安心にも大きく寄与できるのである。

 文部科学省は海外研究拠点の建設とそのネットワーク(NW)化を骨子とする新事業(2005~2009年)を立ち上げた(ウェブサイトはこちら)。筆者はNWのまとめ役としての任にある。日本の8大学・2研究機関の努力の結果、わずか4年間で8か国(アジア6、アフリカ2)に12拠点を有するNWが築かれ、110年の歴史をもち、似たミッションを共有する老舗、パスツール研究所国際NWからも注目され、様々な形の連携の提案を受けている。わがNWは日本の国際的プレセンスという観点からも重要である。しかし、わずか5年の第一期 (start-up) を終了しようとしているにすぎない。拠点研究能力をstep-up (maximize)すべき次の5年(第二期)、そして、NWを拡大し、stationary-permanent phase(第三期) へと発展させねばならない。それには官民あげての息の長い支援が切に望まれる。NWの年会も年を重ねるごとに充実してきた。直近の2008年12月札幌開催の年会では、第一回野口英世アフリカ賞受賞者のBrian Greenwood博士が”Gate Malaria Partnership”という特別講演のなかで”Partnership takes time to grow”と述べた。心にしみる一言であった。


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