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エスカオロジー[Esca(食)ology(学)](5):新概念

(11月9日投稿)
安全と安心での新概念
●安全・安心の問題は製造者、消費者両者に共通の課題ですが、製造者は安全の確保されたものイコール安心という主張でモノを市場に出しています。でも消費者は必ずしもそう受け取っておらず、不安を感じているのが実情でしょう。この種の多様性を包括的に扱うのがFood Scienceで、JAFSRA(Japanese Association of Food Science and Risk Analysis)にも織り込まれている良い言葉なのですが、茫漠としています。つまり、科学(science)は「自然界のルールを解き明かす体系的な知識」であり、その中に具体的な学問を提示しているわけではありません。(10月28日投稿文にも記述)

●安心というメンタルな要因を包含するものの考え方が必要である由縁です。最初に真正評価を日本で紹介して以来、このような違和感を持っていましたが、JAFSRAの設立に刺激され、新たな考え方を持つことの意義が見えてきました。そうなのです。これはまぎれもなく食の問題なのです。

●ところで「食(物)」は英語でFood/Nurishment、仏語でrepas/alimentaire、独語でLebensmittel/Essenです。これらの語源となるラテン語を知るべく、羅和辞典 Lexicon Latin-Japonicumを引きいていたらEsca(食、食料、食材)に行き当たりました。「学」の方は良く知られている-ologyがあるので、これを合体させてEscaology、即ちエスカ〔食〕オロジー〔学〕を思いつきました。

●エスカオロジーというこの「新たなものの考え方」の当面の狙いは、「食」の法医学に代表される分析技術(開発)と、「食」の安心の科学的拠りどころ(ものの道理)、の二点、即ち危機管理にあります。

●(1)エスカオロジーと「食」の法医学
偽装表示を見破る地理的真正評価並びに遺伝子的申請評価は、 予めデータベースが必要で、日常検査として安く簡単には実施できないと言う欠点があります。しかし、有無を言わさず、世界中の誰もが納得する偽装看破技術は日本の国には必須ではないでしょうか。つまり、真正評価は食の分野の法医学と表現できるものであり、エスカオロジーの基盤技術です。
ということで、食の危機管理を支える分析技術、食に関する不正を暴く、偽装に対する抑止力となる技術は何か、といったことに関わる分野を総称的に含める学問体系としてエスカオロジーを位置づけても良いのではないでしょうか。常によりレベルの高い技術開発をという思考が重要です。
ある意味では、たとえはよくありませんが、「兵器」と類似する点が多々あります。高くついても国民の健康を守るための手段は食料自給率の向上もあわせて恒常的に考えておかなければならないことであり、そのためにもエスカオロジーを定着させたいと思います。

●(2)「食」の安心の拠り所
安心は食文化であり、習慣であり、メンタルなものですが、実験科学を志す者の視点からは、できるだけ科学的な根拠で、平たく言えばものの道理(ことわり)の上に立って判断をしたいし、何かあったときに、この(科学的)視点を取り入れることでパニックに陥らないで「安心」できるモノの考え方を持っておくことは無意味ではないと思います。
つまるところ、ヒト(自分)が自然/天然とどのように対峙するかという姿勢の問題です。

●1)生物の進化:ヒトはありとあらゆる生物を食材料としてきましたし、今でもそうで、これが食経験です。しかし、よく考えてみると、ヒトが食べてきた生物がヒトに食べられるように進化した形跡は全くありません。従って、有機農法であろうが、なかろうが、「食物は基本的にヒトにとって身体に良いモノばかりではなく、ひょっとすると毒もあるかもしれない」と言う考え方をしておく方が安心で、物事に対処できます。そう言われると思い当たることがあります。以下2)~7)はその例です。

●2)生野菜:食文化歴史の長い、例えば中国も、フランスも、また日本でも、生野菜を食べる習慣は皆無でした。理由は植物の葉っぱは植物のトイレだからです。植物は動物のように動き回って排泄できないので、葉の細胞内の液胞に老廃物を蓄積します。ということで、「(ホウレン草の)おひたし」的食べ方が生活の知恵として食文化として根付きました。サラダは米国の家庭並びに食事事情から考案された新しい食事スタイルで、それ用に育種されているサラダレタスは、ワイルドレタスとは別ものです。 余談ですが、ピーターラビットの「レタスを食べて眠くなる」話は、ワイルドレタス( Lactuca virosa )であり、サラダ用の玉レタス( Lactuca sativa )とは別物です。関西TV「あるある発掘大辞典」での捏造事件で、あらぬ疑いをかけられた長村理事長の想いを理解してください。

●3)天然:「天然モノだから、化学物質よりも安全」をうたい文句にしている食品並びに健康食品に騙されている方々は数え切れません。天然モノはヒトの健康に良いように進化させてあるのでしょうか。であれば究極の遺伝子操作作物(GMO)です。
安全性の分からない、かつ毒になるかもしれない(?参照)天然モノと、安全性が現在の科学で分かっている非天然モノとどちらの安全を信じて安心と思うか良く考えなければいけないと思います。

●4)発癌物質:有名な癌学者である杉村隆先生は「どんな食べ物も発癌物質(プロモーター)を含んでいます。問題は同種の発癌物質を繰り返し摂取しないで、できるだけ(色んなものを食べて)危険分散することが肝要です。
その意味で日本料理は癌予防の観点からは理想的な食事スタイルです。種々の食材を少しずつ調理して食べると言う大変手間のかかることではありますが」と言っておられます。この大先輩のお言葉はエスカオロジーとしても含蓄のある言葉です。

●5)清潔の意味:日本人ほどきれい好きの国民はないかもしれません。ウオッシュレットや抗菌素材などなど、海外からのお客さんは口をそろえて感心しています。でも、潔癖度が過ぎると、「環境や自然と折り合いをつけながら生存してきた人類の歴史」を忘れて、ばい菌ゼロの清浄室がベストと思いかねません。
ところで、石鹸で顔や身体を洗ってきれいになると言うことはどういうことが起こっているか考えてみましょう。肌の穴に自分の垢(あか)が入った状態(汚い)から、石鹸で洗い流してきれいになったという現象は「垢の代わりに、肌に石鹸分子(化学物質)が突き刺さった状態へと替わっただけのこと」と言えます。要するに、垢と石鹸が入れ替わったからきれいになったのであって、(何もなくなって)「ゼロ」になってきれいになったのではありません。
つまり、垢か石鹸分子か、どちらかを選ばなければならないのですが、「垢は貯めすぎると、臭いとか何とかで周りの人に迷惑をかけるので、リスクは覚悟で石鹸分子の方を選ぶ」と言うのが現実、つまりエスカオロジー的説明です。
ということで、化粧品企業は(お)肌にやさしい石鹸や洗剤を求めて研究開発を続けています。ことほど左様に、リスクも同じことでゼロリスクはありえないし、これを求めること自体ナンセンスなのです。
回虫博士で有名な藤田紘一郎先生は同質のことを共生する微生物の観点で説いておられ「清潔はビョウーキだ」という本を出しておられます。

●6)小競り合い:ゼロリスクを求めることの無意味さを説明するもう一つの事柄に「自然とどのように付き合うか」という生き方のスタンスがあります。長村理事長の名言「小競り合いをしていかないと、自然からおおきなしっぺ返しを受ける」の通りで、感染症はまさしくその部類に入ります。
自然と小競り合い状態で折り合えるようにするにはどうすれば良いかを考える知恵もエスカオロジーの仲間に入れたいと思います。

●7)ストレス:「人間、一つや二つ身体に悪いこと(分かっていて)やらないと、ストレス死する」とはわが恩師(故堀尾武一大阪大学名誉教授)の言です。「余り、あれは身体に害があるらしい、あれは何々だから食べない方が良い、などと言っていると、窮屈で何も食べられなくなり、交差点で息もできなくて、息切れして、毎日楽しくないですよ」という忠告と理解しています。
そうなのです。「ストレスゼロは大きなストレス」と言う表現は当たっているかもしれません。皆さんはどう思われますか。エスカオロジーでは、息苦しくならないようにという配慮も大事にしたいと思います。

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エスカオロジー[Esca(食)ology(学)](4):抑止力

(11月7日投稿)

食(健康食品)に関するユニークな抑止力のある検査技術
◆通常の食品や食材などについて検疫関係で実施されている検査項目やその体制に関することについてはここでは触れません。また、保健機能食品(特定保健用食品、栄養機能食品)の安全性については関連法規も含めてこれまでに考察されています。

◆ここでは、「生物種(氏)と原産地表示(育ち)を含めた偽装表示に対してどの程度の抑止力技術を(日本が)持っているのか」に焦点を合わせたいと思います。

◆氏と育ちのうち、氏はDNA鑑定というバイオ技術(PCR法など)で真正を評価できます。この技術の日本の状況は「北朝鮮の拉致事件での問題(ニセの骨)」でも良く分かるように、大丈夫です。実際に、食の分野では「食総研、DNAで日本酒の原料米品種を判別、『山田錦100%』市販酒に疑義」というニュースからもレベルの高さは明らかです。本気で実施するかどうかの問題です。

◆気になるのは育ちの方です。つまり同じコシヒカリでも魚沼産かそうでないかの問題です。このためのコア技術は安定同位体比分析として1981年に完成されています。中でも炭素、酸素、窒素、硫黄などの安定同位体を質量分析して比を求めるIRMS(Isotope Ratio Mass Analysis)が汎用されています。

◆水素と炭素の安定同位体比(D/Hと13C/12C)に着目すると、この比は太陽活動を含めた気象条件を含む地球(生物/物理)科学的に変化するので、地域ごとで特徴的な値を持つことが知られています。特に、水素とその同位体である重水素(D)のNMR解析が確立され、その結果、例えばエタノール分子のどの位置にDが結合しているかまで解析できるようになりました。

◆これはSNIF-NMR(Site-specific Natural Isotope Fractionation;部位特異的天然同位体分配)と呼ばれおり、これと13C/12Cを用いる安定同位体比分析技術は、1987年に公式ワイン検定法として、また1996年には果実ジュースの公式検査法として採用されました。

◆現在、この技術は「地理的真正評価(Geographical Authenticity)」として、あらゆる分野での生物素材の原産地、植物由来、養殖・天然、合成品・天然品、水増しなどなどでの偽装表示を見破るユニークな技術として高く評価されています。

◆通常、原産地表示は経済的な理由から、一義的に文書などのトレーサビリティーに頼っています。でも、何か(賄賂はその典型例)あったときに、科学的分析手段を持たずに、相手を信用できるでしょうか。地理的真正評価はこの種の脅威、即ち原産地偽装表示などの「不正」に対する抑止力技術として、特にわが国においては必須であると確信しています。

◆ねぎやブロッコリーなど新鮮野菜の原産地表示に使われている微量元素分析の技術レベルは問題ありません。しかし、SNIF-NMRは十分ではありません。技術レベルというよりも高額な機器設備とデータベース構築の問題です。

◆特に、後者はJAFSRA(NPO日本食品安全協会)のようなNPOが主体となって日本の消費者のニーズに応えて構築するのが賢明ではないかと思います。

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エスカオロジー[Esca(食)ology(学)](3):食の脅威
(11月4日投稿)
★平成19年6月中旬頃からまたもや「スキャンダルも含めた食についての話題」がメディアを賑わしています。段々と実情が分かるにつれて、日本の食並びに健康食品は脅威に曝されていると思わざるを得ません。主な理由は次の二つです。

★(1)性善説的気質---親日家のフランスの友人曰く「日本人は食事を前にして『どのように体に良いか』を考えます。でも、フランス人はまず『毒が入っているのではないか』を考えます」。フランス人の発想は毒殺に汎用された砒素混入のチェックに銀食器が発達した史実と合致し、少し極端ですが納得のいく話です。大ざっぱには、食(健康食品)に関して、日本人は性善説的(お人よし)であり、対極的にフランス人は「性悪説的」(疑り深い)と表現できます。ひょっとすると“性善説”は日本人だけかもしれません。

★(2)低い食料自給率---日本の食料の自給自足率はカロリーベースの平均値で何と40%(平成17年度)(18年度では39%)という低さです(フランスは130%)。内訳では、穀類(ヒトと家畜の主食)で30%、肉類では10%です。ちなみに、人口一億人以上の11カ国の中で穀類の自給率が80%を切っている国は日本だけです。日本の食(健康食品)の海外依存度を政策的に下げていく努力もさることながら、その一方でこの状態を当分維持せざるを得ないという実状があり、必然として「分析などして調べたら分かるのだという技術的な抑止力」なしには食の安全は確保できないということを改めて認識し、その上で保有しておくべき技術に対して知恵を出す必要があります。

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(10月28日投稿)
▲その1を投稿して直ぐに健康食品管理士認定協会(FFCCI)並びにNPO日本食品安全協会(JAFSRA)の長村理事長から大変重要なコメントを頂きました。

▲その骨子は「文理学部には、重要な意味を持つ医学と法学を包含していなかったと言う過去の経緯があること、加えて今後の協会の『門戸を広く』と言う趣旨にも不似合いなので、再考されたい」です。

▲一方で、食並びに健康食品関係の分野では、食文化を始め、食育、食のメリット/デメリット、養生などの面における科学的根拠(安全)と共に哲学的(ものの考え方)要素(安心)が重要となってきており、これらを網羅的に包括する表記が望まれる状況でもあります。

▲かといって、これらのことをFood Scienceという用語に押し込めてしまうことはできません。つまり、Food Scienceは日経BPのサイト名として使われ、またJAFsRA(Japanese Association of Food-science and Risk Analysis)にも織り込まれている良い言葉なのですが、茫漠としています。つまり、科学(science)は「自然界のルールを解き明かす体系的な知識」であって、その中に具体的なものの考え方や学問を提示しているわけではありません。

▲と言うことで、ときとして偏狭な意味となる日本語表記で腐心するよりも、「エスカオロジー(Esca[食]ology[学])」と言う国際的にも通用する呼称で、多面的な使い方をすることにしたいと思います。 (松尾)
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(以下は10月27日投稿文)

●2007-10-17付けのFoodScienceで報道された「多幸之介が斬る食の問題:健康食品の安全性確保に関する新しい提案」を読まれたでしょうか。未だの方は是非読んでください。その最後の段にEscaologyが引用されています。以下の記事はこれに関連したメッセージで、新たな造語の紹介から始めます。

●最初に強調したいことは、日本人は食に関して「性善説的気質」(お人よし)であり、以下は、「“性善説”は大いなる脅威である」という観点での私見で、それに基づいた新しい概念“食文理学=エスカオロジー(Escaology)”の提言です。

●まず、言葉の説明をします。エスカオロジーとは、「食(esca:ラテン語で食の意)の持ついろいろな事柄を、食文化を尊重しながら科学としてことわり(ものの道理)から明らかにして行く学(問)(ology)」のことです。日本語表記は「食文理学」です。

●文理学の出展は文理学部で、これは元々英語のFaculty of Philosophyに由来しています。日本の多くの博士(M.D.を除く)はこの伝統にのっとったPh.D.で、理学も、薬学も、農学も、工学も、同じ呼称です。

●いずれにしろ、食には安全を支える技術、即ち理学/科学面と、安心と言う文化/心理学面とが益々重要な状況となってきていることから、まずは「健康食品を含む食の安全・安心において、安全を支える技術と安心(文化/心理面)を得るためのものの考え方」という取り上げ方をしました。

●次回以降、食文理学/エスカオロジーという新たなものの考え方についての背景と意味合いについて触れたいと思います。なお、「食」と言う用語に健康食品が含まれているときと、含まれていないときがあります。これは健康食品そのものの境界があいまいな状況に起因しますので、ご了承ください。

●「食文理学(エスカオロジー)?何だろうか?」と好奇心をもって読んで頂ければ嬉しいです。

(10-27-07)NPO日本食品安全協会 副理事長 松尾雄志