食の安全を揺るがす問題の1つ、食品中の残留農薬にかかわる規制が5月29日から一段と強化される。食品衛生法に規定されている残留農薬基準が、ポジティブリスト制度の施行という形で大きく変わるのだ。一言で言えば、これまで“野放図”だった残留農薬基準が、世界のあらゆる農薬を対象に厳しく規定されることになる。

 消費者には安心感をもたらす、歓迎すべき変革だろう。だが一方で、あまりに理不尽だとして、関係事業者は頭を悩ませている。

安全証明書求める流通事業者
 ポジティブリストというのは、従来のネガティブリストに対するもの。ネガティブリストでは、283の農薬や動物用医薬品についての残留基準値が決められていた。これ以外は規制の対象外で、どんなに農薬が残留しても、おとがめは一切なかった。

 ところが、2002年に中国から輸入された冷凍ホウレンソウに基準値を超える農薬のクロルピリホスが残留する事件が発生。中国からの輸入がストップし、中国野菜に対する日本の消費者の不信感が一気に高まった。これをきっかけに食衛法の見直しが加速し、あらゆる農薬の残留に法の網を掛けようと、今回のポジティブリスト制移行となった。新制度では、世界中の農薬をほぼすべてカバーする残留基準値が設定されたのだ。

 この基準値に違反する量の農薬が残留する作物や加工食品が見つかれば、それを販売する流通事業者が罪に問われる。そんなことから、「ポジティブリスト記載の農薬すべて、基準値以下である証明書がなければ取引しません」と、食品メーカーや農産物生産者に対して申し入れる流通事業者が現れ始めた。

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 証明書を用意しようとすれば、食品検査企業に残留農薬試験を依頼するしかない。ちょうど新制度移行に伴い、食品検査企業各社は、「新制度対応残留農薬検査、多成分一斉分析400項目」といった新サービスを次々発表。食品検査業界はちょっとした特需に沸いている。とはいえ、食品メーカーの大半は中小事業規模で製品の単価も安い。例えば一丁80円の豆腐を製造する家内工場では、平均20万円を要する一斉分析検査は、まずできないのは明らかだろう。しかも、残留農薬検査は牛のBSE(牛海綿状脳症)感染を調べる全頭検査と違い、検体を抜き取るサンプリング検査。検査済みの証明書を検査した食品に添えて提出することはありえない。

 高額な検査費用は負担できないし、証明書を提出しなければ取引がなくなる。どっちに転んでも倒産の危機は避けられないというわけだ。そんな窮地で、「検査をしなくてもいいので、証明書だけ安く売ってもらえませんか」という冗談ともいえない真剣なやり取りが密かに交わされているという。

 食衛法を所管する厚生労働省の見解は、「検査をしなさいとは言ってない。あくまで適正に農薬を使い、製造工程をきちんと管理することが大切」という。しかし、その言葉には説得力は感じられない。というのも、適正に対処しても新制度施行後は、基準値違反が相当発生するとの見方が専らだからだ。

極端な安全信仰にはそろそろ見直しを
 新制度への移行で規制の対象農薬数が一気に増えたため、基準値設定が間に合わなかった農薬に一律基準値として0.01ppmという厳しい値が設定されたというのがその理由。これにより、国土の狭い日本の宿命であるドリフト(飛散)という問題が起こってくる。

 例えば、作物Aを栽培するのに農薬Xを散布、隣の生産者は作物Bを栽培し、それに農薬Yを散布するとしよう。従来から農薬Xは作物Aに対して残留基準値が5ppm、農薬Yも作物Bに同じく5ppmと設定されていれば、新制度でもそのまま適応。

 では、隣の作物Bに散布している農薬Yが、飛散して作物Aにかかるとどうなるか。農薬Yは作物Aへの適応がないので、今回一律基準値の0.01ppmが当てはめられる。作物Aに農薬Yをまいたつもりはなくても、隣から飛散して降りかかり、わずか0.02ppmでも検出すれば、生産者は食衛法違反で全数廃棄させられる。事業規模が小さいと、廃業に追い込まれるかもしれない。とても健康を損なう残留値だとは思えないが、現実はこうだ。

 こういう理不尽なことは、消費者への不利益にもつながる。過剰な安全対策を続ければ、国内食品産業が崩壊、海外からの輸入食品が増大し、それに意味のない検査コストを投じ、食品価格に上乗せされるといった具合だ。もともと消費者の極端な安全信仰に迎合する形で、“証明書ビジネス”が盛り上がったのだと思う。そろそろ、ゼロリスクはないと冷静に理解し、日本の食関連産業の健全な発展の中で、食の安全確保が進展することを期待しようではないか。(中野栄子)

注)「医療&バイオ●話題の核心」は、日経ビジネスオンラインとの共同企画による新コラムです。日経バイオテクオンラインの記事を執筆している記者のコラムが、Biotechnology Japanのサイトで不定期に無料で読めます。

*)残留農薬ポジティブリストに関する情報は、食の機能と安全を考える専門情報サイト「FOOOD・SCIENCE」にも好評掲載中(無料)。


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