3月初めに、再生医療の研究開発にかかわる医学関係者を集めた日本再生医療学会総会が開催されたせいか、最近、全国紙の紙面でも再生医療に関するニュースをちょくちょく目にするようになった。細胞を使うなどして、けがや病気で損なった身体の機能を再生させることを狙った再生医療は、「夢の技術」として将来、医療を大きく変えるものと期待されているだけに、注目度は高いのだろう。
 報じられたニュースの見出しを拾うと、「ES(胚性幹)細胞から肝臓の細胞を作成」「歯の幹細胞を骨や肝臓の細胞に分化」「脂肪から心臓組織を再生」といった具合。ES細胞はどんな細胞にもなれる“万能細胞”として知られるが、受精した胚を元に作製されるために、その利用には倫理的な問題が付きまとう。これに対して最近は、成人の体の中からES細胞ほどではないものの、さまざまな細胞に分化する能力を持った細胞が見つかり始めており、これらの細胞は「体性幹細胞」と呼ばれている。
 再生医療とは、生きた細胞や組織を用いて、失った身体の機能を回復しようという治療法のことだ。皮膚や骨、歯の移植から、肝臓や心臓、腎臓、脳に細胞や組織を移植することによる治療まで、さまざま検討されており、その細胞の供給源として、ES細胞や、体性幹細胞に期待がかかる。ちなみに、他人の細胞を自分に移植すると免疫拒絶反応が生じるため、自分の体から取り出した細胞を増殖して増やしたり、体性幹細胞を目的の細胞に分化させたりして、戻す治療法が実用化に近いと見られている。実際、膀胱の再生医療に成功したというニュースが米国から飛び込んできたが、これも患者自身の膀胱から分離した細胞を増殖させて戻したものだ。
 従って、患者の細胞を培養して、皮膚や骨、歯などの組織を作って戻すところから始まって、ES細胞や体性幹細胞などに基づく肝臓細胞や心筋細胞の移植、脳への神経細胞の移植などを実現していこうというのが、再生医療の実用化に向けたシナリオだ。
 だが、基礎研究の成果が華々しく喧伝される一方で、再生医療に事業として取り組もうとしているベンチャー企業や研究者の間には、むしろ閉塞感が漂っている。事業化のために必要不可欠な「臨床試験」を、実施する見通しがなかなか立たないでいるからだ。




 医療用の医薬品を販売するためには、ヒトに投与して安全性と有効性を確かめる「臨床試験」というステップを踏む必要がある。また、生きた細胞をヒトに投与する再生医療の場合は、臨床試験を開始する前に厚生労働省に「確認申請」を行い、厚生労働省の外郭団体である独立行政法人医薬品医療機器総合機構での事前審査をパスしなければならない。

 最終的には、医薬品の場合も、再生医療の場合も、臨床試験のデータなどを厚生労働省に提出して「製造販売承認」を受けなければ事業にできないわけだから、再生医療の場合は通常の医薬品の規制に加えて、「確認申請」という規制が上乗せされている格好だ。そして、この「確認申請」の壁が思いのほか高く、なかなか臨床試験を開始できないでいることに、再生医療ベンチャーなどは閉塞感を募らせているのだ。

審査基準が明確でないことに問題

 確認申請の壁を超えられないのには幾つかの理由があるが、もちろん申請した企業側にも問題はある。特に、再生医療を事業化しようと取り組んでいるのはベンチャー企業が多いため、厚生労働省などへの申請手続きに不慣れで、書類上に不備があったり、必要なデータが記載されていなかったりすることも少なくないと聞く。

 その一方で、そもそも審査する側が審査基準を明確に示していないために申請側がどんな書類を用意すればいいか分からず、申請してから不足した書類を追加して提出するというやり取りを繰り返しているうちに時間ばかりが経過して、いっこうに臨床試験を開始できない状況を招いている面も否定できない。また、審査が一向に進まない理由としては、審査側の人員不足の問題も指摘されている。この結果、例えば03年に確認申請を提出したものの、まだ審査をパスできず、臨床試験を開始できないでいる企業があるほどだ。

 もっとも、革新的な医療技術として期待感の大きい再生医療が、「規制」のせいで実用化に踏み出せないでいる現状はさすがに問題があると思ったのか、確認申請の事前審査を担当する医薬品医療機器総合機構はこのほど、申請資料の記載例を作成して公表したり、確認申請を行おうとしている企業に対して事前相談を行い、少しでも早く「壁」を越えられるよう、サポートする考えを表明した。規制側が、再生医療に対してこれだけ積極的な姿勢を示したこと自体は、極めて革新的なことだし、大いに評価できるものだ。

 しかし、問題はそもそも確認申請の審査の基準が明確でないところにある。技術の難易度や対象とする疾患がまちまちなので、統一した審査基準を設けにくい事情は理解できるが、基準が明確でなければ、判断に恣意が入り込む余地があることは否定できないだろう。

 審査サイドに確認申請の審査の際の考え方を聞くと、「再生医療には未知のリスクがどうしてもあるのだから、それを勘案しても実施するだけのベネフィット(有用性)があるかどうかを検討している」との答えが返ってくる。確かに、細胞を移植する再生医療には、細胞のがん化や、ウイルスなどによる感染症、アレルギー反応などのリスクが潜んでいることは否定できない。どんなにリスク回避に努めても、ヒトに投与した段階で、予期せぬリスクが現れることもあるだろう。「だからリスク・アンド・ベネフィットを勘案して、リスクが大きそうならベネフィットも大きいものに限って認めていく」というのが審査サイドの理論だが、リスクはともかく、ベネフィットは受け手である患者が評価すべきことだ。定量的に評価できない「ベネフィット」を、審査サイドはどうやって判断するつもりだろうか。

規制の革新なくして技術革新なし

 例えば、再生医療の1つに移植用の培養皮膚がある。この技術の用途としては、熱傷で焼けただれた部分に移植するほか、皮膚の白斑などを消したり、入れ墨を消したりといったものが考えられている。しかし、それを審査サイドが、「熱傷は命にかかわることだからベネフィットは大きいが、入れ墨はベネフィットが低い」と判断していいものかどうか。切実に入れ墨を消したいと思っている人にとっては、再生医療には大きなベネフィットがあるといっていいはずだ。審査サイドの判断によって入れ墨の治療では承認されない可能性があるとすれば、培養皮膚事業の市場性が予想できなくなり、企業としても事業化しにくくなってしまう。

 再生医療は規制の壁がことのほか高いため、一部では規制をかいくぐって事業化を目指す動きも出始めている。細胞などの製品を、企業が医薬品などと同じように供給しようとすると「薬事法」の規制を受けるが、医療機関の中で医師の指示の下で細胞の移植などが行われる分には薬事法の対象にならないため、医療機関の中で医療行為として再生医療を実施しようと考えるところが出てきているのだ。

 しかし、薬事法の規制の対象になると「確認申請」の際に安全性や品質管理に関する詳細な資料の提出が求められる一方で、医療行為として実施する場合には安全性などについても何も求められないというのは、規制のあり方としてかなりバランスを欠いた印象を受ける。企業が取り組もうとすると厳しい規制を課す一方で、医療機関が行う分に関与せずというのが、再生医療を取り巻く規制の現状なのだ。

 こうした事態は、厚生労働省が再生医療という革新的な技術をどうやって受け入れるべきかで戸惑っているために生じたのだろう。しかしながら、規制サイドが考えるべきは革新的な技術を適切に普及させることであって、技術の普及を妨げることではないはずだ。規制も革新していかなければ、技術革新の恩恵を享受できない。(橋本宗明)

注)「医療&バイオ●話題の核心」は、日経ビジネスオンラインとの共同企画による新コラムです。日経バイオテクオンラインの記事を執筆している記者のコラムが、Biotechnology Japanのサイトで不定期に無料で読めます。


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