皆さん、お元気ですか?
 San Diegoから無事、帰国、今、家で寛いでいます。厳しい暑さと湿気目をつぶれば、日本の夜の静寂は素晴らしかった。
一流の田舎町San Diegoにこそ学ぶことがある
 日本の梅雨を避け、心地よい風の吹く、San Diegoで過ごした、この11日間は私の人生にとっても忘れない思い出となりそうです。ゲノム→ポスト・ゲノムとあわただしく追い立てられているバイオ研究を根元に立ち返り考える絶好の機会を得ました。
 San Diegoはシリコン・バレーと比べれば、規模とその都会性に大きな違いがありますが、のんびりとしたメキシコ国境の田舎町は、情報技術・ワイアレス技術と融合する次世代のバイオ・ビジネスで世界を牽引する大きなエンジンとなることは間違いありません。富のみを目指した貪欲で薄汚い過剰な競争に淫して、人間性を失いつつあるシリコン・バレーに比べ、ここには善意に基づいた新しく、そして古いビジネスが芽生えていました。ハイテクなのに、人懐こさがあるこの地は超一流の田舎町です。
 極東に存在する日本も、欧米の文明とは異なる存在感のあるジパングを目指さなくてはなりません。 これには産業だけでなく、その地域や住民が持つ美が重要になります。19世紀末にヨーロッパに文化的な衝撃を与えジャパネズリー(日本趣味)を定着させたわが国には欧米や中国とは異なる貢献が可能であると信じています。
 一時もてはやされたITの若き起業家達が、単なる米国のビジネス・モデルに終始し、破綻したことは教訓になります。現在のベンチャー創業ブームでも、日本では単純なシリコン・バレーの真似をすべきではありません。投機的な馬鹿儲けよりも、堅実な急成長を狙うべきです。
 San Diegoの多くのバイオ・ベンチャーは自分達の開発した技術を世に出すことが最優先でした。その結果、利益やキャピタルゲインを結果的に得ることもあるでしょうが、あくまでも優良ベンチャー企業は自分のオリジナリティーで世の中に貢献したいという善意をエンジンに走っています。
 勿論、ベンチャーにもいろいろあり、他人のビジネス・モデルが儲かりそうだからと借りて起業するB級ベンチャーも多数あります。残念ながら日本の大手企業は着手金の安さのためか、この手の二級品に手を出して鴨にされることが多いのが残念です。
手作りのベンチャー創業支援組織CONNECT
 日本らしいベンチャー創業は何か。その意味でもSan Diegoには大いに学ぶべきでしょう。
 たとえば、ボランティア組織のCONNECTです。これはUCSD(カリホルニア大学San Diego)に属していますが、ビジネス界が全面的に支援し、若い起業家を助け、次世代のベンチャーを成長させる組織です。一昨日、朝7時から開催されたSpring Board Meetingに半ば寝ぼけながら参加しました。そこには8人の投資家、不動産業、弁護士、企業化など、今回、ビジネス・プランを発表する若いベンチャー企業に最も良いアドバイスをできる人材をCONNECTが選抜、彼らに出席を呼びかけた人たちです。もちろん手弁当です。
 今回はReonald MD社という創業したばかりの、インターネット医療の会社のプレゼンでしたが、素人の私が聞いても、ビジネス・プランには穴が見えました。発表の後、8人から容赦ない質問の嵐です。それを、UCSDの外科教授である創業者は熱心にメモを取り、学ぶ姿勢を示しています。
 「極めて特異な性格を持つことが多いアントレプレナーを文明化するのがCONNECTの仕事だ。ヒトの話を聞けないCEOは市場の声も聞くことができない」とCONNECTの事務局長Fred G. Cutler氏が指摘するように、Spring Board Meetingは創業半ばのベンチャーを鍛え、ビジネス・プランを練る場所でもあります。今回の企業のCEOも「半年後には練り直したビジネス・プラン」をお見せするとけなげな態度でした。
 こうした完全なボランティアによる創業支援、つまり手作りで、ベンチャーの芽生えを育むことが可能になりました。現在、シリコン・バレーのベンチャー投資家の下には毎週100通ものビジネス・プランが届けられ、ほとんどの場合、一瞥も受けずに、ゴミ箱行きの運命をたどります。CONNECTは、未熟な起業家にバイオ創業に必要な人脈と知り合い、後ろ盾を得ること機会を与えます。実際、こうした会合の結果、「あの男のビジネス・プランなら読んでみるか」というベンチャー投資家が現れることも稀ではありません。
エンジェルの恩返し
 2時間の濃密な会議を終えて、あるエンジェル(創業初期資金を提供する投資家)にに話を聞きました。同氏は日本のリコーとファックスを利用したコミュニケーションシステムの合弁企業を立ち上げることに成功、その後、多くの起業に成功した経験を持ちます。
 身長1m90cm以上、体重も100kg以上と、エンジェルにしては大きすぎるCharles Mshow氏ですが、「一度成功した起業家は、若い企業家を助けるのは当たり前だ。私も数多くの人の支援によって成功した、だから恩返しをしたい。勿論、この会合で有望な新技術の情報を仕入れるというチャンスもあるが」と真摯にお答えいただきました。
 CONNECTの成功には2つの理由があるとCutler氏は指摘しました。「第一に大学には属していますが、運営は企業人に完全に任せ、大学が口を挟まなかったこと。大学人が片手間で技術移転や起業支援をできるほど甘くはありません。そして、第二には、San Diegoがシリコン・バレーに比べ、大きく出遅れたという認識があったことです。冷戦終結後の軍需産業の縮小による地元経済の建て直しには皆が協力しなくてはならなかった。そしてそれが可能であったコミュニティがSan Diegoには存在していた」というのです。勿論、同氏は言いませんでしたが、San Diegoのバイオ企業が誰もが「彼には助けられた」という初代CONNECTの事務局長Bill Otterson氏というカリスマが居たことも決定的な要因の一つだと考えます。同氏はUCSDから1978年にスピンアウトした当地最初のバイオ企業、Hybritech社の創業をも支援した伝説的な人物です。
 勿論、高級住宅街が林立する白人の街は、その気候と風光明媚な地域から、The Salk InstituteやScripps Research Instituteなど最先端のバイオ研究機関が集中していたことも幸いしました。今後は海軍の潜水艦基地を背景とした通信技術などのITとバイオが融合した革新的な医療システムを生む可能性も濃厚です。本当の意味でのポスト・ゲノム産業を胚胎しつつあるのです。
 明日は大阪、木金と札幌と帰国しても席を暖める暇はありませんが、この取材の内容は、今後、逐次皆さんにご報告いたします。どうぞご期待ください。
 本当に買い物もできない忙しさでしたが(但し、動物園は2回いきましたが、この様子や帰りの飛行機であったあることは、本日のHEADLINE/NEWSでご報告します。まだ、ご登録いただいてない方はここからまずパスポートにご登録後、配信を選択してください。
 21世紀はSan DiegoとSeattle、ドイツそしてアジアが、次世代のバイオ産業を成長させる原動力となるような予感を抱いて帰国しました(但し、オーストラリアとイスラエル、ロシアはまだ取材しておらずこれらの地域はの可能性はまだ未検討です)。(宮田 満@四谷)


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