BTJ読者海外レポートの第3回目。欧州出張中の工業技術院生命工業技術研究所の根本直氏のレポートです。同氏は欧州におけるポストゲノムシーケンシング時代の「新しい科学と社会の対話のありかたとは」と言うテーマの集会に参加しています。主催はEMBL/EMBO。

 前回までの記事。
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 カンファレンス最終日の3日目です。

 最初はバイオテクノロジーベースのビジネスに関するセッション副座長のDr.
Charles Kurland (BMC&s_comma; Uppsala&s_comma; Sweden)のプレゼンテーションではじまりました。

 セッションがバイオテクノロジー、バイオ産業、バイオ・ビジネスというサブタイトルが付いているせいか、朝9時からのこのセッションはいつもより2割ほど少ない参加者数に思えました。アカデミアからの参加者が多いですし、日曜の朝ですから無理も無いのかもしれません。

 Kurland教授によれば、スウエーデンではリニューアブル・エネルギーに関して強いプレッシャーがあるのだそうで、政府からかなりの額が風力発電などの代替エネルギー開発に流れているのだそうです。しかしながら、教授は新エネルギー開発にはEUはソビエトと同じ轍を踏む(失敗する)のかと疑問を呈していました。これはバイオ・ビジネスも同じで、なにがなされ、いくらかかってというようにすべてを統制されたバイオ・ビジネス環境では、失敗するかもしれないという、ちょっと悲観的な意見でした。「すべてを統制」と言う意味は、個人情報や人間の尊厳にかかわる情報をビジネスとしてやり取りするには透明性が必要であるという議論に対して付した言葉かと思います。

 ちょっと暗いプレゼンのあとで、バイオベンチャーの雄、Lion Bioscience AGのDr.Friendrich von Bohlenが壇上に上がりました。まだ30代前半であろう髪を短く刈り込んだ痩躯の男はEMBL/EBIの技術移転プログラムで1997年に出来上がったLion社のCEOとしてバイオベンチャー立ち上げの実務的問題点を話しました。純粋科学からビジネス化への過程で、科学者がアイディアを出しますがそれがお金になるかどうかは全くの別問題と認識するべきこと。首尾よくビジネス化できるアイディアがあったとしても、銀行などは全く科学を理解しない人が評価するので資金調達で頓挫することが多いこと。そこで必要になるのが分かりやすく説明する翻訳者であると、前日まで私が強く感じていたことがまさにビジネスの場でも問題になっていると判りました。
 ただ、このCEOのビジネスマンたるところは「どうやって市場を見つけそこで成功するか」という明確な意識とビジョンがあることでした。アメリカとEUの特許数の比較や、彼が言うところのcritical mass phenomenon、つまり米国にはシリコンバレーやジーンタウンという関連企業の集合地域があるがEUでは分散的で相当するものが無いという指摘は孤軍奮闘する小さなバイオベンチャーの悲鳴に近いものを感じました。

 彼の提案は、バイオのデータベースは既に400種を越えハンドリングが難しくなっていると指摘したうえで、あえてデータのハンドリングをうまくすることではなく、効率化と加速化であるといいます。データの収集から解析、知識ベースまでのシームレスな統合が必要と説きました。これは日本では私も設立に関ったバイオ産業情報化コンソーシアム(http://www.jbic.or.jp/)のコンセプトを想起させます。

 プレゼンテーションは総論に終始したので、聴衆の中には情報不足で不満を漏らす者もいましたが、バイオベンチャーの起業はすぐに世界戦争の渦中に巻き込まれてしまうことを意味するのだと感じました。また、CEOがパワーポイントを起動しようとしてWindows98がクラッシュしてジョークでチョークを手渡されるというハプニングもありました。

 付いてAventis CropScience社のDr. Manfred Kernのプレゼンテーションは、アグロ・ビジネスの展望でした。少子化する先進国と人口爆発地域の人々への食糧生産という観点からの展望を話しましたが、話は食糧だけにとどまらず、アグロ・サイエンス。テクノロジーによるサステイナビリティの確保(限りなく粗放できるLeaf seed potato:むかご、でしょうか?、油料作物やトウモロコシに生分解性プラスチックを作らせること)などのビジョンを話しました。

 質疑応答で過激な行動で知られるグリーンピースのメンバーから、世界の飢餓を救えると言うがお金が第一なのではないか?という質問が出ました。答えは、「世界を食わしていこうと言うのではない、ビジネスの話であって、あくまでテクノロジーにより理論上可能であると言っている」との回答でした。つまり「その通り、お金の話である」ということですね。日本の答弁術とはかなり異なります。

 コーヒーブレイクの後はカナダはバンクーバーのTerraGen Discovery Inc.のChief Scientific OfficerのJulian Davies教授です。教授は以前、アメリカ微生物学会会長をしていた方です。もはや長老然とした風貌ですがエネルギッシュなプレゼンテーションで抗生物質ビジネスの話題提供です。近年の抗生物質に関る話題は、薬剤耐性遺伝子の水平・垂直伝播によりMARSAやVREの出現の話と、すでに新奇抗生物質発見については悲観的で探索を諦めている会社もある近年の概況、さらに抵抗性獲得は遅らせることはできても時間の問題である、など、大学の教養の授業の様な内容です。

 しかしながら、教授は家畜飼料に多量に添加される抗生物質が非常にクルードで「醜悪な見かけ」なもので抗生物質とともに、GMOの遺伝子を多量に含んでいるという危険性を指摘しました。近年、全く登録が途絶えていた新奇抗生物質3種(Synercid&s_comma;Linezolid&s_comma; Daptemycin(スペル怪しいですが))が登場したことを指摘し、バクテリアでいえば既に100種がシークエンシングされており、これからはDNA(プラスミド、コスミド、BAC)をターゲットとした新しい抗生物質開発の可能性を楽観的に語りました。また、聴衆からの質問に答え、昆虫由来のペプチド性抗生物質は今後重要性を増すであろうとコメントしました。

 Dr. Alan Colman (Research Director&s_comma; PPL Therapeutics&s_comma; Edinburgh&s_comma;Scotland)が別な学会にフルタイム出席でこちらを欠席したのでプログラムの変更になりました。

 午後の「バイオテクノロジーとその不満」というセッションの顔触れは、英国のThe Sheffield Institute of Biotechnological Law and EthicsのJulian Kinderlerer、
ドイツMax Planck Institute for the history of ScienceのHans-Joerg Rheinberger、 OECDからMark Cantley、2日目もパネリストとして登場していた修辞的表現の多い米国ハーバード大の科学とパブリックポリシーの教授Sheila Jasanoff、政治団体で環境保護団体のグリーンピースから遺伝子工学部門の長のStefan Flothmann、それにNatureのNewsのエディターのDavid Dicksonでした。

 座長から民衆は共鳴するという指摘が出され、「オーガニック・チキン」や「オーガニック・チーズ」の「オーガニック」というラベルが語るものについて議論が交わされました。画像合成して作った「遺伝子改変材料使用、実験モデル」という細部にまで凝りに凝ったラベルのキャンベルのスープの缶が写しだされると聴衆は大喜びでした。各国においても遺伝子改変食品については対応や感情は違いが多いとのことですが、前にも述べたように、薬は毎日摂取するわけではないので良いが、食品となると嫌であるという共通性はあります。話が興じてトスカーナとオーストリアでは単純な誤解で「Gene Free」と表示されているのが遺伝子改変生物不使用(GMO Free)の意味なのであるとは余談です。

 Dr. Eheinbergerは科学的な結果が社会の意思決定にどう影響するのか、遺伝子診断がすぐそこまできている時代であるがと問い掛けました。

 OECDのCantley博士は日本の遺伝子組み換え指針の基となっている1986年のOECDでの審議を前提に、この集会の一つの側面として科学情報を社会が利用する方法を探ることであると指摘しました。1986年のOECDでの審議の全文は
http://www.oecd.org/dsti/sti/s_t/biotech/index.htmのダウンロードのクリックに
あります。

 グリーンピースといえば過激な阻止行動で有名ですが、組織自体はロジックで動いている政治団体である国の政治・政策が罪だと判定されれば戦うのであると言っていました。このFlothmann氏の発言は面白いので引用しておきます。彼は、まず「ここに出向くというリスクを取って壇上に上がったが、利益も取って行きたい」と始めました。はっきりとグリーンピースに取ってセレラ社は敵であると断じ、realityとperceptionが対話には大切だが、communication channelは疑ってかかるべしとのことでした。

 彼は透明性が無いのが最も問題で、農薬製造会社に3ヶ月間毎日電話をし、生データを見せろと言い続けたがついに返答は得られなかったという話をしまし
た。日本も公的研究機関では情報公開法に基づき実験ノートすらも公開される時代であると思うとちょっと緊張しましたが、生データをどこまで理解できるかというのもありそうな気がします。また、この化学物質は安全だ、と言っておいてから、私が間違っていた、という科学者がいないと指摘しました。こちらにも訂正の論文などは散見されますから100%は言い過ぎと感じました。さらに彼は対話は選択の上に成り立つものであるとして、もしセッティングが固定されていたらそれはもう決められた方向に走るしか無いのだと論じました。GM食品も「どうせいずれお前も喰わなきゃいけなくなるんだ」と宣告されることになったらどうでしょう?と疑問を投げ掛けました。

 そのような議論の上に、消費者圧力は重要であると結論しました。聴衆は水を打った様に静かでちょっとした緊迫感がずっと漂っていました。

 NatureのDr. Dicksonはどのニュースが読者にとって面白いかという実務的な疑問から話題提供に入りました。ジャーナリストと科学者の両方の視点から、だれの便宜になるかを考えるそうです。たとえばヒト胚の研究には倫理的な面がありますし、純粋科学的なものから国家施策的なものへと変容していく過程では、まず情報が与えられた上で参加すべきであり、参加するからには責任がある、と論じました。その上で、情報提供、特に発展途上国にも情報格差解消のため同等な情報を提供する手段としてWebを活用を提案しました。http://www.scidev.net/は発展途上国からの分かりやすい科学情報へのアクセスを目的としたプロジェクトとして始動したばかりだそうです。

 自由討論の時間になると、ハイブリッドシード(雑種第一代種苗)は受け入れるがGMは要らない、と言う意見や、科学の責任はプロダクトの責任とは違うはずだという指摘、GMOはコンセプトであって特定の目的を持ってデザインされているのに、なぜGMOが社会的信頼を失ったのかという疑問。GMO問題はもともと非科学的議論なのだと言う意見、non-GMプロダクトはプレミア付き市場を形成するかもしれないという展望、また巨大なマネーフローが市場を窒息させるてしまうだろうというコメントなど実質的に最後の自由討論の時間でもあり、さまざまな意見が取り交わされました。

 論理的な科学者グループはGMOとGM食品に肯定的で、non-GMOとGMOとの差はハンドメイドかツールを使ったかの差でしかないとか、予測不能のリスクについては、自動車は(自動車事故や大気汚染などの)リスクは予測可能であったにもかかわらず普及しているじゃないか、という意見が出されました。科学が応用科学になり、テクノロジーとなり、プロダクトが生じるようになる過程で一体だれが責任を負うのかという大命題を残して時間切れとなりました。

 最後のセッションは科学とその普及についてです。科学史が専門のIvo Schneider教授は17世紀から18世紀に盛んに行われた「科学劇」が現在のバイオテクノロジーについても当てはまるのではないかと言いました。この科学劇はフランスで行われていたもので、当時、無学な(ままにされていた)女性達が観客で、科学実験やその結果分かった原理原則などを劇として観賞するというものでした。このころは科学が楽観的に捉えられていた時代だったのですが、その後、次第にそうでなくなったこと、また誰が書くか、誰が書くべきかという問題に加え、複雑化する術語を書きこなせなくなり下火になってしまったものです。おりしも現代の丁度当日、Physics onStage(http://CERN.web.cern.ch/CERN/Announcements/2000/PhysicsOnStage/)とい
うイベントが行われているそうです(実際は10日金曜で閉幕)。そういえばこのカンファレンスもハイデルベルグ他のEUの都市で行われるGenetics Open Dayというイベントが中日に当たっています(http://www.geod.org)。このような劇場教育の現代版を21世紀のバイオの洗礼の儀式として一般大衆に行なおうと言うような趣旨ととれました。教授のプレゼンテーションをなぜか気持ち良く聞くことが出来ないと感じていたのは、(知的な)科学者が(無学な)衆生に知恵を授けてやる、というような優生学的スタンスを感じている私自身に気がついたからです。単なる私の劣情から出た誤解かもしれませんが、科学研究者も社会の一員です。謙虚に行動しなければなりませんね。遺伝子に優劣はなく、その働く環境に対してフィットするかどうかなのですから。

 最後にキーノートレクチャーでも登場したDjerassi教授がScience-in-theaterと題して当人によって科学的に正しく監修されたビデオドラマの一部を上映しました。そのドラマはすでに英国、ドイツ、スエーデンで放映されたそうです。上映された映像は例の「顕微鏡下での受精」つまり人工受精のドラマでした。俳優と女優はプロダクションからの派遣で科学的には素人に白衣を着せて実際に人工受精を行なわせるという数分の映像が流れました。その前後にDjerassi教授の解説が付くというものです。教授によれば、フィクションであっても正確な科学であれば良いのではないかとの意見でした。教授はウエッブサイト、http://www.djerassi.com/にてビデオクリップの一部のストリーミングとテキスト全文を公開しています。Science as theatreのクリックです。同様にScience-in-fictionのクリックも聴衆にすすめていましたのでコンセプトを知りたい方はブラウズしてみてください。

 最後の閉会の辞の段になりますと、会場からは飛行機の時間のせいかバラバラと退席者が扉に向かいました。なんと壇上のパネリストたちまでが閉会の辞を述べている最中のEMBLのKafatos博士に挨拶をしてカバンを抱えていそいそと退席するというちょっとユニークというか、押せ押せの幕切れとなりました。

 さて、3日間缶詰め状態で出席して感じたことは、EUはそれぞれの越えがたい溝を抱えた国の集合体であると言うこと、ポストゲノム時代の驚異はアジアではなく、間違いなく米国にあるということです。 ヨーロッパ社会では科学への信頼がすでに失墜しており、その回復の努力が必要である上に、遺伝情報やヒト胚などの倫理学的問題も解決しなければならなくなってしまっているわけです。議論が発散して一致を見なかったことは、今回が最初の試みであることと無理に一致させるつもりはもとより無かったように思えます。

 短い間に多くの話題を詰め込みすぎ、討論の時間が少なすぎる、カバーする範囲が広いのに分かりやすい説明がない、科学者ばかりがたくさんしゃべっていてこれじゃモノローグだ、などという批判が多く聞かれました。ただ、バイオの21世紀を迎えるに当たって、社会への「分かりやすい説明」の義務が、教育であれ、情報公開であれ、選択の余地を残すことであれ必要であるという根幹は一致していました。実際、混乱を避けるために「イデオロギー」や「宗教」と言う言葉が注意深く避けられていたと感じました。今回の聴講をあえて一言で申せばヨーロッパのブレイン・ストーミングにつき合った、という気持ちでしょうか。それでも日本も同様に「分かりやすい説明」と「アクセッシブルな情報」がバイオテクノロジー社会に向けて必要と痛切に感じました。

 さて、聴衆の多くが、「思ったより平和的に話し合いが進んだ」と感じていましたので、はてその理由は?と尋ねますと、ある参加者はこう答えました。「ここにクレイグ・ベンターがいなかったからさ。」

 これで私のリポートを終わります。(根本直@Heidelberg)


 海外の重要学会や会議に出席した読者からの投稿を掲載いたします。今後、読者からの報告を強化します。これから海外の学会や会議に参加を予定なすっている方は、miyata@nikkeibp.co.jpまでご連絡下さい。海外ではこんな動きがある、こうした問題意識を3万人以上のバイオ研究者と共有いたしましょう。皆さんのご参加をお待ちしております。
 Biotechnology Japan Webmaster 宮田 満


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