昨年から突如巻き起こった政府のバイオ予算異常膨張は2000年のバイオ業界や大学を潤すことは間違いない。しかし、これを単なるバブルに終わらせるか、それともバイオテクノロジーがわが国の産業基盤技術として定着するか、深刻に問われるのも2000年の特徴となる。国立研究機関の民営化、大学改革、ベンチャーとアウトソーシングなど研究開発の枠組みの変化を急速に行う必要がある。

第一次バイオ敗戦の認識
 これに失敗すると、わが国が80年代の初めから20年間続いた第一次バイオ研究開発競争で敗れた轍を、再びたどることになる。99年11月末のわが国のバイオ市場1兆2000億円も、詳細にその中身を調べると、ほとんどが欧米からの輸入か、特許をライセンスして製造した商品だ。まさに欧米の下受け産業に日本のバイオ産業は堕してしまった。また、ベンチャー企業の創業数でも、わが国は米国の30倍以上の差を付けられ、参入したもののいつのまにかバイオから撤退、知らん振りを決め込んだ大手企業のだらしなさも手伝い、雇用創造数では大差をつけられた(「1999年、国内外バイオ総括」参照)。

 2000年から本格的に始まる第二次バイオ研究開発競争では、製造コストの削減だけや2番手戦略ではなく、知的財産権の確保と雇用の創造がその目標となる。わが国の企業や大学の創造性がまさに問われようとしている。インターネットが国境を破壊し、世界統一市場が誕生しつつある現在では、「本邦初の研究や商品化」にもはや価値はない。取材をして常に思うのだが、日本人に創造性が欠如している訳ではない。しかし、創造的なバイオ研究の萌芽を発掘し、それを迅速に発展させる研究体制と、さらに企業化へと結び付ける仕組に欠陥があるのだ。2000年こそ、今までの惰性や成功体験を捨て、すべてのやり方を変えなくてはならない。

iBiotechnologyの誕生
 バイオ産業に押し寄せる大きな波の背景に、インターネットに代表される情報技術の急速な技術革新を見落としてはならない。2000年の最大の特徴は、バイオと情報技術が融合した新しい技術、いや知識体系ともいえるiBiotechnology(infomation Biotechnology or intelligent Biotechnology)が姿を現すことだろう。

 2000年3月に90%のヒト・ゲノムのドラフト情報が公開され、まず間違いなく2003年までにヒト・ゲノムの完全解読が行われる。今後は遺伝子の個体間の変異(分子疫学)などの集団遺伝学と、遺伝子機能を追求するための総合的な生物学が研究開発の焦点となる。いずれも大量の情報を処理、また多数の種類の情報をデータベース化することを要求される。更には、世界で並行的に解読される遺伝情報や生物情報をネットを通じて収集し、独自のデータベースに編成するデータマイニングの技術もiBiotechnologyの研究には不可欠だ。

 知識を関係付け、遺伝子機能を推測する情報技術にも泣き所がある。推測に過ぎないことだ。今年のバイオ研究の焦点の一つとなる疾患や生命現象のパスウェイも、単に生命現象に関与する遺伝子群を関係付けるだけでは意味を成さない。この個体が病気になるのは、どのパスウェィが主要な原因なのか判断するには、生物実験や疫学的な研究、患者疾患カルテなどが不可欠であろう。情報技術とバイオ研究の融合こそがiBiotechnologyのエンジンとなる。

 勿論、実際の生物個体が疾患になるかどうかは、環境条件などを加味しないと、説明できない。全てのヒト遺伝子がシーケンスされたら、次ぎに始まるのが「EcoGeneticsだ」(英国GlaxoWellcome社副社長Allun Roses氏。ここではDNAチップなど大量遺伝子変異・発現解読技術によって、環境の変化による全遺伝子の作動状況を把握、遺伝子や蛋白群のネットワークのダイナミックな動きを面として解析することが重要になる。こうした膨大なパラメーターを対象とする研究にも勿論、情報技術の手助けが不可欠である。

 DNAシーケンサーABI3700、300台を並べたDNA解析能力で、ヒト・ゲノム計画に衝撃を与えた米国Celera社が、米国Compaq社の投資によって1.8テラ・フロップスという世界第2位の計算処理能力を持つことを忘れてはならない。冷戦の終結によって米国の軍事予算もGDP比6%から、最近は3%まで低下した。膨大な計算機能力を浪費していた原爆のシュミレーションなど兵器開発や軍事情報処理市場は急速に縮小、変わってコンピュータ企業が参入したのが生命情報分野なのだ。今後遺伝情報と診療録情報の統合などによる、テーラーメイド医療サービスなどに、大市場を夢見ている。

大規模バイオ研究の始動
 今年、夏にも特定のSNPsを持つ患者への投薬制限をラベルに盛り込んだ医薬品(喘息薬)が米国で認可される見通しだ。SNPsの実用化の嚆矢となる。2年以内にヒトの染色体上に30万個のSNPsがマップされるが、このSNPs群を個人毎に解析する大規模バイオ研究がこれからの研究開発の主流となる。計算ではフェーズIIの臨床試験で医薬品のリスポンダーを探し出すために、2億回のSNPs解析を行う必要がある。Glaxo Wellcome社はこれを2週間で行う技術開発中だ。大量、迅速、安価なゲノタイピング技術(遺伝型判別技術)が、今年のゲノム研究の主戦場となる。

 バイオ研究の大規模化は2000年のバイオの特徴だ。ヒトでは14万の遺伝子機能の解析、推定20万個の蛋白の挙動や機能の解析、更にこれらの遺伝子や蛋白の個体間の差異までが観察対象になる。大規模バイオ研究では、情報技術に加えて今年2つの技術開発が脚光を浴びるだろう。第一はDNAチップや蛋白チップなどに象徴される、平行大量処理・観察技術技術だ。DNAや蛋白、糖鎖など標的分子を高密度に配置することによって、一挙に多数のパラメータを同時に測定できる。勿論、今後はより高速化と米国Affymetrix社の特許から逃れるため、ビーズとセルソータの組合わせや、液相での高速プロセッサーの開発などが進むだろう。現在のDNAチップの蛍光測定を基本とした検出系から、電流など別の検出システムへの開発意欲も強まるだろう。

 また、一連の実験プロトコールをチップ上に刻み込み、実験自体の高速化と低コスト化を目指すラボ・チップの実用化も今年は話題となるだろう。5月にはわが国でチップ技術の国際シンポの開催も予定されている。半導体微細加工技術で国際的に秀でるわが国ににも勝機は十分ある。

 大規模バイオ研究の鍵のもう一つを握るのが、質量分析器だ。SNPsの検出、プロテオームなどには不可欠の技術だ。今年注目されるのは質量分析器を駆使したDNAのシーケンス技術だ。シーケンスのコストと時間を激減するばかりか、PCRの増幅なしに、シーケンスできる可能性すら秘めている。米国Sequenome社の動きには注目すべきだろう。質量分析の自動化、ハイスループット化も重要な技術開発目標だ。

ナスダック・ジャッパン誕生
 2000年は第5次ベンチャー・ブームが日本列島を覆わんとしている。しかし、第4次までのブームの後は、倒産企業の屍累々だった。しかし、今回のブームには、ブームに終わりそうにない手応えを感じる。実際、99年1年間だけでも10社以上のベンチャー企業が創設された。2000年にはこれが倍増する勢いだ(BTJベンチャー・バレー参照)。Biotechnology Japanは昨年、ベンチャー・バレーを開設、バーチャルでバイオ・ベンチャー企業の支援を開始した。今年も支援を強化する。

 何故、今度は本物に見えるのか、理由は簡単だ。99年11月に誕生、12月に上場を開始した東京証券取引所のベンチャー企業向け株式市場「マザーズ」や、今年6月に開設されるナスダック・ジャパンなど、ベンチャー企業が早期に上場できる市場が誕生したことと、創業を支援するための政府の規制緩和が急速に進んだことだ。更に、日産や金融機関のリストラなどで多くのサラリーマンが、大企業に所属するリスクがかつてないほど増大していることに目覚めたことも大きい。経済停滞の結果、国内の投資先がない資金はしゃぶしゃぶに余っている。いつでも有望な企業があれば、こうした余剰資金がベンチャーへと向かう圧力が充満している。

 問題はバイオ企業化の種を生む、大学が口では産業化やベンチャーとお題目のように唱えているが、大部分の教職員が、実際には無関心であることだ。これはわが国のバイオ研究の中核が国家公務員によって遂行されているという「発展途上国モデル」の弊害が出てしまった。政府は官僚削減の数合わせだけのために、理念なく、大学を独立行政法人化する流れを作った。しかし、中途半端なことより一挙にまだ民間に余力のあるうちに民営化を進めるべきだろう。最大の問題である教職員の事勿れ主義のマインドを変えるには民営化しかありえない。しかも、文部科学省は独立行政法人化した後の監督権限の強化も画策しており、国立大学の病は進むばかりだ。

 現在の政府と比べ、明治政府は賢かった。繊維産業振興には富岡製糸場を、重工業の振興には八幡製鉄所をそれぞれ民営化した。では全世界で競争の始まった知識資本主義では何を民営化すべきなのか?間違いなく、それは国立大学と国の研究機関に他ならない。600兆円以上もの借金をしてしまった非効率な国家の檻から、創造的でやる気のある研究者を救い出さなくてはならない。「ミレニアム計画」などによるバイオ資金の投入で生れたバイオ・バブルは必ず弾ける時が来る。

 今やインターネットによって海外の大学から良質な情報をわが国に居ながら入手できる。大学の図書館に行かなくても、ほとんどのバイオ雑誌はオンライン化され、しかも米国医学図書館の文献検索データベース「PubMed」は無料で検索が可能となった(専門情報サイト、バイオ・ブックスタンド参照)。大学も情報技術革命によって、国際的な競争の渦に巻き込まれていることをもうそろそろ認識すべきだろう。東大ですら、国際的な大学ランキングでは、トップ10には足元にも及ばない事実を放置してはならない。

 この他、2000年春には農水省の組換え農産物表示やこれを嫌った組換え農産物の市場からの排除が始まる。EUが実際の組換え農産物の検定と表示を行うまでにはまだ時間がかかりそうだ。わが国は世界に先駆けて、意味のない組換え表示を行う歴史的愚行を犯そうとしている。最近では厚生省まで安全表示を検討しており、恥の上塗りとなりそうだ。もし実現すれば、「ダイズ(遺伝子組換え、安全確認)」と「ダイズ(非組換え)」という表示が実現する可能性もある。果たして、消費者はこの表示だけで、知る権利を充足し、商品の妥当な選択に結びついたと考えるだろうか?

 この国の政府だけを見ている限り、2000年に曙光は見えない。希望は民間企業、ベンチャー、そして私学に宿っている。いやむしろ、既存の所属機関を超えた意欲と能力に溢れる個人のバーチャル・ネットワークにこそ、大いなる希望があるのかも知れない。

 既に1国のバイオ関係者の2人に1人がアクセスするネットワークを持つ国は世界にわが国にだけ。Biotechnology Japanは2000年もネットワークを通じて、皆さんの夢の実現に貢献したいと考えている。(宮田 満)


2000年記念新春特集


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