こんにちは。日経バイオテク編集長の橋本です。本日、まずはセミナーのご案内から。 12月1日に東京・品川のコクヨホールで、今年最後の日経バイオテクプロフェッショナルセミナーを開催します。

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 毎年、年末近くに開催している日本PGxデータサイエンスコンソーシアム(JPDSC)との共催セミナーとして開催するもので、今回は「製薬企業におけるトランスレーショナルメディシンの課題」をテーマに取り上げました。

 トランスレーショナルメディシン、トランスレーショナルリサーチ、トランスレーショナルサイエンスなど、会社によっても少々名称は違うようですが、製薬各社では創薬などの研究部門と臨床開発部門との連携を図り、基礎研究成果の開発での利用、臨床情報の創薬への応用を行うことで、臨床予測性を高める取り組みに注力しています。臨床試験の際にオミックス研究に基づくバイオマーカーを用いて被験者を層別化するなどの取り組みがそれに当たります。しかし、トランスレーショナルメディシンは果たして医薬品開発の効率化や成功率向上などの観点で成果を挙げていると言えるでしょうか。コンパニオン診断薬が続々と開発されて、通常なら開発中止になる医薬品が発売にこぎ着けたというようなサクセスストーリーは実現するのでしょうか?

 セミナーでは、アステラス製薬、エーザイ、小野薬品工業、第一三共、武田薬品工業の5社と日本医療研究開発機構(AMED)のキーマンによる講演とパネルディスカッションを予定しています。ディスカッションではトランスレーショナルメディシンの課題を浮き彫りにして、その克服のために、個々の企業で行えることは何か、企業同士が連携して取り組むべきことは、あるいは産官学で連携すべきことは何かを議論していければと考えています。製薬企業の研究開発部門に在籍する人はもとより、製薬企業のマネジメント層、バイオベンチャー、産学官連携の関係者にとっても非常に興味深いセミナーになるかと思います。皆様奮ってご参加ください。

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 さて、今週月曜日には2015年のノーベル生理学・医学賞の発表があり、北里大学特別栄誉教授の大村智氏の受賞決定で日本中が大いに沸きました。免疫か癌か、あるいはもっと基礎の話題かなと思っていたら、天然物に基づく寄生虫感染症治療薬の話題だったので、少し意外感がありました。グローバルレベルでは寄生虫感染症がまだ大きな課題であることを再認識させられると同時に、グローバルヘルスのことをもっと考えていかなければならないと、反省させられた次第です。

 天然物創薬というと、頭に浮かぶのが夏目漱石の夢十夜の運慶の話です。運慶が護国寺の山門で仁王を彫っているのを主人公が見に行って、「あれだけ無造作に彫ってよく眉や鼻の形ができるものだ」と感心していると、「あれは作っているのではなくて、木の中に埋まっているものを掘り出しているだけだ」と教えられるという話です。

 大村教授は今回の受賞につながったエバーメクチンだけでなく、プロテインキナーゼC阻害剤のスタウロスポリン、プロテアソーム阻害剤のラクタシスチン、脂肪酸活性化酵素阻害剤のトリアクシンなど、数多くの有用な天然物を微生物の中から見つけだしてきました。大村教授の研究グループが見つけだした新規天然有機化合物は500以上に上るといいます。文字通り土を掘ってそこに住む微生物を採取し、その微生物が分泌する物質の中から数多くの有用な化合物を見つけだしてきた大村教授は、“現代の運慶”と言ったところでしょうか。

 天然物に基づく創薬は、これまで人類に数多くの恩恵をもたらしてきました。ほとんどの抗菌薬が天然物だし、アステラス製薬の免疫抑制薬タクロリムスは放線菌から、第一三共の脂質異常症治療薬プラバスタチンの基になったロバスタチンはカビから分離されたことがよく知られています。天然物創薬は日本のお家芸だとも言われてきました。

 ただ、残念ながら昨今、製薬企業において天然物創薬は縮小傾向にあります。コンビナトリアルケミストリーなどで合成した膨大な化合物の中からハイスループットスクリーニングで候補を探索する時代になって、天然物創薬は非効率だとみなされるようになったのです。2013年には、天然物創薬を強みとしてきたアステラス製薬でさえも、発酵創薬研究から撤退しています。

 しかし、生物が化学物質を作り出すのは何らかの理由があるわけで、その中には医薬品になるだけのユニークな生物活性を持った化合物が間違いなく含まれているはずです。ところが、1つひとつの化合物をじっくりと調べていくのではなく、膨大な化合物の中から当たりを付けていくという効率を重視した研究手法に傾倒してしまったために、天然物が持つ潜在能力に研究者が気付けなくなってしまっているだけではないでしょうか。

 漱石の夢十夜の主人公は、自分でも薪を片っ端から彫ってみて、「明治の木には仁王は埋まっていないものだ」と悟ったと書かれていますが、そんな明治時代に運慶をよみがえらせて仁王を彫り出す姿を描いた漱石が言いたかったのは、実は「西洋かぶれの明治の人間には、埋まっている仁王を見つける能力がなくなった」ということのような気もします。もしかすると、カロリンスカ研究所が天然物創薬をノーベル賞に選んだのも、効率性ばかりを重視する製薬企業に警鐘を鳴らすため?というわけでは決してないと思いますが。

                     日経バイオテク編集長 橋本宗明