こんにちは。日経バイオテク編集長の橋本宗明です。相変わらず暑い日が続いています。日経バイオテクONLINEでは来週11日(火曜日)から16日まで、緊急ニュースを除いてニュースの配信を原則お休みします(夏休みの特別企画も少し用意しています)。

 さて、気になるニュースがありました。日本IBMは7月30日、東京大学医科学研究所と共同で、同社のコグニティブ・コンピューティング・システム(Cognitive Computing System)であるIBM Watsonを応用したWatson Genomic Analyticsを使った癌の共同研究を開始すると発表したというものです。Watsonとは、「人工知能」だという解説も見かけますが、自然言語を理解し、質問に対して膨大な情報の中から仮説を導き出して評価し、利用を重ねるごとに学習して知識を蓄積するという機能を持ったシステムのことです。2011年に米国のクイズ番組に登場し、クイズ王と対戦して勝利を収めて大きく注目されましたが、その後もフランス料理のシェフとコラボして新しいレシピを考案したり、ソフトバンクテレコムと日本語を理解するバージョンの開発に乗り出したりして、何かと話題を振りまいてきました。

 今回の東大医科研との共同研究では、このシステムを用いて研究論文や臨床試験などの膨大な情報を参照・分析しながら、ゲノム変異情報に基づいた個別化医療の実現を目指すということのようです。Watson Genomic Analyticsを用いた癌医療に関しては、この5月に米IBM社が、米国の14カ所の癌センターと共同研究を開始する旨を発表しています。癌患者におけるゲノム変異はまさに多様で、同じ患者から採取した細胞でも、細胞によって様々なゲノム変異が見られます。同一個体内では体細胞のゲノム情報はほぼ同じという理屈は、癌においては通用しません。60億の塩基からなるゲノム情報は医療ビッグデータの代表のように言われることがありますが、通常、ゲノムは一度測定すれば変化しないので、時々刻々と変化する検査値などに比べてさほど情報量が多いとは思いません。しかし、癌となると話は別なのです。

 その点、様々なゲノム変異を考慮しながら、適した治療法を提案するというのは、膨大な量の計算をやってのけるコンピューターがまさに得意とするところでしょう。このシステムを次世代シーケンサー(NGS)と組み合わせ、個々の患者の癌細胞が有するゲノム変異を網羅的に把握した上で、複数の医薬品を組み合わせた最適な治療を割り出せれば、ある意味で究極の個別化医療と言えるかもしれません。そうなると、このところ癌免疫療法に押され気味の分子標的薬も復権となるでしょう。いずれにせよ、特に癌の多様性を克服するという観点で、医療分野におけるコンピューターの活躍には大いに期待しています。

 ちなみに、今回のIBM社のシステムの名称が「Watson」というのは、てっきり名探偵の友人として、時に名探偵も感心するような推理力を発揮する人物に由来しているのだと思っていたのですが、米IBM社の初代社長であるThomas John Watsonに由来しているのだそうです。

                       日経バイオテク編集長 橋本宗明