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 国立精神・神経医療研究センターは、バイオバンク事業開始に伴い、FileMakerプラットフォームを用いた「NCNPバイオバンク」の情報管理システムを構築、2012年末に運用を開始した。

世界有数の凍結筋肉バンクから発展したNCNPバイオバンク

 6つある国立高度専門医療研究センターの1つである国立精神・神経医療研究センター(National Center of Neurology and Psychiatry:NCNP)は、病院と研究所が一体となって精神・神経・筋疾患および発達障害の高度医療を提供するとともに、基礎研究、臨床研究、臨床試験などの実施を通じて、最新・最良の診断・治療法の開発を行っている。

 研究所および病院と連携した臨床研究の推進を担う組織として、2008年10月にトランスレーショナル・メディカルセンター(Translational Medical Center:TMC)が設立された。臨床研究の実践には生体試料(バイオリソース)と臨床情報を有効活用することが必要であり、主に生体試料の保管・蓄積と活用を行うTMC臨床開発部が、2015年4月に組織改編でメディカル・ゲノムセンターとして独立した。

 NCNPでのバイオリソースの保存と利用の歴史は古く、前身である国立武蔵療養所神経センターが発足した1978年ごろに遡ることができる。

 「当初、筋疾患の診断に際して生検のために採取した筋肉組織片を、患者さんの了解を得て、研究目的で凍結保存したのが始まりです。90年代に入ってからは病院に保存場所を整備し、研究所とともに利用する体制に移行しました。現在、凍結筋肉は年間800検体、総数で1万5000検体が保管され、世界有数の凍結筋肉バンクとして知られています」。メディカル・ゲノムセンター長の後藤雄一氏は、NCNPの検体収集の歴史と実績をこう誇る。メディカル・ゲノムセンターでは、凍結筋肉のほか、脳脊髄液、血液、尿などへバイオリソースを拡大し、保管・運用管理体制を整備している。

 一方、NCNPを含む6つの国立高度専門医療研究センターは、2011年度にナショナルセンター・バイオバンク・ネットワーク(NCBN)を組織し、各センターが主体的に進めるバイオリソース整備の拡充を行うとともに、共通のバイオリソース収集の仕組み(共通プラットフォーム)を構築。連携する医療機関などとともに共同研究推進を幅広く支援する取り組みを開始している。国立国際医療研究センターに中央バイオバンクを置き、各センターが保有する試料のカタログ情報を公開して、医療・研究機関が検索・利用する環境を整備した。NCNPも2012年度末から、NCBNで検討した検体収集や保存、データ収集や管理法、倫理規定などの共通フォーマットにのっとった収集・管理を実施している。

臨床心理士による症状の評価で臨床情報の質を担保

 NCNPバイオバンクは、精神・神経・筋疾患および発達障害に関わるバイオリソースを保管・運用している。検体の質と付随する臨床情報の質の高さを重視しているのが大きな特徴だ。精神疾患の場合、外来診療で得た情報をそのまま研究に利活用するのは難しい。「例えば、うつ病と双極性障害に明確な境界を設定することは困難です。また外来診療で詳細な心理検査が行われることはまれで、医師によって病名付けや症状の評価が異なることがしばしばあります。標準化された診断や、詳細な症状の評価を電子カルテから得ることは容易ではありません」。メディカル・ゲノムセンター バイオリソース管理室長の服部功太郎氏は、バイオリソースに付随する臨床情報の質に関わる課題をこう指摘する。

 そこでNCNPでは、バイオリソース管理室の5人の臨床心理士が、検体提供に同意した患者さんに対し、直接、簡易面接や各種の症状評価を行っている。「症状評価を担当する臨床心理士は、評価法の開発・翻訳を行った医師によるトレーニングを定期的に受け、評価の質の向上と均質化に努めています」(服部氏)と、臨床情報の質の維持に努めていることを強調する。

 臨床心理士が行う検査は、主要な精神疾患が疑われ、かつ同意を得た患者さんに対して実施される。主なものとしては、精神疾患診断のための精神疾患簡易構造化面接法「MINI」、うつ症状の重症度評価尺度の「HAM-D」と「MADRS」、躁(そう)症状の重症度評価尺度の「YMRS」、統合失調症の重症度評価尺度の「PANSS」、認知症スクリーニング検査の「MMSE」などがある。主治医の指示により、他の神経心理検査を行う場合もあるという。バイオバンク事業で得たこうした検査情報は診療現場にフィードバックされ、外来診療の評価に役立てられている。

 このような問診情報や検査情報などと検体情報を統合的に管理するのが、FileMakerをプラットフォームとするNCNPバイオバンク情報管理システムだ。

 NCNPバイオバンク情報管理システムの開発を担当したのは、メディカル・ゲノムセンター バイオリソース管理室の松村亮氏だ。臨床心理士で、システムエンジニアでもある同氏は、3年ほど前に脳脊髄液研究用データベースをFileMakerプラットフォームで構築した経験があり、そのノウハウを生かしてNCNPバイオバンク情報管理システムの構築でもFileMakerを採用した。バイオバンク情報管理システム特有の課題について松村氏は次のように話す。

 「バイオバンク事業を行っていく中で、検体の種類や分注方法、収集・管理する情報などの追加や変更、あるいは運用ルールが当初のシステム仕様設計から変わることが想定されました。そのためシステム会社へ委託して開発した場合、仕様変更による開発コストを見込み確保できず、途中で開発が破綻することも想定されました」。

 そうした状況の中、仕様変更やニーズの変化に柔軟に対応でき、迅速なソフト開発が可能で、コストを抑えて構築できるFileMakerプラットフォームでの開発が決まった。さらに、バイオバンクスタッフ(臨床心理士)が、問診や症状評価などの情報を聴取・検査しながら入力するためにタブレット端末の利用を検討していたことから、無線ネットワーク環境で安全にデータ暗号化通信が可能なアプリFileMaker Goが稼働するiPadを選定したという。

 iPad(FileMaker Go)を用いた問診・症状評価情報の登録は、主にNCNP病院の病室で患者さんからの情報聴取と症状評価検査を実施しながら行われる。FileMakerで作成されたMINIやHAM-Dなどの症状評価ツールは、対面しながらiPadで容易に入力できるように工夫されている。入力された情報はリアルタイムでNCNPバイオバンク情報管理システムのFileMaker Serverに格納される。「収集した情報はFileMaker Go 経由でFileMaker Server へ送信されるため、iPad内部に情報は残らず、また紙媒体からの入力を必要としないため、個人情報保護や入力負担の軽減にも貢献しています」(松村氏)。

 一方、検体管理用の情報登録時には、ヒューマンエラーを削減するため、バーコードスキャンによるデータ入力を行っている。検体分注処理された血漿、バフィーコート(濃縮白血球バンド)、DNA、血清、脳脊髄液などはバーコードが貼付されたチューブに保管され、バーコードスキャナーでチューブIDを読み込み、検体ラックに入れて一時保存される。検体ラックには96本のチューブを格納可能だ。個々のチューブのラック内の位置情報は、専用のスキャナーにより、格納した状態で読み取ることができる。検体ラックをフリーザー内の棚に格納する際には、縦3段・横6列のケースに収める。どのフリーザーのどの位置に収容されているかをiPadに入力すると、位置情報が確定する。

 こうして確定した検体チューブの位置情報は、FileMaker Server側のサーバーサイドスクリプトによってシステムに反映される。

 バイオリソースを他の研究機関などに提供した際には、払出画面で払出先、払出量、残量などを入力することで、管理画面から一元的に参照できる。「従来、Excelで検体管理を行っていたときは、いつ分注・再分注を行い、どこに払い出したかをきちんと管理するのは非常に手間がかかり、ミスも発生しがちでした。このシステムで一元管理できるようになり、管理工数は大きく改善されました」(服部氏)。

電子カルテとリンク、総合的な判断で病名登録

 NCNPバイオバンク情報管理システムは、電子カルテシステムや解析用システム(SAS)などの外部システムとの連携を実現し、必要な情報をインポートしたり、エクスポートしたりできる環境を実現している。特に検体情報と臨床情報を一体的に管理する上で電子カルテシステムとのリンクは不可欠となる。参加同意を得た患者さんについては、診断情報や処方情報などが取得可能だ。

 ただし、電子カルテ上の診断情報は、外来診察段階では医師の評価が一定とはいえず、複数の病名が付いていたり、保険病名が記載されている場合もある。そのため、病院医療情報室長の波多野賢二氏が独自に病名の確度を点数化できるアルゴリズムを開発し、病名を確度の高い順にランク付けすることが可能となった。ランク付けされた病名は、FileMakerで構築したNCNPバイオバンク情報管理システムにインポートされ、臨床心理士の症状評価検査、服薬情報など、様々な情報と併せて1画面に集約することにより総合的な判断で精査され、最終的には医師が確定診断名を承認している。

 なお、電子カルテから情報を取得する際には、病院ネットワークと研究棟ネットワークの両方にアクセス可能な医療情報室の連携匿名化サーバーを介してIDの付け替えが行われ、NCNPバイオバンク情報管理システム上では仮名で表現される。

 匿名化後の仮名、生年月日・年齢などは患者個人IDにひも付けられ、症状評価や検体情報は検査ごとに発番される検査IDを割り当てている。個人IDと検査IDを用意することにより、1人の患者さんの複数回の検体採取や検査に対応できるようになっている。

 また、電子カルテシステムとの連携は、患者情報の取得だけでなく、バイオリソース管理室で実施した症状評価を電子カルテ側にフィードバックする双方向連携を実現している。具体的には、NCNPバイオバンク情報管理システム(FileMaker)から抽出した情報をExcelでレイアウト加工し、症例レポートとして電子カルテシステムに登録し、診療を行う臨床医へ情報を還元する。

運用の変化に柔軟に対応、質にこだわったバイオバンクを目指す

 NCNPバイオバンク情報管理システムは2012年12月に運用を開始し、翌13年4月からは、NCBNへのカタログ情報のアップロードを始めた。システム開発中はもとより、運用開始後も運用スタッフのニーズ、問診項目の追加・見直し、検体種別や症状評価の追加など、仕様や運用の変化に対応する必要があった。

 「ニーズや状況の変化に対して迅速・柔軟な改修が容易にできることは、FileMakerの大きな特徴といえます。現在、他の研究部門で収集している検体をバイオバンクの中で管理してほしいという要望もあり、個々の研究部門の要望に対応した管理ができるように改修していく必要があります。その要求に応えることができるプラットフォームだと思います」(松村氏)と、FileMakerへの期待を話す。

 NCNPバイオバンク事業として資料収集を開始してから、既に約1000検体が収集され、10以上の研究機関に利用されている。10年間で約1万件の検体収集を目標としているNCNPバイオバンクだが、あくまで検体と情報の質にこだわっていくという。「NCNP自体、希少な疾患の治療・研究に携わっています。検体数が少なくても精度の高い臨床情報が付随していれば、意味のあるバイオリソースとなり得ます。今後も情報と検体の質にこだわった姿勢でバイオバンク事業に取り組んでいきたい」と後藤氏は意欲を見せていた。

(この記事は日経デジタルヘルスから転載したものです)