宮崎県の農協が数千万円の質量分析装置を購入できたワケ【日経バイオテクONLINE Vol.2240】

(2015.04.22 18:00)
加藤勇治

 日経バイオテクでは、日本全国各地の特徴ある施設、研究、人材、コミュニティを紹介し、皆様の事業展開のご参考に、あるいは新規事業や共同研究の種になるのではと記事をまとめている「バイオ風土記」の連載を最近、開始しました。

 第1回目は、茨城県東海村にある茨城県の施設
「いばらき量子ビーム研究センター」でした。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20150403/183691/

 地方自治体の取り組みとしてはかなり事業規模の大きなものでしたが、水素やリチウムなど軽元素の分析ができる中性子利用施設であり、最近、日本の工業界で話題を集める電池などの材料開発のため、極秘に使用される案件がとても増えているようです。バイオ関連では、まだ極秘に使われる例はないようですが、蛋白質やアミノ酸、核酸などを分析するにあたり、水素の位置が詳細に決まることで新しい発見が相次いでいるようです。今後、蛋白質と薬剤の詳細なシミュレーションをするならば、水素の位置は重要な要素でしょう。そこまで詳細に薬剤をデザインすることが必要なのかどうかは分かりません。ただし、同センターは、産業界に使用してもらうことを前提に全ての規則を決めているだけあってとても利用しやすくしているそうです。今後、このセンターで得られた情報を参考に、画期的な新薬が出てくることを期待したいと思っています。

 実はこうした構造解析はもっと活用されてよい気がします。北九州市立大学の櫻井和朗氏は、抗癌剤として販売されていたこともあるβ1,3-グルカンを核酸のDDSとして用いるべく医薬基板研と研究を進めましたが、櫻井氏が注力したことの1つは核酸との複合体を形成したときの物性評価でした。既にβ1,3-グルカン単独の、抽出に関わる物性評価は抗癌剤として承認されるまでに十分な研究が行われていました。今後は、核酸と複合体を形成させた場合、どんな構造をとるのか、どんな分子量になるのか、毎回同じものを作ることができるか、などです。そのため、兵庫県にあるSPring-8を使い倒したそうです。

北九州市立大櫻井氏、「β1,3-グルカンは免疫系細胞特異的な送達技術。
核酸をはじめ様々な物質を運ぶプラットフォームにしたい」
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20150418/184007/

 実はこの十分な物性の評価が、製造プロセスまで視野に入れた方々には実に有り難がられたそうです。イメージではなく、数値で語れとは櫻井氏の言でした。

 さて、第2回は現在、原稿をまとめているところですが、その一環として先日宮崎県を取材してきました。

 そこで聞いたお話で驚いたことの1つは、宮崎県のJAでは独自に保有する検査センターに、非常に高価なLC-TOF-MS(液体クロマトグラフィー/飛行時間型質量分析装置)を入れていることです。さらに、数年以内には、最近新たに発売された数千万円する分析装置も買うのではないか、というお話しでした。

 実はこのLC-TOF-MSはドイツBruker社から購入したのですが、Bruker社も製薬企業や化学企業、名だたる研究機関の購入実績はあるけれども、購入するのが「ローカルな、しかもAgricultureな組織?がいったい何に使うのか?」と本国から担当者が見学に来たくらいだそうです。

 からくりは残留農薬分析の年間実施件数にありました。詳細は次号の日経バイオテクをご覧いただきたいのですが、公定法で定められていた分析法は農産物から結果を得るまで2週間ぐらい時間がかかります。この2週間の多くは分析のために抽出する操作が占め、そのためコストの多くは人件費となるそうです。

 しかし、抽出が圧倒的に効率化し、数時間で結果まで得られるようになれば、2週間分のコストを削減することができます。さらに年間多くの検体を検査するという方針であれば、分析1件あたりにかかる減価償却費は非常に少なくなり、数千万円の装置を買ったとしてもあっという間に減価償却できるそうです。分析にかかる時間を考慮しなければ、分析装置の値段が高いかどうかは正確には評価できない、というのが取材で聞いたワケでした。

 数千万円の分析装置というと、大きなお金が動く国家プロジェクトで購入するものという頭があり、取材する立場としてはその値段を気にすることはあまりなかったように思います。しかし、毎日膨大な量の農産物を扱う宮崎県の農協にとってみれば、数千万円の分析装置は、効率化できるものであれば安い買い物のようです。製造業にとってこうした減価償却の考え方は当たり前のことですが、よく考えれば、農業だって製造業ですから同じ考え方ができるのは当然です。驚いた自分を恥じるとともに、新たな表示制度が始まる今、もっと面白いことが起こるのでは、とわくわくしています。

 新たに始まる機能性表示制度の詳細は、同じ次号の日経バイオテクに河田記者がレポートをまとめております。バイオ風土記とレポートを併せてお読みいただくと、農業・食品産業で起こっている大きな変化を感じていただけるのではないかと思います。是非とも皆様のご意見、ご批判をお寄せ下さい。

                         日経バイオテク 加藤勇治

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