先日、弊社患者向けサイトの取材で、神奈川県立循環器呼吸器病センター肺がん包括診療センター・呼吸器内科の加藤晃史氏にお話しをお聞かせいただく機会を得ました。

 ちょうど一年前、アファチニブが承認された頃から、肺癌においてやけに下痢の話題を耳にするようになり、何となく気になっていたからです。他のTKI、例えばVEGFRのTKIなどの治療中に現れる下痢に言及するドクターが増えてきたという印象もありましたが。

 そこで加藤先生にお話しを伺ったところ、「敢えて騒ぎました」ということでした。日本では非小細胞肺癌治療薬の1つとしてまずゲフィチニブが承認されました。その後、エルロチニブが承認され、そしてアファチニブという順です。過去のさまざまな経緯もあり、日本ではEGFR遺伝子変異陽性の肺癌のファーストライン治療にはゲフィチニブが選択されることが多く、エルロチニブのシェアはそれほど高くないようです。

 エルロチニブはアファチニブのように下痢の頻度が比較的高いのですが、ゲフィチニブではそれほど見られません。エルロチニブのシェアが高い海外では、肺癌におけるEGFR-TKI治療時の下痢はなじみがあるようですが、ゲフィチニブのシェアが高い日本では肺癌におけるEGFR-TKI治療時の下痢になじみがなく、アファチニブの登場により、初めて下痢を経験する医師も多いだろう。こう考えて、注意喚起の意味で話題にしたといいます。

 また、下痢に注意する必要があるのは2つの理由からでした。1つは、「たかが下痢」と放っておくと、ときに急速に症状が悪化し、1日に10~20回もトイレに行かなければならなくなったり、脱水症状にもつながってしまったりなど、患者の身体や生活の質を低下させてしまうからです。もう1つは、医師は「下痢は止めるな」と教育されていて、なかなか止痢薬を処方しない傾向にあるからだそうです。感染症に起因する下痢は異物を排泄するために必要な反応です。それを止めない、というのは医師の「いろはのい」として教わるので、意識を変えなければロペラミドは処方されず、重篤な問題につながりかねないだろうという考えからだったそうです。

 さて、ここからが本題です。加藤氏は、自施設から登録した患者のうち、非常に早期に下痢や皮疹が認められ、減量して再開した患者はその後、長期にわたって治療を継続できていることに気がついたそうです。アファチニブの開始用量は40mg/日で、エビデンスに基づいて決定しています。しかし、ひょっとして用量が多い患者がいるのではないか、そう考えた加藤氏は、企業に試験に登録された全日本人データの解析を求めたそうです。その結果、スターティングドーズで治療を長期に継続できた患者も当然いましたが、早期に下痢や皮疹が発生し、減量した患者は比較的長期間、服薬を継続できた方が多かったというデータが得られたということです。ひょっとしたら、40mg/日というエビデンスで決まった開始用量が多すぎる患者がいる可能性があるということでしょう。ただし加藤氏は、現状ではエビデンスから決まった開始用量を変えるだけの根拠ではないこと、開始後すぐに下痢や皮疹が認められたらその患者に最適の用量に調節する絶好の機会であること、と捉えるとよいと話されています。

 過去に、ある癌に対するファーストライン治療としてTKIが発売になり、さまざまな学会のランチョンセミナーなどで使い方が紹介されました。そのとき、治験で経験のある医師が会場から、「fixed starting doseは日本人には多すぎるのではないか」と質問することがありましたが、会社としてはなかなか受け入れませんでした。エビデンスで決まった開始用量を日本だけ変えるというのは本国の方針にはなかったようです。

 ただ、この薬剤も発売から何年も経過し、後に続く薬剤も登場したことで柔軟な姿勢となりました。開始用量を下げることも、投与スケジュールを工夫することも、逆に積極的になっているようです。

 こうしたことは分子標的薬を開発する上でとても示唆に富む話と感じます。国際共同治験でドラッグラグは解消するようになりましたが、真の個別化に資するデータはこうした治験で得るのは難しい、とか、構築されたエビデンスを変えるのは難しい(月日が必要)、とか、2番手以降の会社の姿勢は1番手の会社と異なるので、治験から面白いデータが得られることがある、とか、個別化の向いている方向は向きたい方向である、とか、“バイオマーカー”の可能性とか、長年診療に携わっている医師の勘は、などなど。

 ただ、日本人でも体格がよい方が増えていくことでこうした問題はなくなっていくのかもしれません。そのため、過渡期といってよいのか、いやいや、やはり遺伝的背景の違いなのか。すぐに答えが出る問題ではありませんが、いろいろなことを考えるきっかけをいただいた取材でした。

                               日経バイオテク
                                  加藤勇治