‘New Era of Old Concept’、2015年は遺伝子治療と免疫治療が完全復権を果たす年になる

 明けましておめでとうございます。この2年で、バイオ製剤開発の潮目は大きく変わりました。

 iPS細胞の開発と山中伸弥教授のノーベル賞受賞に沸き立つ再生医療に対し、2年前より発足した第2次安倍政権が規制緩和を含めた資金的・制度的バックアップを充実させつつあることから、再生医療のみならずその科学的基盤である発生生物学、再生医療周辺産業、そして周辺技術である遺伝子治療や細胞治療領域にまで、これまでにないチャンスが生まれようとしています。そしてそれに呼応するかのように、免疫チェックポイント阻害剤の上市、海外からは先進国初の上市遺伝子治療製剤Glyberaの登場、そして最近ではAmgenの免疫遺伝子治療製剤OncoVEXの承認申請など、従来の治療概念を大きく変える可能性がある製品群が着々と臨床現場へ展開されようとしています。これまで「日本は外圧がないと変われない」と言われてきましたが、この大きなうねりは「日本には自ら変わり得ることができる力がある」ことを世界へ示すだけでなく、日本がリーダーになり得るチャンスでもあります。そしてそれらは医療技術である以上、すべからく広く患者さんが享受できる果実でなければなりません。

 以下に、この国がバイオ製品開発の分野でリーダーシップを取るために、私が日頃考えていることを二つほどまとめておきたいと思います。

【課題1:限りないゼロリスク神話からの脱却】
 今後この大きなうねりを本物にするためには、わが国は臨床試験における情緒的な「限りないゼロリスク」神話から抜け出して、合理的・理性的な「リスク/ベネフィット比」の概念を浸透させなければなりません。

 1999年のアデノウイルスベクターによる死亡事故、2001年のレトロウイルスベクターによる白血病の発生以来、遺伝子治療は世界的に下火になりました。しかし欧米ではこれらの原因の科学的分析と治療効果を向上させるための臨床試験が継続的に進められ、着々と成果を上げてきたのに対し、日本ではリスクばかりが強調されて来た結果、ほぼ死に体となったと言っても過言ではありません。我々が開発を進める遺伝子治療製剤は2014年10月にようやくpivotal Phase IIb治験を開始しました。今回は比較的スムーズにPMDAとの議論が進んだために以前ほど時間は掛かりませんでしたが、先行臨床研究(Phase I/IIa)審議の際は「限りないゼロリスク」を要求された結果、申請から開始まで3年半+対象疾患の臨床病期を限定されたことが原因によるリクルート遅延により4年、計8年という年月を費やしました。

 最近、iPS細胞による臨床研究に全ゲノム解析などが要求され、研究の遅延が懸念されるとの報道がありましたが、これも典型的な「限りないゼロリスク」神話だと思われます。審査する委員も研究者にこのような要求をするならば、それによって得られる情報量と感度・特異度を定量化し、リスク/ベネフィットを評価した内容を提示し、解析が必要な妥当性を説明しなければ研究者は納得しないでしょうし、一定のリスクを受容する覚悟のある被験者にとっても、迷惑千万な話しです。

 「患者の安全」のためという美辞麗句により「限りないゼロリスク」神話はこれまで保護されて来ました。しかしこれは単なる思考停止ではないか?本当の意味で日本が世界をリードするためには、この壁を突破しなければならない、と考えます。わが国は、「患者の安全」と「患者のベネフィット」を定量化する術を身に付ける必要があるでしょう。

【課題2:わが国のフレキシブルな保険外診療を上手に活用する】
 免疫チェックポイント阻害剤は、その治療効果のみならず、がんと免疫の関係の概念にも画期的な変革をもたらしました。最近では腫瘍内科医が免疫を語る時代となり、数年前と比べて隔世の感があります。今後は効果が低い集団が存在する理由と、それを抽出するbiomarkerへ焦点が移るでしょう。また、なぜこれまでがんワクチンが効きにくかったのか、という命題への解答が得られるかもしれません。

 我々は年内に、テラ株式会社と共同で開発を進めているがん樹状細胞ワクチンVaccellの治験を開始する予定で準備を進めていますが、そのような決断をしたきっかけは、同一SOPで製造された樹状細胞ワクチンを保険外診療で受療した進行膵がん患者さんの多施設生存期間データを得たことでした。即ち一定レベル以上の投与部位発赤反応を示す症例は同治療のresponderと考えられます。その結果免疫チェックポイント阻害剤でも見られる典型的なdelayed separation curveを示すと同時に、non-responderと想定される集団と比較して、retrospectiveな解析ではありますが統計学的に有意な生存期間の延長が得られています。ということは、同等以上のスペックの細胞製剤をGMP(今後はGCTP: good cell and tissue practiceへ移行)で生産し、しっかりしたデザインの治験でこの生存曲線をトレースできるならば薬事承認へ持ち込むことができる、と理論的に考えたからです。

 欧米人には保険外診療という概念が理解し難いらしく、私は彼らに説明する時には「compassionate useに似た日本特有の使用法だ。このプロセスで個々の治療候補技術の特性が次第に浮かび上がり、そこから得た情報によってより効率的な対照比較試験を設計できる」と説明することにしています。最初は皆怪訝な顔をしますが、丁寧に説明していくと必ず ‘make sense’と納得し、「日本には興味深い制度があるんだな」と関心を持ってくれます。もちろんできるならば最初から薬事承認を目指す技術として進めるべき、ということが正道であることは十分に承知しています。しかしながら、このような個々の症例から採取した細胞を加工する複雑かつ高価な技術の開発プロセスにおいて、最初からガチガチの薬事承認のスロットで進めることのリスクの大きさは、莫大な開発費を回収できずに民事再生に陥ったDendreon社の例を挙げるまでもないでしょう。

 「(大学病院等における)数例の先行臨床研究の成績から、概ね安全であると考えられるが、有効性は確立されていない=あくまで評価中の技術である」ことをしっかりと患者さんへ説明し、それでも希望する患者さんへの使用に限定すること、そしてそのような患者さんから貴重なデータを丁寧かつ信頼性高く収集し、治療の特性を丹念に解析することが重要と考えます。そしてもちろん、compassionate useに近い考え方である限り、近い将来に保険診療として標準治療の一角へと昇華させることを前提にした「評価中の技術」であることが重要となります。逆に言うと、将来的に標準治療となるための評価を進めていない保険外診療技術には、その理論的正当性がない、とも言えるでしょう。

 以上の取り組みにおける問題は製造物の特性に関するデータ、ならびに臨床データの質であり、これまでは個々の医療機関あるいは医師の力量に左右されることは否めませんでした。それまでの先進医療でも結局のところ問題は全く同じです。

 このような状況の中、評価療養をより迅速化する「患者申出療養(仮称)」の関連法案が通常国会に提出される予定とのこと。まだ余り指摘されていませんが、臨床研究拠点と特定機能病院、さらに患者さんに身近な協力医療機関を結ぶこの制度がうまく活用できれば、ICH-GCPに準じた臨床データの品質保証をシステム化できる可能性があります。これまでの保険外診療の問題点、つまりブラックボックスであった、(1)どんなものが投与されているのか?その有効成分は?その純度と品質は?、(2)受療した患者さんにどのような有害事象が発生し、どのような転帰になっているのか、という情報が蓄積されるようになり、さらにデータの分析からその治療の特性についての細かい情報を得ることが可能になります。これまでは、適切なbiomarkerが無い場合は、奏功する集団を特定する前からランダム化比較試験で優越を付けて来ました。これは効かない集団を特定しないまま試験をしていることに他ならず、レスポンダーが少ない場合は試験薬に効能があるにも関わらず試験としては失敗することが起こり得ました。しかしこの「患者申出療養(仮称)」のようなシステムが確立されうまく機能すれば、保険外診療データを蓄積・活用することにより、事前に奏功集団の特徴に関する情報が得られるようになるため、ランダム化比較試験の数を最小限に留めることも可能となるでしょう。これは取りも直さず、倫理的にも優れた方法となり得えると言えます。

 課題はそのコストとマンパワー、そして情報を一元化するITシステムでしょう。日本医療研究開発機構(AMED)や関連各省庁は、「患者申出療養(仮称)」におけるこのような仕組み作りに臨床研究中核拠点へ集中して予算を投下し、人材を教育する機能を持たせることで、実現は決して難しくないと思います。

 保険外診療だからと言って眉をひそめるのではなく、少しだけ頭を柔らかくして、わが国でしか実現できないこのような医療制度をうまくシステム化して活用し、世界をリードする技術立国としての多様な基盤を確立すること。

 2015年は、その先駆けになる年となりますよう、祈念しております!