想像力と創造
 新たな創造の多くは、想像(力)を契機として始まる。想像が人々の思考や行為を日常や従来の延長線ではないところに思いを馳せ、その翼が今を超えたところへ人や事物を運び、新たな他者や社会との関係の中で新たな存在を創り出すことも多い。

 個は社会と、社会は個と、多かれ少なかれ関係を持っており、相互に影響しあう関係にある。個あるいは個の集団の良き想像力が社会の良き想像力となり、新たな社会の創造に繋がることが出来ればと思う。また一定限の社会の良き想像力が、逆により多くの個に波及し、さらに多くの個の想像力ともなり、個々の中で、それぞれに可能な範囲の創造に繋がり、それがまた社会へというサイクルがまわれば、個と社会が相乗的に作用、触発し合う関係で進化、発展し、創造の果実は大きくなる。

 この個と社会の想像と創造は、終局的には両者とも、個や機関や社会的機構あるいは国家の思惑の発露や自己利益追求といった独善的で偏狭なものとしてではなく、現実に100%は叶わぬまでもあくまで理想を掲げた原理・原則的なものを基本とし、それゆえ普遍的なものであって欲しい。

 想像(力)は、個人の事象への緻密な観察や洞察力から直感的に発することもあれば、知的営為の積み重ねの先に生まれることもあり、また、英知の結集の結果、自ずと現れてくることもある。想像力に端を発した広がる翼の先に向かう際の本気度と真摯な努力が、現実を一歩でも前に切り拓き、新たな地平を生み出す原動力である。

 保健衛生・医療という括りの中で、個と社会の想像力と創造について考えてみたい。

 今や基礎的な細胞生物学研究の成果が、時に創薬や最先端医療の実現、さらには国家レベルの経済的価値に結びつくという文脈で語られる時代である。

 STAP細胞事象は、生命科学・医療関係者という範疇をはるかに超えて、政、官、著名な国際誌、共著者、研究機関、TVや新聞/雑誌その他のメディア、一般市民などを含めて、国家・国民挙げてのさまざまな想像力・願望・思惑が発露される事態を創り出した。

 STAP細胞(作製法)そのものは再現出来ず終焉。個人、機関、マスメディア、政・官が私的思惑や利に軸足を置きすぎていなかったか、その立場をそれぞれ超えて公の利である創造に資するという点にどこまで徹していたか、とりわけ、公的組織や科学者の姿勢が問われている。これは苦い教訓から学び、未来を目指すために必然である。

 一方、すべての関係者に多かれ少なかれ、個人や集団が立つ地点から、病から患者さんを救い、ヒトの健康を維持するという目的・原理・原則にしたがい想像力を発揮し、創造に向かうとの思いや、より素朴な願望があったはずであると思いたい。そうだとすれば、前途は期待出来る。フライイングをせず、歯を食いしばり革新的な基礎研究を行っている無名の若手研究者は決して少なくはないと思うからである。

 生きとし生けるものが持つ本能、本質は何としてでも生きられるならば生きようとする力である。生きるか死ぬかの苛酷な条件下に追い込まれたとき、万に一つでも生き続けようとするための一つの方策は、自己複製可能で他の細胞へ変貌できる多能性の獲得、初期化である。これが哺乳動物細胞で起こる可能性が皆無になった訳ではない。

 そうでなくとも、生命の小宇宙である細胞を初期化・脱分化・分化を含めて比較的自在に操り、あるいは解析できる現状から、想像をたくましくすれば、生命現象に関わる画期的成果をものにする可能性のある研究者やセレンディピティを持つ研究者は確実に増えているであろうと思われる。

 国の財源的措置に関わる担当者や研究費配分にたずさわる評価者が、そのような想像力を駆使してわが国の基礎生命科学研究費を増やし、これまで以上により広い範囲へ投入して欲しいと願う。ナイルの源流の1滴なくして大河ナイルやそれに恩恵を浴する数多の豊穣は生まれない。

 2012年にいわゆるバイオ医薬品(タンパク質性バイオ医薬品)は世界の大型医薬品の売上げベスト10のうち、7つを占めた。売上高も全医薬品の40%に迫る勢いであった。この傾向は以降の暫定的統計でも明らかという。1982年に組換えインスリンの上市以来30年で驚くべき成果である。薬価が高いせいもあるが、それだけ世界の患者さんに恩恵をもたらしているという点では慶賀すべきことである。

 しかし、わが国に目を向けてみると、国家戦略の不在、創造的行政の不足、ベンチャー企業や周辺産業の未成熟など産業構造の不整備、企業の新たなイノベーションや社会的ニーズへの対応の遅れ、アカデミアの国家レベルでの意識不足や存在感の希薄さなど、様々な原因が相互に負に連関し、積み重なり、欧米に後塵を拝している。医薬品産業は一部を除き目前の課題解決に追われ、国力なりのバイオ製品による人類への貢献や日本経済への貢献にはほど遠い。現在約1兆6千億円と言われる医薬品の輸入超過は、正鵠を得たより広く大きな創造に対する想像力を発揮し得ないならば、拡大を続けるバイオ医薬の輸入とともに、拡大するというシナリオになる。

 医療財政に苦しむ国としてはこの負の連鎖を断ち切り、国産品の増加により医療経済の健全化を図る必要がある。巻き返しはなるか?2013年からの「日本再興戦略」では医療関連分野が戦略市場と捉えられ、また、予算の拡充・有効活用、ルール整備・環境設備の両面での拡充を図るとしている。創設された日本版NIHや、薬事法改正、PMDA体制強化などの内容面での課題は、「国民益や患者益のために従来と異なる新たな創造を目指す」との想像力・構想を持って運営できるかにある。

 既得権益の代弁者にはならない、行使できる権力は役目柄委任されたものであり、建前や個人的科学観や流儀を押しつけるためのものでない、審査等で問うことは、一般に説明可能な科学的根拠に基づく、などを心得た革新的プレーヤにより運営して欲しい。しかし、事務的煩雑さをはじめ、本来研究を推進するはずのPOや審査会が当事者の研究の円滑な遂行に必ずしも寄与していない例も現れてきていることを危惧する。

 改めてバイオ医薬品の巻き返しについては、バイオCMO(製造受託サービス)、バイオベンチャー、試薬や機器等の周辺製品分野が欧米はもとより韓国にも劣勢を余儀なくされている中で、なお光明を見出せればと切に思う。「生命科学研究からの新たなシーズ発見、糖鎖工学、抗体医薬品での様々な工夫、基盤的生産・技術の改善改良・効率化技術開発、オープンイノベーション、個別化医療、製剤学的工夫、成果の知財化」など、特に挑戦中の企業の奮闘を期待したい。

 なお、わが国で定義するバイオ後続品は、先行品との同等・同質性比較を慎重に求められる、改善・改良は奨励されない、また、医療現場での受け入れ意識が低い、さらに韓国など海外メーカーからのライセンスを受けるケースが多く日本国内のみでの開発と販売を担当するなど、多くの制約の中にある。医療費削減への期待もあり、また、開発目標が明確なので新薬開発への踏み台にするとの考えもあるところはあながち否定出来ない。しかし、巻き返しの要素として考えた場合、むしろ特許切れに伴う先行品をプロトタイプとし、バイオベータやさらにより有効性・安全性を高めた革新的製品を目指した方が、新薬にもなり、世界市場も目指せるので、医療経済的にもそこに活路を見出す方が良いと思う。

 再生医療等については、昨年11月、再生医療等の安全性確保に関わる法律と医薬品医療機器等法(改正薬事法)が施行された。後者では、とりあえず製品の安全性に重点をおき、条件・期限を付して承認という画期的な方向も打ち出しされた。

 ここで問われるのは製品の安全性とは何かということである。医療の主な使命、目指すことは、いかに患者さんのリスクを低減していくかにある。製品についてウイルス等既知の明らかなリスクを取り除くことは自明の理である。それでもなお残る想定されるリスクと、患者さんの病気というリスク、時間の経過と共に増大するリスクを秤に掛けて、製品等の安全性を評価するというアプローチが肝要ではないかと思われる。重篤な患者さんにとり、とりわけ時は命である。

 再生医療は、その作用本質が「細胞」であり、物質的には究極の複雑さと不均一性を示し、機能的には小さな生命体であり、操作的には採取、移植、事後観察という「医療行為」の双方を調和、融合させた特殊なものであることを認識した上で、科学的合理性をもって対処する必要がある。これは、従来のバイオ医薬品とは異なる観点から製品を評価、管理すべきことを意味している。こうした製品を医療全体の中で的確に位置づけ、先端的医療として進展を図るためには次元の高い想像力と洞察力を必要とする。創造的審査へのチャレンジである。

 「人々の人々による人々のための医療」をよりよく実現していくために、目的と手段の階層構造を常に念頭におきながら、高い次元の想像力を駆使して新たな創造にいたる年であって欲しいと思う。