植物バイオテクノロジーの新しいパラダイムシフト

 植物バイオテクノロジーには、後にパラダイムシフトと見なされる革命的変革が何度かありました。これらは、培養細胞からの個体再生、プロトプラストの作製と融合、アグロバクテリウムによる外来遺伝子導入とその安定遺伝、シロイヌナズナやイネなどのモデル植物のゲノム配列決定などが挙げられます。これらは2-3年にわたり研究者コミュニティを席巻し、既存の枠組みの変革を迫るパラダイムシフトでした。

 実は今年を含めてこの2-3年は植物バイオテクノロジーにおける次のパラダイムシフトのまっただ中にいると思われます。しかし、今回のそれが過去のそれと違う点は単一の技術革新によるのではなく、次の2つの革新的テクノロジーによる点です。

 第一は、圧倒的に高速な次世代DNAシークエンサーによる多様で稀少な植物種や自然変異体のゲノム、トランスクリプトームデータ集積です。ゲノム配列が決定された作物、薬用植物などのリシークエンスによる一塩基多型(SNP)の蓄積はメタボロームを含めた様々な表現形質とのゲノムワイド相関解析(GWAS)を可能にします。また、化学成分が多様で稀少なエキゾチック(薬用)植物種を研究室単位でドラフトゲノム配列を決定できるようになりました。これらの配列データを、過去10数年の努力でようやく成熟しつつあるメタボロミクスなどと組み合わせることにより、植物の化学的多様性(20万-100万種と言われる植物代謝産物の多様性)の根源となるゲノム原理に迫ることができます。

 第二は、CRISPR/Cas9に代表されるゲノム編集技術の開発と実用化です。例えば、前述のメタボロームGWASなどから成分生産の鍵遺伝子として絞られた候補をゲノム編集技術により改変することにより、高速にその遺伝子機能を同定できます。そればかりでなく、作出した変異体には遺伝子組換えの痕跡を残さず極めて正確に変異を導入できるので、当該変異体の実用化など社会実装へのハードルも低くなります。

 進化的な視点から見ると、動くことが出来ない植物は様々な捕食者、外敵や環境ストレスに抵抗するために、多様な生物活性を有する特異的(二次)代謝産物生産という戦略を進化淘汰圧のなかでに獲得してきました。従って、それらの歴史はゲノム上に痕跡として残されているはずで、その進化の道筋を解明しそれを多様な物質の生合成に応用する研究は、全く新しい植物バイオテクノロジー分野を切り開くものです。

 最近明らかにされつつある植物での特異的(二次)代謝産物生合成遺伝子群のゲノム上でのクラスター化とその発現におけるクロマチンリモデリングの関与はその良い例です。この最適化された生合成システムの進化過程が解明されれば、それを人為的に応用することができるはずです。これは医薬品や健康機能成分の生産、バイオマスやバイオエネルギー生産など自然資源の効率的利活用に資することができるばかりでなく、合成生物学あるいは合成化学的な物質生産の進展にも大きな示唆と貢献をもたらすはずです。

 昨年、トムソン・ロイター社が発表したHighly Cited Researchers 2014の日本人研究者の分野別リストからも明らかなように、日本の植物科学は免疫学とならび極めてレベルが高く、日本が世界をリードしています。このような日本の強い植物科学の中にこそ新しいパラダイムシフトをもたらす大勝利への素地があると確信しています。特に、若い研究者の皆様は今起こりつつある新しいパラダイムシフトを現実に実行する一部リーグのプレイヤーであって欲しいと思います。若い植物バイオ研究者がこの挑戦的で根源的な大問題にチャレンジされることを期待いたします。