遺伝子組み換え農作物の“不都合な真実”

 確か2年ほど前に本欄に“わが国バイオの“不都合な真実”として書いた事がある。実際は真実なのだけれど、様々な理由でそれを受け入れ難い事、不都合な真実、の例として、確か、わが国のペースメーカーなどの侵襲性の医療機器の現状を述べたと記憶している。今回は遺伝子組み換え農作物についての“不都合な真実”について一言述べたい。

 遺伝子組み換え農作物の人体への安全性に関しては既に科学的に確立した事実である。確かに遺伝子組み換え農作物が登場した今から40年ほど前はその安全性に関して科学者の間でも議論があったが、今やその人体への安全性について疑いを持つまともな生物学者はいない。アメリカやカナダなどでは遺伝子組み換えダイズ、トウモロコシ、ナタネ等の農作物が作付け面積の大部分を占めているが、それによる健康被害は皆無である。人口数億人を対象とした30年以上かけた人体実験の結果である。世界的に見てもヨーロッパの一部の国を除いて、遺伝子組み換え農作物はますます普及している。中国やインドでもその傾向は明白である。

 このような世界的な傾向にもかかわらず、わが国における遺伝子組み換え農作物の研究やその市場での流通性は遅々たるものがある。理由は明白で、他の国と違って、この重要な技術についての政府の後押しがなく、逆に、時の政権によっては農相の不興をかった遺伝子組み換え農作物の普及、研究を推進しようとした官僚が更迭された事すらあった。更に一言云わせてもらえれば、ここで最近問題になっているわが国のマスコミの問題点について述べるつもりはないが、遺伝子組み換え農作物が登場以来、多くのマスコミが健康に害があるときわめて否定的に取り上げてきた事も厳然とした事実である。そのせいもあってか、アメリカで多くの州で住民投票で否決されている遺伝子組み換え農作物を含む食料品における表示でも、わが国ではDNAやタンパク質が食料品に残っている場合は表示が義務付けられている。

 しかし、昨今、遺伝子組み換え農作物の安全性に関しての科学的な事実が確固たるものになるにつれ、マスコミや一部の人たちも、さすがにその安全性については正面から否定出来なくなってきたらしい。すると、マスコミを中心に、安全かも知れないが安心出来ないというわが国特有の安全、安心神話を作りだす始末で、遺伝子組み換え農作物の安全である事に懸命に取り組んできたわれわれはただ当惑するばかりである。どうして、社会に受け入れられるために、客観的事実とは無関係な安心と云う主観的な事までも証明しなくてはならないのか。また、新たに、反対のための論拠として、確かに人体には安全かも知れないが、遺伝子組み換え農作物の環境への影響についてはっきりしていないから反対すると云う、反対のための論拠を持ちだす。要は、論拠は後ずけで、なんでもかんでも反対なのである。ただ、わが国では、このような事は遺伝子組み換え農作物に限ったことでなく、きわめて普通なことでもあるので私はあまり驚いてもいない。

 私はどう考えても理はわれわれの方にあると考えている。すでに本来の農作物に比べて、農薬の汚染は遺伝子組み換え農作物のほうがはるかに少なくなっている。さらに農作物中に本来存在している健康に害のあると思われる成分を除いた体に良い遺伝子組み換え農作物が続々開発されている。数年来、私が関与しているアフリカでも、飢餓を防ぐために生産性が上がる遺伝子組み換え農作物の導入が進んでいる。また、人道的な見地から世界中のヴィタミンA不足のために失明又は目が不自由になる数十万人の発展途上国の子供を救うために開発されコメやバナナの普及に対して、遺伝子組み換え農作物というだけで、どうして反対出来るのだろうか。もし反対するとしたら、これに対して今度はどのような論拠を持ち出して、反対するのだろうか。私は楽しみに見守ろうと思っている。