次世代スーパーコンピュータ・ポスト「京」開発元年

 謹んで新年をお祝い申し上げます。本年は、次世代のスーパーコンピュータであるポスト「京」の開発が始まる年であります。今年の秋には基本仕様をかため、2020年の本格運用を目指し開発が始まります。2020年は東京オリンピックの年であり、我々はポスト「京」を機軸とした科学技術の金メダルを目指すことになります。

 スパコン開発と言えば、「京」の開発時における某議員の事業仕分けでの発言がまだ記憶に新しいことと思います。ポスト「京」ではこの議員のご指摘に限らず、「京」の開発と運用で得られた教訓を考慮した計画が立てられています。例えば、足し算や掛け算のような単純な計算の演算速度を競う世界ランキング(LINPAC top500)で1位を獲ることを最終目標にするのではなく、さまざまな分野で用いられるアプリケーションが世界最速レベルの実効速度で計算できるようなマシンの開発を目指し、各々のアプリケーションとポスト「京」のシステムを協調的に開発するコデザイン(Co-design)方式で開発が進められることになります。また、ポスト「京」開発では、産業応用などの出口が重視され、創薬、医療、気象、ものづくり、宇宙などの9つの重点課題にイノベーションをもたらす計算技術の開発が行われます。私はこれら9つの重点課題の一つである創薬分野「生体分子システムの機能制御による革新的創薬基盤の構築」の代表を勤めさせて頂くことになりました。ポスト「京」において我々が目指すところは、生体分子の動きをシミュレーションする計算(分子動力学計算)の速度を「京」の100倍の速さにすることによって、生体内分子(タンパク質など)の長時間(ミリ秒レベル)の動きを捉え、さらに多くの生体内分子を対象にした創薬シミュレーションを実現することです。これにより、疾患の原因タンパク質の動きを制御したり、複数の創薬関連タンパク質を加味したドラッグデザインの新しい方法を開拓します。

 分子動力学計算に限れば、米国はすでに「京」の100倍の速度を誇るスパコンAntonの開発に成功し、我々は大きな溝を空けられた状況に立たされています。さらに、人工知能に特化した脳型コンピュータの開発を開始することを米IBM社が発表するなど、最近のコンピュータ開発の発展は驚愕に値するものがございます。また、アプリケーションにおいても、米国ではBig Dataのさらに先を行くBig Mechanismというコンセプトが提唱され始めました。Big Dataでは膨大なデータから有用な知見の抽出にとどまっていましたが、Big Mechanismでは膨大なデータに内在する様々な要素の因果的なつながり(メカニズム)の解明にメスを入れることを目指します。このような世界情勢を鑑みても、ポスト「京」への期待と責任は大きく、創薬分野での開発に関与する私どもも世界に負けない創薬計算基盤の構築を成し遂げるべく研究開発に邁進する所存でございます。

 私は3年前にスパコン「京」に触れて自分の計算科学に対する世界観が大きく変わる衝撃を受けました。国の威信をかけて開発するスーパーコンピュータの意味は、産業上の利益を生むことや世界ランキングでトップを獲るばかりでなく、日本の将来を背負って立つ次世代の若者に夢を与えるものでもあります。実際、スパコンは15年先の汎用計算機の性能を先取りしていると言われることから、2020年に完成するポスト「京」は2035年の計算機環境の世界を我々に見せてくれることになります。ポスト「京」開発元年を迎えるに当たり、最後に皆様にお願いしたいことは、2015年の手近な価値観を2035年の未来を拓くポスト「京」に押し付けるようなことをせず、常に前向きかつ建設的なご意見を頂戴したいことでございます。日本の産業と科学の持続的発展を支えるポスト「京」の開発が成功するためにも、今後ますますのご支援とご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。