ゲノム解析の時代からゲノム創薬の時代

 ヒトの遺伝情報(ヒトゲノム)は30億のDNA塩基配列として親から子へ受け継がれている。2000年代初頭にヒトゲノムの全配列やその個人差の全容が明らかになった。その後、ゲノム配列解読技術の発達に伴い大規模ヒトゲノム解析が精力的に実施され、生活習慣病や癌といった数多くの疾患の発症に関わる感受性遺伝子が同定されている。近年では、次世代シークエンサー技術の発展が著しく、個人のヒトゲノム配列に基づく個別化医療も現実のものとなりつつある。女優のアンジェリーナ・ジョリーさんがゲノム解読結果に基づき予防的乳腺摘出手術を行ったことは大きな話題となった。誰もが自分のゲノムデータを知り、自分の健康のために活用することができる時代が到来している。

 このように華々しい成果を挙げている大規模ヒトゲノム解析の結果を創薬に活用することはできないだろうか? 現在、新規創薬は大きな試練を迎えている。開発コストが増加する一方で、臨床治験対象薬剤のうち最終的に上市されるものは1~2割程度にすぎない。上市後も副作用や特許期限切れの問題があり、創薬システムの抜本的な効率化が必要と考えられている。このような状況を受けて、大規模ヒトゲノム解析を新規創薬に活用する、「ゲノム創薬」への期待が高まりつつある。欧米では早くも優秀なヒトゲノム研究者がアカデミックから製薬企業へと活躍の場を移す例が報告されている。

 ドラッグ・リポジショニング(Drug Repositioning; DR)とは、既存の疾患治療薬を、新たな疾患へと適用拡大する手法である。短期間かつ低コストな創薬を可能にする手段として注目されているが、膨大な治療薬-疾患の組み合わせの中から適切なリポジショニング対象を同定するのは容易ではない。我々は、疾患感受性遺伝子と治療薬標的遺伝子、および治療対象疾患とが形成する多層的ネットワーク解析を通じたゲノム創薬手法が、ドラッグ・リポジショニングの促進に有効だと考えている。十万人規模で実施された関節リウマチのゲノム解析成果に適用した結果、新たなリポジショニング対象としてCDK4/6阻害剤を同定した(Okada et al. Nature 2014)。既存のゲノム創薬の成功例は希少疾患の感受性遺伝子を対象としたものが多いが、多くの方々が人生のどこかで罹患する「ありふれた疾患」にもゲノム創薬の枠組みを広げていきたいと考えている。

 これまでの10年は、「いかにしてヒトゲノム解析を実施するか」が研究テーマであった。これからの10年は、「いかにしてヒトゲノム解析成果を活用するか」が社会も巻き込んだテーマになっていくと思われる。ゲノム解析の時代からゲノム創薬の時代への変遷も必然的な流れであり、国際競争に遅れをとらないためにも、産官学を巻き込んだ協力体制の構築が必須と考えられる。