組織再生と自然免疫から見える発がんの本質的理解へ

 約150年前にドイツの病理学者ウィルヒョウは病理標本の所見から、「がんは慢性炎症から発生する」と唱えた。1990年代になって非ステロイド抗炎症薬の服用者は、大腸がんや食道がんの発生頻度が低いことが示され、炎症反応は発がんを積極的に促進すると考えられるようになった。2000年代に入ってマウスの遺伝学的解析により、炎症で重要な転写因子、NF-κBやStat3が増殖因子や血管新生因子を産生させ、がん細胞の生存を亢進することで発がんを促進することが示された。これまでに、炎症反応は多様な作用により発がんを促進することが明らかにされて来た。

 一方で、近年のゲノム解析の目覚しい進歩により、発がんに関与するドライバー遺伝子変異の全体像がほぼ明らかになった。現在では、ドライバー遺伝子変異による細胞のがん化と、炎症反応によるがん細胞の増殖・生存促進の相互作用によりがんが形成されるという基本概念が確立している。しかし、がんと炎症反応の関係について、最も根本的な疑問が未だ解決していない。なぜ、私たちの体は発がんを促進する炎症反応を、わざわざ腫瘍組織で起こすのだろうか。なぜ、生命を脅かす反応を自ら誘導してしまうのか、これは進化的に考えても不思議である。

 以前から、腸管粘膜の恒常性にはToll様受容体(TLR)シグナルが関与すると言われていたが、2014年にはTLR2を介したシグナル経路が腸上皮の幹細胞制御に関わっていると報告された。また、免疫学領域では自然免疫反応が損傷応答によって活性化することが明らかにされている。これらを考え合わせると、損傷組織では自然免疫反応が活性化し、それにより幹細胞未分化性と炎症反応の双方を誘導して、組織再生を促進していると考えられる。つまり、ヒトの体は「がん」を「損傷組織」と勘違いし、一生懸命再生さようと自然免疫反応を活性化させ、幹細胞ならぬ「がん細胞」の未分化性とその増殖を支持し続けているのではないかと想像出来る。このシナリオは、十分に有り得ると思っている。

 がん研究の目的はがんの克服であり、効果的な治療薬・予防薬の開発が重要である。そのためにも、未だ解明されない発がん機構の本質を探る基礎研究は、将来の幅広い新規治療・予防戦略に重要な知見を提供することが期待される。2015年には、これまでのがん生物研究を組織再生研究や自然免疫研究と融合させて、新しい発想による研究アプローチにより、正常の生体反応を基盤とした、発がん過程の本質的理解を深める年にしたいと思う。