Wmの憂鬱、悩む現場、果たしてゲノム編集は遺伝子操作なのか?【日経バイオテクONLINE Vol.2100】

(2014.08.04 18:00)
宮田満

皆さん、お元気ですか。

 ただ暑いだけの夏でも、実は季節は確実に秋に向けて動いています。今朝も、自宅周辺で新しい種類の蝉が鳴きだし(ジージーでも、ミンミンでもない)、昨夜はアオマツムシが鳴き始めました。テニスでは奈良くるみ選手が頑張っています。灼熱の米国Washington D.C.のそれもハードコートで開催されているシティ・オープン女子シングルで8月2日に勝利、決勝に進出しました。ツアー2度目の勝利を懸けて、強敵クズネツォワ選手と戦います。伊達と杉山選手が支えていた、日本の女子テニスにも主役の交代が始まりました。

 さて、バイオでも遺伝子改変技術の主役交代が急速に進んでいます。遺伝子操作からゲノム編集技術への移行です。プラスミドによる遺伝子導入から、より安定な遺伝子改変をしかもES細胞無用でほぼどんな生物にも適用できるゲノム編集は極めて強力な技術です。微生物の遺伝子改変から動植物の広範な育種、モデル動物の作製など、従来の遺伝子操作技術では不可能だったことも実現するだけでなく、従来のノックアウトマウスやノックインマウスの作製技術も極めて短期間に、簡単にできるメリットがあります。しかし、先週土曜日に東京で開催された第6回遺伝子組み換え実験安全研修会~ゲノム編集生物をどう扱うか~(主催:全国大学等遺伝子研究支援施設連絡協議会)を取材しましたが、我が国の遺伝子操作管理者達は、ゲノム編集を遺伝子操作として取り扱うべきか? それとも放射線などの変異誘導技術に過ぎないとして取り扱うべきか? 深刻に悩んでおりました。そろそろプロセスで安全性を管理できるという幻想を捨て、出来上がったプロダクトによる安全性管理を行うシステムに移行すべきであると思います。今週、ゲノム編集技術による遺伝子治療の臨床試験のフェーズIの結果が東京で発表されます。また、近い将来、米国からゲノム編集で改良された植物も我が国に輸出されることは避けられないためです。

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 ゲノム編集技術の開発は音を立てて進んでいます。第1世代のジンクフィンガー・ヌクレアーゼ(ZFN)、は第2世代の植物病原菌から分離された遺伝子編集用ヌクレアーゼ(TALEN)が開発、そして第3世代のゲノム編集技術であるCRISPER-Casシステムの3つが次々と開発されました。第2世代までは標的配列を認識するたんぱく質の遺伝子を設計することが面倒で、経験も必要でしたが、昨年実用化されたCRISPER-Casシステムは実に簡単です。遺伝子改変する目的のゲノム配列の相補的なRNAを化学合成し、Cas-9ヌクレアーゼと共に投与するだけで、誰にでもかなり簡単にゲノム編集が可能となりました。この結果、我が国でも猛烈な勢いでゲノム編集技術が普及し始めました。ES細胞が無くても、受精卵に合成RNAとCas-9ヌクレアーゼを注入するだけで、ゲノム編集することが可能です。目的の部位にSNP(一塩基変異)を導入するだけでなく、目的の遺伝子の導入(ノックイン)や目的の遺伝子をノックダウンすることなど、自由自在にゲノムを編集できるのです。しかも、従来であれば戻し交雑などの手間が必要でしたが、1回の操作で目的の遺伝子を破壊、もしくは導入したホモの個体を得ることもできる簡便さです。この技術は間違いなく、当たり前の技術として数年以内に我が国でも定着するでしょう。

 実際、今回のセミナーでも、全国大学等遺伝子研究支援施設連絡協議会が行ったアンケートが発表されました。大学、研究機関、企業(1社)の合計36機関、191人を対象とした調査では、ゲノム編集で作製した、もしくは作製中の生物は、CRISPER-Casによるものが81件、TALENによるものが52件、ZFNによるものが11件、その他が5件でした。30人からはゲノム編集していないという回答でした。ゲノム編集している生物の種類は34種と既に広範に及んでおり、マウス40件、培養細胞35件、ゼブラフィッシュ17件、シロイヌナズナ5件、ショウジョウバエ、大腸菌、メダカがそれぞれ4件でした。

 そしてここが問題なのですが、ゲノム編集した生物の取り扱いは、P1が57件、BLS1/P1が15件、BSL1が1件、P25件、BSL1/P2が2件、P1Aが40件、P1Pが4件とほぼ遺伝子組み換え生物と同じ取り扱いでしたが、遺伝子組み換え実験に準じた拡散防止措置を取っている9件、特段の扱いをしていない6件、加えて培養細胞なので特段の扱いをしていない5件、検討中が2件でした。

 研究者によっては、外来遺伝子を導入する訳ではないゲノム編集技術でSNPを導入する程度の技術は、突然変異誘導技術と同等だから、規制対象ではないという意見も混在しています。現場には迷いがあります。できるなら遺伝子組み換えでないと認定されて、面倒な手続きを排除して、自由に研究しないと欧米や近年、ゲノム編集技術に力を入れている中国との競争にとって不利になるという気持ちも分かります。

 実際、遺伝子操作を管理する各機関の遺伝子組み換え実験安全委員会への届け出をアンケートで見ると、申請している44件に対して特に申請していないが16件に及びました。各機関、各個人でまだゲノム編集実験の認識にばらつきがあるのです。

 一番深刻なのは、ゲノム編集された生物が譲渡によって他の研究機関に流通していることです。ここが無政府状態になっています。ゲノム編集の困ったことは、外来遺伝子を導入するなどしない限り、操作した生物のゲノムに痕跡が残らず、トレーサビリティーが遺伝子操作に比べ、格段に困難であることです。そのため譲渡された生物が分譲機関からの連絡無しには、ゲノム編集生物なのか、頂いた研究者は確かめようもないという悩ましい特徴があります。

 そのため実は世界も揺れております。米国では農務省が現在までに7件の申請に対してケース・バイ・ケースで判断しておりますが、おおむね遺伝子導入が無い場合は組み換えDNAの規制外と判断しています。但し、TALENは植物病原微生物由来であるため規制対象となる可能性があります。米環境庁もケース・バイ・ケースの判断ですが、現行の規制で慣行育種は除外とされているのを転用して、ゲノム編集のCisgenesis(外来遺伝子は含まず、自然状態で遺伝子を交換する生物種の間で行う遺伝子導入)は遺伝子操作技術として認めないという政策提案を行う意思を表明しています。つまり自然状態で起こるものと同じなら規制しないという方針です。

 一方、EUはゲノム編集など新しい育種技術(NBT)の報告書を昨年発表しましたが、実際に規制するかどうかは2年後の判断となりそうです。遺伝子組み換え技術の時もそうでしたが、加盟国間で規制に関しては温度差がある状況です。EUではもはや遺伝子操作技術は安全性を導入した遺伝子と導入方法、導入した宿主の3点で評価可能であるとされ、問題は消費者の知る権利に集約されています。ゲノム編集技術の最大の問題はトレーサビリティーを担保することが遺伝子解析だけではできないという点です。これをどう克服するのか? 分別流通ではありませんが、もし表示が義務付けされましたら流通システムの革新も求められます。

 ゲノム編集技術の取り扱いに関しては、世界的にもやもやした状況です。世界の中心は我にありという中国がゲノム編集技術でばりばり植物育種研究を推進していることも不安要因です。現在のところ最も明快な判断を下したのが、ニュージーランドの高等裁判所です。2014年5月20日に、ZFN-1とTALENに関して、2013年4月にニュージーランド政府が遺伝子操作規制の対象外と判断を下していたのですが、それを覆す判決を下しました。政府は上訴しない方針で、法的な改正によって対応する予定です。どんな法改正が行われるか、注目する必要があります。

 第6回遺伝子組み換え実験安全研修会の最後でパネルディスカッションがありました。我が国では植物に対するゲノム編集技術の研究が非常に遅れており、これは組み換え農産物(GMO)で、社会から大きな反発を食らった後遺症です。「ゲノム編集は遺伝子操作ではないと思って野外栽培して、後でGMOだと叩かれるのが怖い」という意見もありました。GMOの社会的受容に失敗したことが、我が国のゲノム編集研究をも歪めてしまっています。こうした萎縮した議論もありましたが、パネルディスカッションの最後には妥当な結論が下されました。当面は遺伝子操作技術に準じて(表現は遺伝子操作を連想させてくれないという議論が主流でした)ゲノム編集体を自主的に取り扱う。実際には、実験の届け出を各機関で行い、それぞれの機関の遺伝子組み換え研究安全委員会が確認する。ゲノム組み換え体の分譲や譲渡に当たっては、ゲノム編集技術によって育種されたものであることを申し伝えるというものです。

 あくまでも自主規制が気に入りました。まだ知識が十分でないゲノム編集に関してはこうした方法によって情報収集を図り、その都度、安全性やリスクを瀬踏みしながら、規制の必要性をエビデンスに基づいて議論する態度が重要です。

今週もどうぞ皆さん、お元気で。

            日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

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