降圧薬ディオバンに関する論文で、またデータの不一致や統計解析方法の誤りが指摘されました。4月25日に千葉大学が行った臨床研究VARTに関する調査報告で、「研究の信頼性は低く、科学的価値が乏しい上、利益相反の問題もあった」と指摘されたのです。

 調査の結果、論文の患者特性データと論文作成用のデータセットで、BMIや心不全、左室肥大、左室駆出率などの数値が一致せず、イベント発生までの数字やカプランマイヤー曲線も一致しなかったといいます。結果として、3つのエンドポイントの有意差が消失しました。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140427/175688/

 と聞いて、それだけの差しかなかったのだな、と思ったのが正直なところです。そもそも“大規模”でなければ差が出なかったわけですし。

 1990年代半ばから目立つようになった、大規模臨床試験で薬剤の効果を証明し標準治療のポジションを獲得するというプロモーション戦略は、EBM(Evidence-based Medicine)ブームにも乗っかって、主に生活習慣病治療薬の分野で主流になりました。そして科学的なエビデンスの上に医師の技量や患者の背景を考慮して治療を行うという考え方は、いつしかエビデンスの存在のみがクローズアップされ、薬剤の差別化に用いられるようになったのです。当初は全生存率を主要評価項目に設定したシンプルな試験デザインも、次第に副次評価項目やサブグループ解析の結果が強調されるようになり、試験デザインとはかけ離れた情報があふれるようになりました。もちろん付加解析の結果はその後の研究の方向を決定する上で重要ですが、あくまでサブの情報です。

 などと考えていたら、日経メディカルのONLINE版に「統計学が理科系の人間にとって分かりにくい理由」という記事が掲載され、納得がいきました。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/bito/201404/536058.html

 つまり、「統計は、あらかじめウソである」のだそうです。「統計はまず具体的な目標と、その目標を達成するための意思決定事項があって初めて魅力的なツールとなるのです。そこでは、『それは真実かどうか?』ということはそれほど重要ではないのです。その意味では、統計結果は『信じる』ものではありません。それは『利用する』ものなのです」。「統計が理系の人間を混乱させるもう一つの点は、統計は、結果を出そうとする人間の意図に大きく影響を受けるということです。統計の基となるデータの扱い方や分析の手法で結果は変わります」。

 だから、真理の追究にこだわる理科系にとって、統計は取っつきにくいものだと著者は言っています。確かにそうかも知れません。

 ところで、弊社のシステム改変のため、4月28日よりメールの配信を休止しておりました。この期間によく読まれたのは、週刊文春のGM作物批判記事に対する、ISSA日本バイオテクノロジー情報センター代表の冨田房男氏による反論でした。データを基に、正面から、正攻法で反撃しています。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140424/175627/

 が、GM反対派にはどこ吹く風なのでしょう。記事の基となる論文が撤回されたことは記事中に書いてある、撤回されたことがおかしい、ということでしょうから。「STAP細胞は、あります!」ということですね。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140504/175868/

 この論文が撤回された理由は、サンプルサイズと実験に使った動物種に問題があったことでした。ウソの付き方を少し間違ったのでしょう。

                       日経バイオテク編集長 関本克宏

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