こんにちは。隔週でこのメルマガを担当している日経バイオテク副編集長の河野修己です。

 水曜日、日本中が注目した小保方晴子氏の記者会見に、参加してきました。私の質問の口調が厳しすぎたらしく、現在、twitter等でどつかれております。1人1問に制限されていた上、やり取りを打ち切られそうになったのでつい詰問調になってしまいました。妻からは、「私に対してもいつもあんな感じだ。宮田さんを見習え」と叱られました。

小保方氏の反論会見、STAP現象の根拠示す意志感じられず
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140410/175385/

小保方氏会見の質疑応答、「実験ノートは2冊ではなく4冊か5冊ある」
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140410/175368/

 私の質問内容は「不正かどうかを認定する基準はアカデミアと一般社会や司法では異なる。今日、提示されたこの証拠でアカデミアが納得すると思っているのか。これ以上強い証拠はないのか」というものです。

 これに対して小保方氏の代理人の室谷和彦弁護士は「不服申し立てをしたのは3月30日以降で、証拠に関しては何も準備していなかった。準備の間も直接、小保方さんと面談する機会もなく、さらに実験ノートも理研にあって見られなかった。電話とメールでここまで話を伺ってまとめたのが現在の状況だ。いまからより強い証拠を提出していきたい。再調査の中で調査委員会も証拠を見つけてくれるだろう。そこは協力関係だ」と、小保方氏は「今回は調査が不十分であるということを示すための不服申立書である。実験的な証拠に関しては、私は用意できると考えているが、第三者が見て納得できるものでないといけないので、それに向けての準備を進める」と回答しました。

 文部科学省が2006年8月に公表した「研究活動の不正行為への対応のガイドライン」では、「不正行為か否かの認定」として、「被告発者の説明及びその他の証拠によって、不正行為であるとの疑いが覆されないときは、不正行為と認定される。また、被告発者が生データや実験・観察ノート、実験試料・試薬の不存在など、本来存在するべき基本的な要素の不足により、不正行為であるとの疑いを覆すに足る証拠を示せないときも同様とする」と記述されています。また、理研の「科学研究上の不正行為の防止等に関する規程」の第15条第4項は「被通報者は、前項の弁明の機会において、当該通報の内容を否認するときは、当該研究が科学的に適正な方法及び手続きに則って行われたこと並びに当該研究に係る論文がそれに基づいて適切な表現で書かれたものであることを、科学的根拠を示して説明しなければならない」となっています。

 これらの規定で重要な点は、研究者が不正の疑いをかけられた時、それを晴らすための立証責任は研究者側にあるということです。しかも、アカデミアの常識に照らして、アカデミアの人間を納得させなければなりません。こういう要件になっているのは、「自由闊達な環境を維持し研究成果を最大限引き出すためには、通常は性善説を適用する。その代わり、いったん不正が疑われたら、研究者の責任において対処しろ」ということだと理解しています。

 これまでの小保方氏の主張では、電気泳動写真の切り貼りは善意による行為の結果、マウス写真の取り違えは単なる勘違いということになっています。理研の調査委員会はその主張を受け入れず、不正があったと認定しました。

 各マスコミの報道では無視されていますが、写真の取り違えに関する調査委員会の認定について室田弁護士は会見の最初の方で、「間違うはずがないから捏造であると認定されてしまっている」と発言しました。私はこの一言は、STAP細胞問題の今後を占う上で、また一般社会とアカデミアのギャップを如実に表している点でも、非常に重要な発言だと見ています。室田弁護士の主張は全く正しいものです。調査委員会の報告書の認定理由を要約すると、確かにそうなります。

 今後、再調査が行われ小保方氏の行為が最終的に不正と認定された場合、争いは司法の場に移ることになるでしょう。そこでも、小保方氏側は、不正と認定するに足りる証拠はないと主張するのでしょうが、果たしてそれが小保方氏にとっての利益になるのかどうか。

 アカデミアの理屈を裁判官がどれだけ斟酌してくれるかにも左右されるでしょうが、司法制度の基で争った場合、理研が負ける可能性は十分にあると私は考えています。裁判では、不正があったとの主な立証責任は理研に課せられるでしょうし、より厳密な証拠を求められるでしょう。もし、小保方氏が一般社会での名誉回復を望むのであれば、「不正があったと認めることはできない」という判決をもらう意義はあります。

 しかし、彼女が研究者として再び活躍できる場が与えられることを望むのであれば、裁判所の判決に意味があるのでしょうか。彼女は博士号を取得したプロフェッショナルな研究者であるにもかかわらず、一世一代の重要な論文で複数の誤りをおかしました。その全てを知識不足や勘違いだと主張すればするほど、「私は研究者として能力が低く、適格性もない」と主張していることにはならないでしょうか。そういう研究者を、まっとうな研究機関が採用し、責任ある仕事を任せるでしょうか。小保方氏が今後も研究者としてやっていきたいなら、なぜああいう間違いをおかしたのか、アカデミアの人間にとって合理的な原因、理由を提示する必要があります。

 さて、会見では「十分な指導はなされていたのか」といった質問が出ていましたが、PI(Principal Investigator=独立研究者)として自分の名前の付いた研究室を率いている小保方氏に、「実験ノートはちゃんと書いてね」「写真は後で見つけやすいように保存してね」などの指導が必要だったというのでしょうか。理研の組織的責任を問う声も出ていますが、今回、理研がおかした最大の問題は、小保方氏をPIにしてしまったことだと考えます。

 世間やマスコミは何か不祥事が起こると、個人の責任だけでなく、組織や制度の欠陥を追求します。それが正しい場合も多いのですが、今回の件は、個人の資質によるところが大です。例えば、ある会社で若手部長が廊下を走って他の人とぶつかり、傷害を与えてしまったとします。この会社は、管理職を全部集めて廊下を走らないための研修を実施したり、さらには走りにくくするために廊下の幅を狭くするといった措置をとるでしょうか。せいぜい「注意しろよ」と回覧する程度でしょう。昨日、理研に不正防止委員会が立ち上がりましたが、中央集権的監視部門を導入したり、PI同士の監視を強めるような制度を導入するようなことにならないか心配です。

理研、外部委員から成る再発防止改革委員会が初会合
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140410/175392/

 若手研究者にも影響が出ないか懸念があります。競争的資金の若手研究(S)が数年前に廃止されるなど、ただでさえ若手研究者が独立しづらくなっているとの声は依然として強いものがあります。小保方氏の例のような若手抜擢を是とするなら、一定のリスクで事故が起こることは甘受されなければなりません。

 また、既に特定国立研究開発法人の認定に影響が出ているようです。この制度は、世界でトップクラスの研究機関を育成するために、独立行政法人のスリム化という国是に反旗を翻し、強烈な反対勢力が存在する中、ようやく導入が決まったところでした。文科省や内閣府科学技術政策の担当者の苦労は容易に想像がつくところです。

 反対派を刺激しないように、新法人にはまずは理研と産総研だけを指定する予定です。山本一太・科学技術政策担当大臣は先日の記者会見で、「新法人に指定されると予算が増えるのか」との質問に、「今の時点ではノーコメント」と答えるなど、細心の注意を払っていました。こうした関係者の努力も、吹き飛びそうな逆風になっているのです。